第十三章 真田幸村の功績
大学の講義室みたいな教室の一番後ろ。
詰めれば五人は座れる長机へ、左から明那、オレ、そしてソフィアの三人が座わり、午前中最後の授業である『戦術』の講義に耳を傾けていた。
真剣な表情で真面目にノートを取るソフィアに対して、鼻の下にペンを挟み、つまらなそうな顔で講義を聞いている明那。
そして前の席には、講義開始早々に机へ突っ伏して深い眠りへと落ちたファニと、机に立てた教科書の影で娯楽小説を読みふけっているエウルも姿がある。
ちなみに、オレは何をしているかと言えば、両目に霊力を集中させて視力を上げ、こっそりとエウルの読んでいる小説を一緒に読ませてもらっていた。
内容は、甘々恋愛少女漫画のような展開の、読んでいて胸焼けしそうなストーリーではあるけど、このつまらない講義よりは幾分かはマシだろう。
「ねぇ、お兄ちゃん……?」
「なんだ?」
目で追う活字の中。完全に落ちているヒロインに対して、オーバーキルとばかりに愛を囁き続けるキザなイケメン主人公へ殺意が湧き出した時、隣の明那が小声で話しかけて来た。
「センセの言っている、あの兵法ってさぁ……」
「ああ。まんま孫子だな」
明那の質問を先読みして答えるオレ。
そう、黒板の前に立つ、前髪がだいぶ後退してしまった老講師の話す講義の内容は、紀元前500年頃に孫武によって書かれたとされ、日本でも多くの戦国武将に愛読された兵法書『孫子』そのままなのである。
まあ、誰が伝えたかと言えば、言うまでもなく初代勇者の真田幸村だろう。
元々この世界では、戦争の勝敗は天運に左右されるという考えが強く、ほぼ力押しだけで戦争を行っていたそうだ。
しかし、幸村が勇者として召喚されて以来、戦いに兵法が用いられるようになり、戦争のやり方が一変したという。
関ヶ原の功績から、剛の者という印象の強い真田幸村。
しかし、幸村は家康も恐れる天下の智将、真田昌幸の次男であり、自身も猿飛佐助を初めとする優秀な忍者を従えて情報を集め、様々な兵法を駆使した智将でもあるのだ。
そんな幸村が魔王討伐後、自分の知る兵法や、その兵法を用いた日本での戦さ。そして、その戦さの結果などを広めたという。
つまり、この国の戦略や戦術に用いられる兵法とは、真田幸村が広めた孫子や六韜三略などの兵法書を元にした物なのである。
そしてその兵法は、オレや明那が土御門家から子供の頃に叩き込まれた物と同じ物……
いや、まったく同じ物ではないか。
「でも、あのセンセ。所々、解釈を間違えるね」
「ああ。幸村が間違えて解釈していたのか、伝わる過程で間違った解釈になったのかは知らんけどな」
そう、まったく同じ物ではなく、劣化コピーされた物になっているのだ。
正直、オレや明那にとっては時間の無駄でしかない授業である。
そんな話しをしながらも、目の前の物語りは予定調和とも言うべきヒロインのライバルが――いや、ライバルというより噛ませ犬的な悪役令嬢がご登場していた。
これで、この甘々な胸焼け展開が少しは緩和されるかと期待していたのだが、しかし……
とても残念な事に、ここで授業終了のチャイムが鳴り響いてしまったのである。
仕方ない。続きはエウルが読み終わったら、借りて読むとしよう。
続きは予習しておくように。と言い残し、講師が教室を後にした瞬間。
明那はとてもいい笑顔で、勢いよく席から立ち上がった。
「じゃあ、お兄ちゃん。行ってくるねっ!」
そう言いって、返事も聞かずに走り出す明那。
しかし……
浮かれてれ走るその元気な背中を、とても物悲しそうな目で見送るオレ達。
「え~と、みなさん……何でそんな悲しそうな目をしていらっしゃるのですか……?」
そして、そんなオレ達の行為に不思議顔を浮かべるソフィア。
「え、え~と、それは……」
「アキラの教育方針がスパルタ過ぎて、不憫になったというか……」
「スパルタとは失礼なっ! これも明那の為だ。人間、悲しみを乗り越えて成長していくものなのだよ。まあ……これで男性不信にまで成長してくれれば、男を寄せ付けなくなって、なお良し」
「うわっ……この兄、外道だ……」
と、オレ達のやり取りを聞いて、ソフィアは更に意味不明とばかりに首を傾げていた。
「さてと……じゃあ、オレもソロソロ行くか。ファニ、オレと明那の昼飯、テキトーに頼んでおいてもらえるか?」
「はいよ。ってか、早く行った方がいいんじゃないか? 今日はいつもより多いんだろ?」
ファニの言葉に眉を顰めるオレ。そう、今日のお誘いは昨日の五割増しなのだ。
今朝、明那へと手紙を渡したサンディ先輩。その直後、オレの所へとやって来たサンディ先輩が口にしたのは――
「今日は、いつもより希望者が多く、時間がかかってますので、アキラ様の分はもう少々お待ち下さい」
というセリフ。
何でも昨日の放課後、今まで婚約者を作る気配すらなかったオレが見知らぬ女性を連れて歩いている姿を見て、女生徒達が急に慌て出したらしいのだ。
まあ、その見知らぬ女性というのは、当然明那の事である。
とはいえ、明那が妹である事など他の生徒が知る由もない訳で……
結局、二時限目の休み時間に、いつもの五割増しで手紙が届けられたのである。
「はあぁ……」
オレは憂鬱な気分を引きずり、大きなため息をついてから、ゆっくりと教室を後にしたのだった。




