第九章 カモナマイハウス⑤
明那に頭を撫でられなんて、いつ以来だろうか? 子供の頃なんかは、妙に大人振ってよく撫でて来ていたな……
『主よ……随分とだらしない顔になっておるぞ……』
兄妹の水入らずな団欒へ、正に水を差す村正の一言。
明那も無機物である村正の存在を忘れていたのだろう。少し顔を赤らめながら、サッと手を引っ込めてしまった。
まったく……お前は空気を読んで、少し黙っていろ!
ちょっと気まずそうな顔をしている明那に気を使い、仕方なく話しを戻す事にしたオレ。
「まあ、似たような境遇の街なんかで、畳の他にも色々と作って貰ったぞ。例えば、そうだな……筆と硯に墨、それに和紙なんかは大量に作ってある――てゆうか、和紙は定期的に卸してもらってる」
「ホントにっ!?」
目を輝かせ、再び座卓に身を乗り出す明那。
あまり女の子ウケするような物ではないけど、呪符を使う陰陽師に取っては必需品だ。
「明那の分もあるから、帰りに持って行けよ」
「ありがとう、お兄ちゃん! 愛してるよっ♪」
完全に座卓の上に身を乗り出し――というか、完全に身を乗り上げてオレの首に抱きついてくる明那……
うむ、その一言だけで、夜な夜な地下組織を潰して廻った甲斐があったというものだ。
「でも……それだけ使っても、まだあんなに残ってるんだねぇ……王国の地下組織は、どれだけ溜め込んでいたのよ、まったくっ!」
「まあ、それも仕方ないだろ。ウェーテリード王国は、南のラウラント王国と交戦しながら、北のノーザライトに背後からプレッシャーをかけてるんだ。どうしても、国内の警備は手薄になる。そうなれば地下組織なんが肥大化していくのは当然だ」
「まあ、そうなんだけどさぁ」
頭では理解していても、心情的に納得出来ないのだろう。
オレの首に腕を回したまま、明那は口を尖らせてた。
とはいえ、この一年で地下組織もだいふ壊滅させたし、何よりせっかくの兄妹水入らずだ。つまらない話しは、この辺りで打ち切らせてもらおう。
「そうだ、明那。晩飯、食っていくだろ?」
「か、辛いのじゃなければ……食べてもいい……けど」
そっと目を逸らし、口ごもる明那。
やはり、コッチの世界の辛い味付けに辟易しているようだな。
「じゃあ、明那の好きなハンバーグ――おろしポン酢ハンバーグなんてどうだ? 味噌汁付きで」
「えっ!?」
「実はな、ウチには味噌と醤油。ついでに、みりん、鰹節、出汁昆布、あと煮干しなんかもあるんだよ」
「いやいやいやいやっ! ちょっと待って、ちょっと待って、お兄さんっ!?」
随分となつかしネタをかましてきたな、オイ。
「味噌とかお醤油なんて、そんな簡単に造れないでしょっ!?」
まあ、確かに簡単ではない。
ただ、土御門家は公家の流れを汲む旧家。昔からの習慣で、毎年、自家製の味噌や醤油を仕込んでいたし、子供の頃からその光景は何度も見て来ている。なので、オレも明那も造り方は知ってはいるし、造る事も出来る。
造る事は自体は問題ないのだが……
実際に造るとなると、味噌も醤油も数ヶ月という長い期間、発酵と熟成をさせる必要があるのだ。
だから、明那が言う『簡単に造れない』というのは、コチラに来て一年しか経っていないのに、それらを揃えるのは難しいという意味なのだろう。
しかし……
「なんだ、明那は知らないのか――」
驚きに目を見開く明那に向けて、オレは含みのある笑い浮かべた。
「エルフなんかが使う精霊魔法には、食品の発酵を促進させる魔法があるんだぞ」
「えっ?」
「その魔法を使えば、味噌も醤油も一週間もかからずに出来上がる。実際、エルフなんかは、その魔法でチーズやヨーグルトを作って生計を建ててる人もいるしな」
「ええぇぇぇ~っ!?」
オレの言葉に驚きに、素っ頓狂な声を上げる明那。
フフフ……ヤッパ、驚くよな。
実際、この世界で一般的な四元素魔法や治癒魔法は、同じ効果の術が陰陽の術にも存在するし、むしろ陰陽の術の方が強力なくらいである。
しかし、エルフなどの使う精霊魔法というのは、まったく未知の世界だったし、実際目にした時にはオレもかなり驚いたものだ。
「で、どうする? ウチでハンバーグを食ってくか、寮に戻って辛い晩飯を――」
「一生、着いて行きます、お兄様っ!!」
明那は被り気味に元気な返事を返し、更に強く抱き着くとスリスリと頬を摺り寄せてくる。
ふむ、愛い奴、愛い奴。苦労して日本の食材を集めた甲斐があったわ。
オレは浮かれる明那の頭を撫でてから、その柔らかな感触の名残惜しさを振り切り、スクッと立ち上がった。
「じゃあ、オレは晩飯作ってくるから、その間に風呂でも入って来いよ。足の伸ばせる、特注の檜風呂だぞ」
「ひ、檜風呂までっ!? ヤ、ヤバイ……お兄ちゃんさえ居なければ、ココに住みたい……」
「おい……」
明那の口からポロリと溢れた言葉に、思わず心が折れそうになるオレ。
しかし、その言葉の真相を追求する勇気が出せず、冗談である事を祈りながら、オレは懐から人型の呪符を六枚ほど取り出した。
「急々如律令……」
霊力を込めながら、床へと呪符を落としていくと、青白い発光と共に六枚の呪符は人の形へと姿を変えていった。
そして現れたのは、赤い着物を着てニコニコと笑う、おかっぱ頭の小さな女の子達。
「それって……座敷わらし?」
「まあな」
そう、明那の言う通り、この全く同じ顔をした六つ子みたいな女の子たちは、座敷わらしの式神だ。
家に帰れば、掃除、洗濯、食事の用意が全部済んでいた実家暮らしとは違い、全てを自分でやらなければならない一人暮らし。
ましてや、寮とココとでの二重生活。しかも、コッチの家はかなり敷地が広いし部屋数も多い。
とてもじゃないけど一人では手が足りず、式神を使役して家事の補佐をさせる事にしたのだ。
「え~と、お前とお前は風呂の準備。お前は、明那を客間に案内して、浴衣を出してやってくれ。残りは、オレと一緒に晩飯を――」
「ちょっと待ったぁ~っ!」
オレが座敷わらし達に役割りを分担していると、その間へ割り込むように『ちょっと待ったコール』が入った。
「お兄ちゃん! いくら式神でも、女の子にお前とか言っちゃ駄目だよっ! てゆうかこの娘達、名前とかないの?」
「ない」
「付けて上げようよ、名前くらいっ!」
明那は眉を吊り上げ、ずいっと顔を寄せて来る。
名前ねぇ……
オレからすると式神に名前を付けるのって、お気に入りのぬいぐるみに名前を付けるような感じがして、少し恥ずいのだが……
まあそれでも、明那の機嫌を損ねるよりはマシか。
「じゃあ、そうだな……右から、おそ子、ちょろ子、から子、とど子、いち子、じゅうし――」
「ダメェーッ! そんな名前、ダメザンスッ!!」
名前を貰い、無邪気に嬉しそうな笑顔を浮かべていた座敷わらし達を庇うように抱き寄せ、おフランス風に声を張り上げる明那……
「ナゼだ? 腐り気味の明那が好きそうな名前を選んだつもりなんだが」
「若干腐っている所がチャームポイントだと認めるのは、やぶさかじゃないけどっ! てゆうか、腐っているからこそ、女の子にそんな名前を付けるのは認められないのっ!!」
うむ……腐の世界とは難しいものだな。
てゆうか、チャームポイントとは言ってないし、身内としては出来る事なら卒業して欲しい。
「そうだっ!」
我が子を守る肉食獣のような目でオレを見上げていた明那は、何かを思いついたように自分のカバンの元へと戻り中を漁り始めた。
そして出て来たのは、ワンポイントの飾りが付いたヘアピンが数種類。
ああ、そう言えば明那は、和風なワンポイントのヘアピンを集めるのが趣味だったな。
ちなみに、今着けているのは、桜の花びらのワンポイントが付いたヘアピンである。
「みんな~、ちょと来てぇ~」
明那に呼ばれ、嬉しそうにテケテケと駆け寄る座敷わらし達。
そんな座敷わらし達へ、明那は一人一人順番にヘアピンを挿していった。
「君の名前は『紅葉』。そして君は『銀杏』。で、君は『鞠』で、君は『扇』。そんで、君が『胡蝶』で、君が『雲雀』と。こんな感じでどうかな?」
明那は、はしゃぐ座敷わらしに囲まれながら、笑顔で振り返った。
「いいんじゃないか? 見分けもつくし、分かりやすい」
「うん。じゃあ決まりね――ってコラコラ♪」
嬉しそうな座敷わらし達に纏わりつかれながら、満面の笑みでその子達の頭を撫でていく明那。
それはまるで、妹達にでも囲まれているような、慈愛に満ちた笑顔だった。




