第九章 カモナマイハウス④
コッチの世界に来て、一ヶ月が経とうとした頃。
明那の情報が全く入って来ず、苛立ちとストレスがかなり溜まっていた頃だ。
明那も土御門の人間。コッチの世界の小悪党如きにどうにかされるとは考えにくいけど、万が一という事もある。
オレは夜な夜な王都や近郊の大きな街に出掛け、この国の地下組織を調べ始めた。
そして、その情報を元に非合法な人身売買組織、奴隷商人、更にはそういった者達を使った売春組織をストレス解消も兼ねて片っ端から潰して廻ったのだ。
そんな地下組織潰しを、暇を見ては最近まで続けていたオレ。
まあ、明那の情報は得られなかったけど、代わりに徴収したのがこの金だという訳である。
『いや~。あれほど人を斬ったのは、四百年ぶりじゃった。さすがのワシも血が騒ぎおったわ』
と、オレの説明の締めに、少々物騒な感想を漏らす村正。
この無機物のどこに血が流れているのかは甚だ疑問だけど――
「この妖刀も血が見れてハッピーだったし、オレのストレスの解消にも役立ったし、ついでに街の治安も良くなって一石三鳥だったな」
そんな村正に続き、オレの方でも先の出来事に対する締めの感想を口にしたのだが……なぜか明那は頭を抱えていた。
「街のチンピラさん如きに私が拉致されてるかもなんて思われたのは、甚だ遺憾だけど――」
「万が一だよ」
「万が一にもあり得ないよっ! でもまあ……それも私の為にしてくれたって事なら、文句は言えないけど――」
明那はそこで一度話しを区切ると、もう一度部屋の方へと振り返る。
そして……
「でも、これはやり過ぎ」
と、言いながら、大きなため息をついた。
「それで? このお金、どうするつもりなの?」
「どうするって……少しずつ、市場に返して行くしかないだろ」
お金が回らなければ、経済も回らない。
せっかく、裏社会から引き上げた金だ。経済を回すのに役立ってもらおう。
「でも、何で少しずつ? 返すなら一気に返したらいいじゃない?」
「いやいや明那……これだけの金を一気に市場へ出したら、どうなると思う?」
「どうなるって……?」
「恐らく、ハイパーインフレが起きるぞ……」
「あっ! ああ……」
俺の言う事が理解出き、渋い顔をしながらも納得した様子。
そう、金貨銀貨は言うには及ばず、例えば明那の足元へ無造作に転がっている短刀。なんでも数十年前に盗まれた王家ゆかりの宝剣らしく、それ一本で田舎なら爵位付きで領地が買えるそうだ。
ここには、そんないわくつきのアイテムがゴロゴロと転がっており、それを一気に市場へと放出したら貨幣価値が下がり物価が上昇するのは明らかである。
「でも、お兄ちゃんが毎日贅沢三昧した所で、市場に返し切れないでしょ? どうするの?」
「まっ、それはアレだ。魔獣や盗賊団に襲われ壊滅しかけた村や街、それに自然災害のあった所の復興支援に匿名で寄付したりとかな」
「ああ、なるほど。お兄ちゃんにしては、考えたね」
オレに『しては』は余計だ。
「あとは、オレ個人の依頼なんかを破格の報酬で頼んだりとかもしてる」
「個人の依頼……?」
キョトンと首を傾げる明那へ向けてオレは意味深な笑みを浮かべると、手招きをしてホールの方へと移動した。
そして、少しもったい付けるように、ゆっくりとリビングへ繋がるドアを開いて行く。
「えっ? うそ……」
目の前に広がる光景に、目を見開き呆然とする明那……
そして、おもむろにスリッパを脱ぐと、そのリビングの床へとダイブした。
「この匂い……本物っ!?」
床から香る懐かしい香りに、明那の顔が一気に綻んだ。
そして……
「ひゃほ~っ! 畳だ、畳っ! 本物だ~っ!!」
スカートであることも忘れ、無邪気にゴロゴロと転がりまわる明那。
そう、この家のリビングは畳敷きなのだ。
八畳ほどの間取りで、檜造りの四人掛け座卓と座布団の置かれたリビング。
明那は、そのリビングの床へうつ伏せになり、足をバタつかせながら嬉しそうに畳へと頬ずりをしていた。
まあ、日本人としては、その感情を理解出来なくはないのだが……
「なあ、明那ちゃんや……木綿の白無地とか、彼氏はいないんだろうなと安心する反面、年相応にもう少し色気のあるパンツを穿いてもいいんじゃないかと、お兄ちゃんとても複雑な心境だ――よっと!」
言葉の途中でオレが首を横へ傾けると、正にオレの顔をのあった場所を一直線にクナイが通り過ぎ、後ろのドアへと突き刺さった。
「フッ、妹よ。学食の時みたいな、愛のあるスキンシップならお兄ちゃん大歓迎だけど、さすがに生命に関わるスキンシップはノーサンキューだぞ」
『あの人体急所を的確に踏みつける行為に愛があったかは甚だ疑問じゃし、十分に生命へ関わっておったと思うがのう』
村正の冷静なツッコミ。
まあ、確かに三途の川を渡りかけたけどな。
「でもこの畳、ホントどうしたの?」
「さっき言ったろ? 特注で作って貰ったんだよ、破格の報酬でな」
オレは座卓を挟んだ正面に座り、去年の夏――夏季休暇の中頃にあった出来事をゆっくり語り始めた。
「王国の東にある辺境のさほど大きくもない街が、大規模な魔物の集団に襲われてな。王室が急ぎ討伐隊を組織したんだよ。で、その討伐隊にオレも参加したんだけど……」
「間に合わなかったと……?」
「ああ。まあ、魔物自体は討伐出来たけどな」
領地を治める領主は当然、魔物や盗賊団対策として自警団を用意しているし王国各所にある大きな街の冒険者ギルドと連携もしている。
そして、それでも対応し切れない場合には、王室へと救援を要請するのだ。
ただ、文化レベルで言えば中世レベルのこの世界。情報の伝達速度、そして兵の進行速度が極端に遅い。
王都近郊ならともかく、地方の街が魔物や野盗に襲われたと報告を受け、討伐隊を組織しても間に合った試しがないのだ。
「オレ達が街に着いた時には、農作物は全滅。家屋の半分は倒壊。自警団は壊滅。街を護ろうとした住民の男達は、ほぼ全員が死傷してる状態。まあ、不幸中の幸いだったのが女子供には、ほぼ被害がなかった事か……」
さっきまで寝そべって話しを聞いていた明那だったが、さすがに今は背筋をのばし、正座して真剣な表情を浮かべていた。
「それでも、農作物の全壊に加え、男手がなくなり労働力が低下。このまま冬になれば、住民のほとんどが餓死するって状況だった」
「ちょっ!? そんな状況で、そこの領主は何してるの? そういう時に支援をするのが、領主の務めでしょうにっ!?」
「一応、二年間の納税免除を出したけど……まあ、焼け石に水だな。そもそも、納める農作物は全滅してるんだし。それでいて、プライドだけは妙に高くてな、オレが個人的に支援するのも断われた」
「何それっ!? その無能領主、どこの誰か教えてよお兄ちゃんっ! ちょっとヤキ入れて来るからッ!!」
憤りを隠さない明那に、苦笑いを浮かべるオレ。
ホントにヤキ入れてだけで済むなら教えてもいいけど、そのまま亡き者にしそうな勢いなので、その問いはスルーしておこう。
「でだ、実はその街に向かう途中、い草の群生地を見かけてな。それに、その街は元々織り物が盛んな街だったんだよ。そこで、い草を使って敷物を織れないか相談してな。特注でい草のござ――畳表を織って貰ったんだ」
あとは、大量の藁を集めて圧縮。畳床を作り、畳表を縫い付ければ畳の完成だ。
ちなみに、この工程もやり方だけを教えて、街の住民達総出でやってもらった。
まあ、オレが直接やった方が早かったんだけど……
「いくらプライドの高い無能領主でも、オレが住民に仕事を頼んで報酬を払うのを止める事は出来ないからな。ちなみに、このタタミ八畳分で、街の復興費用全額と住民全員が二年は衣食住に困らないっていう金額を払ったよ」
「ふ~ん。お兄ちゃんにしては、いい仕事したじゃない。エロい、じゃなくてエラい、エラい♪」
若干、変な言葉も混じっていたけど、明那は座卓の上に身を乗り出し、ニッコリ笑ってオレの頭を撫でて来る。




