第五章 懐石料理 03
「お、おおぉ……そ、そうじゃな……」
「わ、私とした事が……」
再び頬を赤くする姫さま――
いや、今度は二人揃って赤くしているか。
「気持ちは分からんでもないが、そっちのガリにも手を着けるがよい」
「ガリ……?」
「はい。付け合せの、生姜をスライスして甘酢に漬けた物です」
「こ、コレか……?」
二人揃って、付け合せのガリを一枚ほど摘んだ。
「ほう、コレはサッパリするな」
「はい。お寿司は風味が強いですから、そのお口直しになります」
「それに生姜にはジンゲロールという成分が含まれておってな、食欲増進に加えて、生魚で冷えた身体を温める効果があるのじゃ」
「なるほど、色々と考えているのだな」
うんちくを披露しながら、小さな胸を張るラーシュ――あだっ!
ラーシュアの持っていたお盆が、オレの額に直撃する。
「小さいは余計じゃ! 主はとっとと、次の料理をその盆に用意するがよい」
だから人の考えを読むなよ――
オレはグチりながらお盆を拾い上げて、次の料理へと取り掛かる。
「しかし、この寿司というモノは、なんという美味しさじゃ……固まっていた米が、口に入れた瞬間に崩れて、マグロの切り身ととろけるように混ざり合っておる」
うん、それが寿司というモノだ。
分かったか? 海外でスシバーをやっている偽日本人シェフどもよ。
『寿司は固めたシャリの上に、魚の切り身を乗せるだけの簡単な料理だ』などと言ってるから、日本の回転ずしよりマズイなんて言われるのだ。
「そ、それにこの鮪とは、あの下魚――ネコまたぎなどと言われているマグロですよね?」
「ふむっ……マズくて食べられたモノではないから、畑の肥やしにしておると聞いた事があるが……」
今度はゆっくりと、中トロ、炙りと手を伸ばしながら、感想を語り合う二人。
「部位によって味が全然違うのも不思議じゃ」
「それに、なぜ生魚なのに、まったく生臭さくないのでしょうか……?」
二人の漏らす感想に、窓に張り付いている野次馬達の口からは、今にもヨダレが溢れそうだ。
それを見たラーシュアは、ニヤリッと笑って窓際に立った。
そして……
「鮪は美味いだけでなく、皮膚や粘膜の健康維持と老化防止、それと美容や美肌効果のある成分が大量に含まれているそうじゃ~っ! ちなみに当店では、その鮪をふんだんに使った鉄火丼、ネギトロ丼を好評販売中じゃぞ~~っ!!」
野次馬達からは、どよめきと一緒に「明日は鉄火丼を――」「イヤイヤ、ネギトロ丼も――」などと言う声が口々に聞こえくる。
腕を組んで、満足気なラーシュア。
商魂たくましいヤツだな、オイ……
でも、あまりやり過ぎるなよ。せっかく海のダイヤとまでは言われている黒マグロが、捨て値同然で仕入れられているんだ。人気が出て、値上がりしたらどうする?
「なんとっ!? これほど美味くて、更に美容によいじゃと? シズトよ、このにぎりずしとやら追加じゃ! 急いでお替わりを持てっ!」
「私にもお替わりだっ!」
「いや、せめて食い終わってからにしろよ……それにまだ二品目だ。この後も、まだまだ料理は出てくるから」
「そ、そうか。では、早く次の料理を持て」
そう急かしながら、二人は最後の寿司に手を伸ばす。
「な、ななな、なんじゃ、これはぁぁーーっ!!」
「こ、これが魚なのか……? 口に入れた瞬間に、舌の上で身がとろけたぞ……」
最後に残っていた大トロを食べた次の瞬間。まるでグルメマンガの審査員が如く叫びを上げる姫さまと、驚きに身を震わせるトレノっち。
気持ちは分かる――オレも初めて黒マグロの大トロを食った時には、そんな感じだった。
そんな昔を思い出しながら、オレは次の料理をラーシュアに差し出した。
今のが三品目の椀もの。今回は海老の真薯と焼き松茸の椀だ。
続いて四品目の向付には、旬の肴――黒鯛、ハマチ、鮃、甘海老を使ったお造り。
大根のツマどころか、飾り包丁を入れたキュウリまでたいらげ、更に飾りのモミジまで食べようとして、ラーシュアに止められていた。
五品目には、ゆば刺し、銀杏のかき揚げ、焼きウニ、栗の甘露煮などを乗せた八寸。
六品目の焼き物は、ノドグロの西京焼き。ちなみにノドグロとは、正式にはアカムツというスズキの仲間。日本では「白身のトロ」などといわれ、高いモノは一匹一万円以上の高値で取り引きされる超高級魚だ。
七品目は炊き合わせ。いわゆる煮物だ。今回は季節の野菜とキノコを中心にした筑前煮。
と、ここまでは、手応え十分。
ラーシュアに何度か「がっつき過ぎじゃ!」と言われるほど、二人には好評だった。




