第八章 待ち人来たる
聴き馴染んだ声――
その声に導かれるように立ち上がり、オレはゆっくりと後ろへ振り返った。
そこにいたのは、修道服をイメージしたような制服に身を包む二人の少女。一人は、この国の第四王女であるソフィアである。
そして、その隣に立っていたのは――
「それとも、私以外にも妹がいらっしゃるのですか? お・に・い・さ・ま」
イタズラっぽく笑う懐かしい顔。
その、少し幼さの残る笑顔を、声も出せず呆然と見つめるオレ。
明那……本当に明那なのか……?
それが幻影ではない事を確かめるように、オレはその笑顔へゆっくりと手を伸ばしていく。
首の後ろで一つに束ねた艷やかな黒髪の頭を撫で、柔らかな両の頬をぷにぷにと摘み、そして本人曰く『平均をやや下回っているだけで、決して貧乳はない』という、ささやかな二つの膨らみを両手でモミモミと揉みしだ――
「死にさらせっ! このエロ兄貴っ!!」
「ぶごぁっ!!」
明那の怒声がこだますると同時に、まるでトラックにでも衝突されたかのように吹き飛ばされるオレ……
「お、おい……今度は正面から攻撃を当てたぞ……」
「い、いつの間に攻撃の体勢に入ったんだ?」
「てゆうか、攻撃自体が全く見えなかった……」
「何者なんだ……あの娘は……?」
うつ伏せに倒れるオレを前にして、驚愕にざわめく野次馬ども……
しかし、そんな野次馬の声など全く耳に入って来ないくらい、オレは全身に感じる懐かし痛みに身を震わせていた。
そう――
「この、死角からノーモーションで的確にコメカミを狙いつつ、インパクトの瞬間に手首を内側へ強烈に捻り込むコークスクリューパンチ――そして何より、中1の時から1ミリたりとも成長していない、ささやか胸の膨ら、ぐあっ!?」
「中1どころか、小6から成長してないよっ! 何か文句あるかっ!?」
オレの言葉を遮る不憫なカミングアウトと共に背中へと激痛が走る。
「ダイエットすればお腹より先に胸が萎んじゃって、慌てて中止したけど、それでアンタに何か迷惑かけたかっ、ああんっ!?」
「ぐえっ! ぐあっ! ぐおおお~っ!」
雨のように降り注ぐ踏み付け攻撃。
しかも、無差別に踏み付けているように見えて、背中にある人体急所の、天宗、早打、活殺、京門、そして命門を、つま先と踵を上手く使い、的確に且つ捻り込むように踏み付けて来る。
こんな事が出来る女の子なんて、この世界には恐らく一人しかいないだろう……
そして、彼岸花の咲く川の対岸で死んだバアちゃんが手を振っている光景が見え始めた頃、ファニやエウル達の野次馬数人掛かりに取り押さえられ、どうにか動きを止めた明那。
うつ伏せでピクピクと痙攣していたオレは、慌てて駆け寄って来たソフィアの治癒魔法のおかげで、どうにか川を渡るのを踏み止まる事が出来たようだ。
「ア、アキラ様……大丈夫ですか……?」
「ありがとう……助かったよ」
心配そうな表情を浮かべるソフィアに礼を言い、フラつく足に喝を入れ、どうにか立ち上がるオレ。
そして、エウルに後ろから腰へと抱き付かれ、両腕をファニ達にしがみ付かれながらも、『フーッ! フーッ! シャーッ!!』と威嚇する野生動物のような息を漏らす明那の元へと歩み寄る。
「本当に……明那……なんだよな?」
「他に、誰に見えるのよバカアニ――えっ?」
明那が答え終えるまでのあいだすらも堪え切れず、オレはその頭を胸に抱き締めた。
「ちょっ、えっ? 苦しっ、離れろバカアニ……」
「く……くっ……」
抵抗らしい抵抗もせず、戸惑うように悪態をつくだけの明那を、オレはキツく抱き締める。
鼻孔をくすぐる懐かしい香りと胸に伝わる暖かな温もり……
再会した時にはアレも話そう、コレも話そうと色々考えていたのに、嗚咽を堪える口からは、まともな言葉が何一つ出てこない。
そして、キツく閉じた瞼からは溢れた一筋の涙がオレの頬を伝い、明那の頬へと落ちていく。
「もう……バカ兄貴……」
やがて、明那は呆れるように小さくため息をつくと、自分からオレの胸へ顔を埋め、その細いウデを腰に回して来た。
そして――
「ただいま……お兄ちゃん」
「ああっ……おかえり、明那……」




