第七章 学園の日常③
「お疲れさん」
「ホント、疲れたわ……」
苦笑いを浮かべるファニを前に、ぐでぇ~っとテーブルに突っ伏すオレ。
すでに、午後の授業サボり組のしかいなくなり、空席も八割を超えて喧騒もだいぶ小さくなった広い学食。
「そろそろ、方針を変更した方がいいのか……?」
静になった学食のテーブルに顔を埋めたまま、オレはポツリと呟いた。
「妹さんの事かい?」
「ああ……」
この学園に入学して丸一年。盗賊団の壊滅やら害獣の駆除。果てはドラゴンの討伐で勇者の他にドラゴンスレイヤーの称号まで得て、国内ではオレの名前を知らない者はいないと言うレベルまで名前は売れた。
にも関わらず、明那の行方は全く掴めていない。正直、本当にこの世界へ来ていのかすら、疑わしくなって来たくらいだ。
まあ、それでも今は、あの創造主の言う事を信じるしかないのだろうけど。
とはいえ、ここまで来るとアプローチの方法は変えるべきなのだろう。しかし、変えると言ってもその方法が思いつかないのだ。
いっその事、学園辞めて旅にでも出ようかとも考えたけど、エリシェースの言った、
『勇者になるべく行動していれば必ず再会できる』
という言葉を考えると、それも得策ではないような気がする。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ…………」
正に八方塞がりな状況に、オレは額をテーブルに着けたままで大きなため息をついた。
「この男、なにを根暗に黄昏れてんの?」
「ん? いつもやつ」
コーヒーの薫りを漂わせながら戻って来たエウルの問いへ、ファニが端的に答える。
「ああ。あの、視界に入ると痛々しいとか言う妹の事か……」
「ウチの妹は、痛々しくねぇよっ! そして、正しくは目に入れても痛くないだっ!!」
愛しい妹をディスられ、ソッコーで抗議の声を上げるオレ。
確かに、若干ヲタクとBLが入っているけど、見ていて痛いと言う程ではない………………はずっ!
「てゆうかさぁ。アンタもいい加減、少しは妹離れしたら? ひとつ下っていうなら、妹さんも結婚適齢期でしょ? そんなんじゃ、妹さんが婚約者なんか連れて来た日には、そのまま自殺でもしそうで怖いんだけど」
オレとファニの前にコーヒーを、そして自分の前にホットミルクを置きながら、不吉な事を口走るエウル。
「何を言うか? オレは何よりも、明那の幸福を一番に願っているんだよ。アイツの事を本当に幸せにしてくれる相手であるなら、喜んで祝福するわっ」
「「へえぇ~」」
オレの言葉に、意外そうな目を向ける二人。
ふっ、オレは自他共に認める、器の広いお兄ちゃんだ。妹の意見を尊重し、なおかつ妹の事を一番に考えるなど当然の事だろう。
「まあ、しかし――明那を幸せする覚悟があると言うのなら、オレと真剣で決闘するくらいの気概は見せて貰わんとな」
「この男……妹を嫁に出す気なんて、さらさら無いわね……」
「いや、それ以前に……妹さんへ近付く男を殺す気満々って見えるけど……」
ふんっ、何とでも言うがいい。
本当にオレよりも幸せに出来るという奴が現れたなら、喜んで祝福すると言うのは間違いなくオレの本心だ。
まぁそれも、オレと決闘したあとで、まだ息があればの話しだけど。
「そうそう。今、学食のおばちゃんに聞いたんだけど、聖女のエミリア様が、ウチの学園に来てるらしいわよ」
「マジかっ!? 近々、ウチへ留学しに来るって噂があったけど……」
「ええ。その手続きらしいわ」
なにやら、オレを置き去りにして盛り上がる二人。
いや、オレの隣で村正までもが、
『ほお~、聖女とな。今代の聖女とは、どんなオナゴなのか楽しみじゃ』
などと言っているので、盛り上がっているのは二人と一振りか。
まあ、あまり興味ないけど、オレも噂だけは聞いていた。
元々は、初代勇者である幸村のパートナーとして魔王討伐に参加していたシスターが、後に聖女と呼ばれる様になったのが始まりらしい。
以降、ソフィア王女も在席しているという聖エリシェース教会の付属学院という女学院で、教会が用意した試練を乗り越えられた者を聖女と呼ぶらしい。
もっとも、その試練とやらの難易度が高く、この四百年の間に聖女の称号を得たのは三人しかおらず、今代のエミリアとか言う聖女が四代目なのだそうだ。
とはいえ――
「教会の試練っていうのがどんなもんか知らんけど、ウチの明那ならそんなの軽く突破するぞ、きっと」
と、盛り上がる二人プラス一振りに、サクッと水を差すオレ。
「出た、兄バカ……」
兄バカとは失礼な。ウチの明那がやれば出来る子なのは純然たる事実だ。
「てゆうかさぁ~。私って一人っ子だからよく分からないけど、妹とか弟って、そんなにいい物なの?」
「どうだろ? 一応、ウチにも妹がいるけど、生意気だし口うるさいし……今は離れて暮らせて、清々してるくらいだけど」
若干呆れ気味に話す二人へ、オレはヤレヤレとばかりに肩を竦めた。
「ふっ……ファニよ。お前んトコの愚妹とウチの明那を一緒にしてもらっては困る」
「ちょっと待て、アキラッ! ウチのニヤだって愚妹って訳じゃないぞっ! ちゃんと可愛いトコもあってだなっ!!」
「なんだ。結局ファニもシスコンか……ホント、男って馬鹿ばっか」
右手をテーブル着いて立ち上がり身を乗り出すファニと、ミルクを啜りながら呆れ顔に拍車をかけるエウル。
しかしオレは、そんな二人をスルーしつつ明那の素晴らしさを伝える為、兄妹の思い出を紐解いていく。
「いいか? ウチの明那は幼稚園の時、多忙で家を空ける事の多かった両親に代わって家事をしていたオレへ、『お兄ちゃん、いつもありがとう』という手紙と一緒に、おてつだい券の十枚綴りをくれたりだなっ!」
「ようちえん――ってなに?」
「知らん」
「小学校の作文では、『わたしは、お兄ちゃんのことが大すきです。わたしユメは、しょうらいお兄ちゃんのおヨメさんになることです』とか書いたりだなっ!」
「しょうがくこう――ってなに?」
「知らん」
「更に中学に上がってすぐの頃、春の嵐で深夜に強風が吹いた時には、パジャマ姿のまま枕を抱きながらオレの部屋を訪れて、涙を溜めた瞳でオレを見上げ、『怖くて眠れないの……お兄ちゃん、一緒に寝よう……』とかって、あいだっ!?」
モノマネを交えながら、明那の素晴らしさを力説中。後頭部へ強い衝撃と共に激痛が走り、オレは頭を抱えてうずくまった。
「えっ? ウソ……」
「背後からの不意討ちとはいえ、あのアキラに一撃を入れた……?」
そんなエウルとファニの驚く声を皮切りに、サボりで学食に残っていた生徒達が一斉にざわめきだした。
正直に言えば、背後から人が近づいて来る気配には気が付いていた。
ただ、邪気も悪意も感じられなかったし、何よりその気配は、まだオレに手の届く位置まで来ていない。
しかしだ……
オレの頭に激痛が走った瞬間。その気配の隣へ、もう一つの気配が突然現れるたのだ。
あそこまで完全に気配を遮断して、オレの背後を取れる人間。
そんな事の出来る奴なんて――
ズキズキと痛む頭に、一人の候補者の顔が浮かんでくる。
そして、その考えが正しかったと肯定するように、懐かし声がオレの耳に届けられた。
「お兄様――それは、どこの平行世界にいる明那さんのお話しですか?」




