第六章 聖剣の正体②
『しかし、小僧よ。ワシの言葉が分かるようじゃし、お主――日ノ本の民じゃな?』
『ああ』
『そして、先程の言葉から察するに呪術師――陰陽寮の人間といったところかのう?』
『まあな』
ちなみに陰陽寮とは国の機関の一つで、元々はそこに属する呪術者を陰陽師と呼んでおり、陰陽寮の許可なく呪術を使う事は禁止されていたのだ。
『しかも、小僧よ……ワシに百にも及ぶ数の人を斬ったなどと言うておったが、お主などワシの十倍――千にも及ぶ数の人を殺めておるようではないか?』
『さあな。今まで食べたトースト――いや、握り飯の数をいちいち覚えていると思うか?』
『くくく……言いよるわ』
実際、殺した人数なんて覚えてないし。
『なあ、小僧よ……先程、向こうにおるオナゴらに『ツチミカド』と呼ばれておったが、もしやお主、土御門"裏"本家の人間か?』』
『!?』
村正の予想外の問いにハッとなり、オレは鋭い視線でその刀身を睨みつけた。
『どうやら、図星のようじゃな……』
チッ……裏本家という名は一族の者か、皇室の中でも一部の人間しか知らないはずなのに……
土御門家――かの安倍晴明を祖とし、朝廷に仕え、鎌倉時代から明治時代まで陰陽寮を統括した公家の一族。
しかし、土御門の本家筋にはもう一つ、歴史の表舞台には決して顔を出さず、朝廷を影から支え諜報や暗殺を司る"裏"本家という家が存在する。
そして、その家こそがオレや明那の生まれた家、土御門裏本家なのだ。
『朝廷の裏事情まで知っているとは、刀のくせに随分と情報通だな?』
『くくく……元の主は、大国に挟まれた小国の次男に生まれた者でのう。世情に疎くては、生きて行けぬような家じゃった。故に自身も草の真似事までして、せっせと情報を集めておったわ』
村正を持って草の真似事ねぇ……
ちなみに、この場合の草とは植物の事ではなく、忍者や忍びという意味なのだろう。
そして、その主とやらが集めた情報を知っているってことは、付喪神になる前――日本にいた頃の記憶もあるという事か。
そんなオレの考えを肯定するように、日本にいた頃の話を懐かしむように語り出す村正。
『しかし、武勇においても、中々に優れた主じゃったぞ。関ヶ原では、東軍の本陣におった大将首をもう少しで獲れるという所まで攻め込んだしのう。村正は、東軍の大将じゃった家康の一族に随分と嫌われておったし、ワシを手にした主を見て今にも自害しそうな程に怯えておったわ』
『ん!?』
『まあ、今一歩及ばす、近くの寺で休んでいた所を討たれてしもおたがのう。そして、確かに死んだはずの主が何故か目を覚まし、この訳の解らぬ世界におったというわけじゃ』
『んんん!?』
まあ、コッチの世界に来たのは、討たれて死ぬ直前にエリシェースとかいう創造主が喚んだのだろうけど……ちょっと待て?
小国の次男で、村正を持ち、関ヶ原では家康の本陣にまで迫り、その後、寺で討たれた武将と言えば……
「もしかして、お前の元の主っていうのは真田幸む――じゃなくて、真田信繁か?」
『ほおぉ。信繁を知っておるのか? さすがはワシの元主じゃ。四百年経っても、その名が伝わっておるとはのう』
嬉しそうに話す村正。
まあ、伝わっているのは、真田幸村って名前でだけどな。
そう、真田信繁とは、関ヶ原大阪夏の陣において獅子奮迅の活躍から『日本一の兵』と称される真田幸村の事。
一般には真田幸村の名前で広がっているが、本当の名前は真田信繁が正解なのである。
そもそも真田幸村という名は、関ヶ原から六十年近く経ってから書かれた『難波戦記』という軍記物。いわゆるノンフィクション小説で、真田信繁を真田幸村と記されたのが始まりであり、そこから民衆に定着してしまった名前なのだ。
なぜ、信繁を幸村と記したのか?
信繁と言う武将は武田軍の副将もおり、同名では分かりにくいからだとか、真田家の通字である『幸』の文字に愛刀の村正を合わせて幸村と呼んだからだなど、諸説あるがハッキリとした理由は分かっていない。
まあ、興味のある人は自分で調べてくれ。
でも、あれ……?
『ちょっと待て。信繁はコッチの世界でユーキと呼ばれていたそうだが……?』
幸村であれば、ユーキの愛称になのは理解できる。しかし、幸村と呼ばれるのは、信繁の死後六十年経ってからの話。
当然、彼が知る由もない名前なのだが……
『その事か……主はコチラへ来て勇者とやらなった時、幸村と名を変えたのじゃよ』
『幸村ぁーっ!?』
『うむ。真田本家の通字である幸の字と、愛刀であったワシの村正から村を取り幸村じゃ。それがいつしか幸様に変わり、やがてユーキ様と呼ばれるようになったようじゃ』
なんとまあ……
コッチの世界では、自分から幸村と名乗っていたとは……正に真実は小説より奇なり。
『それで? お前は幸村が死んだあとは、ずっとココにいるんだよな? 戦うのが嫌にでもなったのか?』
『馬鹿を言うでないわ。刀の本分は人を殺め、その身を鮮血に染める事。主に相応しい人間が現れれば、すぐにでも付いて行ったわっ!』
『いや、でも……結構な数の人間が、お前を求めてココに来ただろう? お眼鏡に適うような奴はいなかったのか?』
ソフィアの話しだと、騎士学校を優秀な成績で卒業した者や武功を上げた騎士や兵士が、毎年数十人単位で聖剣の儀に臨んでいるそうだが。
『まあ、数だけは来ておるし、正直な話、元の主を超えるような逸材もおったわ……』
『だったら、何で?』
『小僧よ。お主はこの世界の人間が、まともに刀を扱えると思うのか?』
えっ? ああ…………納得。
そもそも、この世界で流通している剣と日本刀では、振り方からして違う。
折れず、曲がらず、良く斬れるをコンセプトにしているのが日本刀であり、それを極限まで追求したのが村正や正宗を始めとする業物の刀だ。
日本刀は、世界的に見ても最高峰の斬れ味である反面、実は扱いの難しさも世界最高峰なのである。
例えば、関兼房と言って、試し斬りの最高記録である七つ胴落としを遂げた刀がある。
ちなみに七つ胴落としとは、死体を七つ重ね、それを一刀両断したということ。
そんな関兼房であっても、達人が振るえば人体七つを一刀両断する事も出来るが、素人が振るえば藁を束ねただけの藁巻きすら斬り落とせない事もあるのだ。
『そういう意味では、日ノ本人である小僧には少し期待しておったのじゃがな』
『オレじゃ、不服か?』
『ふむ……千にも及ぶ人を殺めたという点は驚愕じゃが、如何せん呪術師ではのう……武士であったのなら、喜んで付いて行ったのじゃがな』
まあ、確かに呪術師――陰陽師が、刀で戦うってイメージはあまりないな。
しかし……
『その、千にも及ぶ死人の内、半分以上――五百人は刀で斬り殺していたとしてもか?』
『なんじゃと……?』
『何でもオレは、土御門裏本家千年の歴史の中で、剣術においては五本の指に入るらしいぞ』
これは、一緒に車でダイブした二条さんが言っていた死に際の言葉だ。
ホントかウソか、はたまたお世辞かは知らんけど。
『ほう……して小僧。お主、流派は?』
『神道夢幻流、免許皆伝』
『神道夢幻流とな……? 元は物の怪を斬る為の、呪術と剣術を併せた退魔の剣じゃったか?』
『さすが詳しいな』
もっとも、妖怪退治はあまりした事ないけど。
『くくく……っ。多少、色物気味じゃが面白い』
色物は余計だ。
『さすがに、四百年もこんな場所におって退屈しておったしのう。お主を新しい主と認めてやろうではないか』
『偉そうに……』
突然、眩い程に輝き出した刀身。そしてその光景を前に、後ろにいる人達がざわめき出す。
オレはその声へ引かれるように振り返り、膝を着いたままでコチラを心配そうに見守っているソフィアへと目を向けた。
「聖剣がオレを主だと認めてくれるってさ」
「本当ですか!?」
スクッと立ち上がり、太陽のような笑顔を見せるソフィア。
オレは頷きながらその笑顔に微笑み返し、再び村正へと向き直った。




