第五章 神託の巫女姫さま②
「どうかしましたか?」
「はい。ソフィア様に下された神託。『聖堂を護る守護者』という件から、我々は正面の入り口ではなく裏口へと参りました」
「そして、実際に遺跡を荒らした盗掘団の二人の確保いたしましたので、その判断は正しかったと思います」
「そうですね。それに、ちゃんとアキラ様ともお会いする事が出来ましたわ」
メイド達の言葉に、上機嫌で応えるソフィア。しかし、その主の言葉に、メイド達は鋭い視線をオレの方へ向けて来る。
「しかし、神託には『守護者を恭順させ』ともありました。だというのに、ここにはその守護者達の姿がありません」
「なのでもしかすると、その方は神託に告げられた者とは別人。もしくは、名を騙る偽物という可能性もあります」
ほう。中々に的確な状況判断と鋭い指摘だな。さすがは、姫様付きのメイドさんだ。
とはいえ、ご主人様の方は、その指摘に不服のご様子。
「ちょっ!? アリア、リリアッ!! アキラ様に失礼ですよっ!!」
「しかし……」
「『しかし』ではありませんっ! 二人共っ、アキラ様に謝罪なさ――」
「いや、もっともな意見だ。気にするな」
エキサイトし始めたソフィアの肩へポンっと手を置いて、オレは三人の会話へと割って入った。
王室と皇室。そして表と裏の差はあるけど、同じ国の最高機関に仕える者として、僅かな危険の可能性をも考慮する二人の進言は失礼どころかむしろ好感が持てる。
まあ、オレの場合は『仕えていた者』と、過去形だけど。
「しかし、アキラ様――」
まだ何か言いたげな姫様。オレは軽く微笑んで首を横に振ると、懐から二枚の呪符――式札を取り出して後ろへと踵を返した。
「亡者を従えし地獄の獄卒よ。我が呼び声に応え、我が命に従え――急々如律令ッ!!」
そう唱えて式札を放つと、青白い発光と共に式札が式神へと変わっていく。
そして姿を現したのは、先程と同じ牛頭鬼、馬頭鬼の獄卒達。
「な、なんだアレは……」
「じゅ、獣人か?」
「しかし、牛や馬の顔を持つ獣人など、聞いた事がないぞ……」
その獣の頭を持つ巨体と異様な雰囲気に、兵達はざわめき出し、怯えるように後ずさった。
「ソ、ソフィア様っ!?」
「構いません」
ご主人様を護るため前に出ようとする二人のメイドを、ソフィアは手を上げてその動きを制している。
よほど、オレの事を信じているようだ。
初めて会ったばかりの、こんな胡散臭そうな格好をした男の何処に信じられる要素があるのやら……
そんな事を思い、オレは苦笑いを浮かべながらスッと右手を上げた。
そして、それを合図に高々と雄叫びを上げる牛頭鬼と馬頭鬼。更にその呼び声に応え、地中から亡者達が一斉に湧き出してくる。
荒れ地を埋め尽くさんばかりに現れた亡者達……
オレは右手の人差し指と中指で指刀を作り、目の前に五芒星を描くとその中央へ指を突き出した。
と、同時に亡者達の方を向いていた牛頭馬頭がオレの方へと振り返りると片膝を着き頭を下げる。次いで、その後ろにいた亡者達が一斉に両膝を着き、頭を地面に擦りつけ始めた。
百を超える、平伏した亡者達。その亡者を守護者と呼んでいた現地民にとって、この光景はさぞ衝撃的であっただろう。
その証拠に、姫様ですら目を見開いて言葉を失っていた。
そして、この光景に声を詰まらせながらも、感嘆の言葉を口にするメイド達。
「す、すごい……」
「あの、守護者達を、こうも簡単に服従させるとは……」
月明かりに照らされた白い顔を更に蒼白にし、驚きを隠せないメイドさん達へと目を向けるオレ。
「いや、そんなに驚くほどコイツら強くはないだろ? キミ達なら、そう苦労なく勝てると思うけど?」
「い、いえ……十体二十体程度なら、何とか立ち回れもします。しかし……守護者達はいくら倒しても無限に次が現れますから……」
「そ、それと……仮に、複数の魔道士が広範囲殲滅魔法で一気に殲滅したとしても、すぐに同じ数の守護者が現れると聞いています……」
なるほど……
そういう風に言われると、確かに面倒くさい相手だな。
「申し訳ございませんでした、ツチミカド様――先程の発言、撤回させて頂きます」
「どの様な罰も受ける所存。どうか、平にご容赦下さいませ」
揃って深々と頭を下げるメイド達。
いや、メイド達だけじゃなく、その後ろにいた白い甲冑の兵達も片膝を着き、一斉に頭を下げ始めた。
な、なに、この状況……?
まあ、メイドさんに罰としてお仕置きとか、大変に惹かれる話しではあるけど――
「さっきも言ったけど、二人の意見はもっともな意見だ。だから気にするな。それに、僅かな危険の可能性を考慮して進言出来る点は、むしろ好感が持てるよ」
と、さっき思った事を、そのまま告げてみる。
しかし、オレの言葉が予想外だったのだろうか? メイドさん達は腰を曲げたままで顔をだけを上げ、キョトンと驚いた表情を見せた。
最初の好感度はかなり低い感じだったし、まだオレという人間の事を把握し切れてないのだろう。
まあ、勇者降臨の神託を受けて来てみれば、黒ずくめで得体の知れない男がいたのだ。警戒されるのは仕方ない。
ならばとばかりに、オレはご機嫌取りの社交辞令を並べてみる。
「さすがは、第四王女様付きのメイドさん。美人なだけじゃなく腕も立ちそうだし、細かいところまで気が付いて危機察知能力も高い。まさに才色兼備だね」
って、女性に対して腕が立つとか危機察知能力が高いとか、褒め言葉になってなかったか?
まあ、でも――
「び、美じ、いえっ! か、寛大な処置、まことにありがとうございますっ!」
「そ、そのように過分なお言葉、み、みみ、身に余る光栄ですっ!」
ちょっと慌てた様子で、再び頭を下げるメイドさん達。
少し様子が変だけど喜んでくれているみたいだし、まあ良しとするか。
「アキラ様……」
ところが……
一件落着かと安堵していたら、今度はソフィアが少し不機嫌そうにオレの袖を引っ張ってくる。
「アキラ様っ。そんな事より、早く聖剣の元へ参りましょう」
頬を少し膨らませて、上目遣いでオレを見上げるソフィア。
いや、不機嫌そうではあるけど、よく見ると拗ねている様な感じもするな。
オレ、なんかやらかしたか……?
心当たりは全くないけど……だからと言って邪険するわけにもいかんよな。
オレは内心で首傾げながら、スッと右手をあげた。
そして、それを合図に平伏していた亡者達がスーッと両サイドに別れ、洞窟までの道が出来る。
これでレッドカーペットでもあれば完璧なんだけど……
そんな事を思いながら、ソフィアのまだ幼さの残る顔へ正面から目を向け、笑みを浮かべた。
「では、参りましょうか? お姫様」
そう言ってオレは、ソフィアをエスコートするように、そっと右手を差し出した。