第五章 神託の巫女姫さま①
月明かりに浮かぶ、揃いの白い甲冑を纏う一団。
ざっと見たところ、歩兵が二十人、騎馬が五騎。そして、その騎馬に護られるように豪華な馬車の姿もあった。
ついでに、しっかりと縛り上げられ、後方の騎馬に繋がれる見覚えのある二人組の姿を発見。
思いのほか早い再会となった二人の様子は、正に茫然自失。まるで魂の抜けたような表情を浮かべていた。
この女達、どこまで神様に嫌われたら、ここまでの不運が続くのだろうか……?
まっ、その不幸の半分以上はオレがやったんだけど。
オレはそんな二人に憐れみの目を向けながら、ゆっくりと立ち上がり、荒れ地の手前で立ち止まる一団へと向かい歩き出した。
そして、そんなオレの行動へピリピリと警戒心を前面に出し、身構える甲冑姿の男達。
さて、どうしたものか? 正直、対人スキルは高い方じゃないからな……
コチラから声をかけるか、それとも声がかかるのを待つかと悩んでいると、豪華な馬車の扉が開き、軽いウェーブのかかった白金髪の小柄な少女が姿を現した。
年の頃は、オレと同じか少し下くらいだろうか?
純白の上品なドレスに綺麗な所作は、見るからに高貴なお嬢様。正に深窓のご令嬢といった感じだ。
そしてお嬢様は、一緒に馬車から降りて来た二人のメイドさんをお供にオレの方へと歩み寄って来る。
同じ髪色に同じ瞳の色のメイド達。それに、どことなく顔立ちも似てる点が多い。双子……いや、姉妹かな?
いや、それよりも、足運びや立ち振る舞いがメイドというより武道家――いや、オレと同じ暗殺者に近い。
ただのメイドじゃなく、ボディガードってところか……?
多分、後ろの甲冑兵の半分くらいなら、この二人だけで相手できるくらいの手練だろう。
そして、そんなメイド達の後ろへ更に数人の兵を引き連れ、お嬢様はオレの少し手前で立ち止まった。
「失礼ですが、アキラ・ツチミカド様で間違いないでしょうか?」
「ああ。で、キミは?」
オレの端的にしてタメグチ口調の問いに、後ろの兵達が一気に殺気立ち、剣に手をかける。
ほう、中々の忠誠心だな。
まあ、感情の制御出来ていないという点。そして、対峙する相手と自身との力量差を測れないという点は、兵としてマイナス点だけど。
ただ、そんな一兵卒と違い、メイドさん達の方はオレの実力をある程度は把握出来ているようだ。額から滝の様な汗を流しながらも、必死に平静を装っている。
さて……ここでもしオレが、このお嬢様に殺気を向けたらどうなるかな?
玉座覚悟で向かってくるか? それとも、身を呈してお嬢様を逃しにかかるか……?
悪趣味ではあるけど職業柄か? 一定以上の強さのある相手には、無意識に戦闘シミュレーションをしてしまうオレ。
そんな殺伐としたオレとは対象的に、お嬢様は軽く手を上げて殺気立つ兵達を制すると、笑顔を浮かべて一歩前へと踏み出した。
リック達の時に感じた、胡散臭さや白々しさなど欠片も感じない純粋な笑み。
いや、それどころか、威厳すら感じる少女の迷いのない微笑みに、オレの方が逆に気圧されてしまいそうである。
純粋な戦闘力という意味では皆無かもしれないけど、彼女の持つ芯の強さ、そして意志の強さは、オレも含めてこの場にいる者の中で一番かもしれない……
そんな、今まで感じた事のない威圧感に、思わず引いてしまいそうになるのをグッと堪えるオレ。
そして、そんなオレを前に少女はスカートの裾をちょこんと摘みながら頭を下げた。
「初めて御意を得ます。わたくしは、ウェーテリード王国第四王女、ソフィア・ウェーテリードと申します。以後、お見知りおきを」
「第四王女様……?」
「はい。そして、聖エリシェース教会付属の学院に席を置き、神託の巫女の任も任されております」
第四王女……オレの予測通り、やって来たのは王族の人間だった。
しかも、神託の巫女。神のお告げを受ける巫女でもあるなら、自称神様の仕込みで有る事も間違いないだろう。
しかし……
お嬢様改めお姫様の、古風で仰々しい言葉使いに、オレは少しだけ眉を顰めた。
お姫様が口にした『御意を得る』という言葉。
これが日本と同じ意味で使われているなら、本来は尊敬する相手、尊い相手に使う言葉であり、地位の高い人間が自分と同格か、それ以上の相手に使う言葉だ。
この世界での勇者は、それ程までに地位が高いのか?
「ツチミカド様――どうかなさいましたか?」
考え込んでしまっていたオレの顔を、心配そうに覗き込むお姫様。
「いや、何でもない。それから、ツチミカドではなく、アキラでいい」
「左様ですか。では、アキラ様。わたくしの言葉もソフィアとお呼び下さい。敬称もいりません」
「オレの方も敬称は必要ない」
正直、様付けなどガラじゃないし、そういう畏まった呼び方は背中が痒くなってくる。
しかし、ソフィアはオレの要望に、瞳を閉じて首を横に降った。
「いえ、アキラ様は創造主エリシェース様からの神託にあったお方。呼び捨てになど出来ません」
柔らかい口調ながらも、絶対に譲らないという芯の強さを感じる笑顔に、オレは諦め半分で肩を竦めた。
ていうか、あの自称神様。エリシェースなんて名前だったのか? なんか女みたいな名前だな。
まあ、そんな事より――
「話しを戻そうか……オレの方でも、そのエリシェースって神様からある程度の話を聞いてるけど、そっちの神託っていうのはどんな内容だったんだ?」
「はい。つい先程、聖堂にて就寝前の祈りを捧げていたところ、わたくしの中にエリシェース様が降臨なされました。そして、『今宵、異界より世界を救う勇者が降臨す。聖地を護りし守護者を恭順させ、聖剣を手にするであろう。その者の名は、アキラ・ツチミカドなり』という神託をお下しなされたのです」
中に降臨? イタコの口寄せみたいな感じか?
てゆうか、オレの知っている創造主とは別人みたいな口調だな……
「そして、『あっ、ついでに、北の遺跡の神殿跡にあった僕の御神体の像をうっかり倒して壊した盗掘団も近くにいるはずだから、捕まえといて』と、付け加えておりましたわ」
ああ、うん……そっちはオレの知ってる創造主っぽい感じだ。
後ろへ振るソフィアの視線を追って、縄で縛られ放心状態のリサ達へと目を向けるオレ。
さっきまで、暁の輪舞との出会いに疑問があったけど……
もしかしてあのヤロー。単に自分の御神体を壊された腹いせを、オレにさせたかっただけなのか?
あまり知りたくなかった真実に、がっくりと肩を落とすオレ。そして、そんなオレに向け、姫様は再び視線を戻し、更に言葉を綴っていく。
「そして、その神託を受けたわたくしは、すぐに動ける兵を集め、守護者が護るというこの地へとやって来た次第です。とはいえ、出来ることなら国王である父上か、王太子である兄上が立ち会えれば良かったのですが……何分にも深夜の急なご神託という事もあり、わたくしの様な若輩の者しか立ち会えぬ事をお許し下さい」
「いや、こんな夜更けにわざわざ来てくれたんだ。それだけで、充分にありがたいよ」
「もったいないお言葉です」
ニッコリと微笑み、ペコリと頭をさげるソフィア。
しかし、随分と腰の低いお姫様だな、オイ。
文明レベルは中世くらいみたいだし、この時代のお姫様と言えば、
『パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない』
とか言うような、横柄で世間知らずな奴ばかりかと思っていたけど……
「では、アキラ様。なにはともあれ、まずは聖剣の元へ向かいましょう。細かいお話しは道すがら――」
洞窟の方へと歩きだそうとする姫様。
しかし――
「いえ、ソフィア様」
「少々お待ち下さいませ」
と、控えていたメイドの二人が主であるソフィアを呼び止めた。