第四章 罠にハマったのは? ③
まあ、それでも。
『冥土の土産に――』なんて言って死亡フラグを立てる気はないけど、これから死にゆく者への手向けだ。
一つずつ答えてやろう。
「え~と……まず、なんで生きてるのか――だったか? そもそも、お前らの笑顔は胡散臭い上に白々しくて、何かしらの罠にハメようとしてるのが見え見えなんだよ」
「うっ……」
バツの悪そうに口ごもるリック。
自慢ではないけど、日本では本物の悪党という奴の顔をイヤというほど見てきたのだ。コイツ等みたいな小悪党の腹の内なんて、手にとるように読み取れる。
まあ、悪党の腹の内は読めても、リサの女心は読み切れなかったけど……
「で、オレの方でも聖剣には用があったし、お前達程度の罠なら切り返せる自信があったからな。罠にハマったフリして、逆に罠へハメてやったんだよ」
額に脂汗を流しながら忌々し気に睨み付けるリックをスルーして、今度はリサへと目を向けた。
「そんで、足が動かない理由は――まあ、とりあえず自分達の足元を見てみな」
オレがそう言うと、全員の視線が足元へと落ちる。
「こ、これは……?」
「なに? 木の棒が光っている……?」
月明かりで出来た影。
その足元の影に青白く、そして微かな光を放つ短い木の枝が刺さっていた。
そう、死霊達に襲い掛かられる直前、後方へ投げ捨てた小枝である。
「影縫いって言う、影を地面に縫い付ける術でな。影が動かなければ、当然にして本体の方も動かなくなるって事だ」
「な、なによ、それ……」
「そんな魔法、聞いた事ないわよ……」
まあ、聞いた事なくて当然だ。ここから見て異世界の、更に日本オリジナルの術なんだし。
ちなみに、ちゃんとした道具があれば全身を縫い縛る事も出来たけど、即興で作った小枝では片足の、それも足首から下を縫うので精一杯だった。
「あっ、そうそう。不用意に抜こうとすると爆発するから、気をつけろよ」
「ひっ!?」
地面に刺さった引き小枝を抜こうと、手を伸ばしていた三人。しかし、オレの言葉にリサ達は、慌てて伸ばしたその手を引っ込めた。
まっ、爆発なんていうのはハッタリだけど。
なにより、影縫なんて光源の反対側から光を当てて影を消してやれば簡単に解けてしまう術だけど――まあ、そんな事まで説明してやる義理はないわな。
オレは軽く肩を竦め、最後にリサの隣にいる柔らかそうなオッパイ――ではなく、そのオッパイの持ち主であるサーニャへと目を向けた。
てゆうか、やはりサーニャはノーブラなのか?
ただでさえ肌にピッタリとしたローブが冷や汗で張り付き、胸の先端がポチッと浮き上がっているし……
オレは、そのポッチに目が奪われるのを必死に堪え、怯えた顔を浮かべるサーニャの目を正面から見据えた。
「そして、何でコイツ等がオレに従っているのかと言うとだ――お前達が、ガーディアンって呼んでるコイツ等な。ただの地獄の亡者だよ」
「ジ、ジゴク……?」
そう言えば、自称神様から貰った知識では、コッチの世界だと地獄とは言わないんだったな。
「確か、コッチじゃ冥界って言うんだったか? 生前に犯した罪の業を背負い、その業が浄化されるまで生まれ変わる事を許されず、責め苦を与えられ、冥界の底を這いずり回るのが亡者。そして、その亡者に責め苦を与え、従えるのが獄卒と呼ばれる鬼達であり、後ろの二匹はその獄卒である牛頭鬼、馬頭鬼という鬼だ」
オレが二匹を紹介してやると、
『よろしくぅ~』
とばかりに雄叫びを上げる牛頭馬頭達。
その、地獄の底から湧き上がるような嘶きに、リックは怯えるように竦み上がり、リサとサーニャは腰を抜かしてペタリとお尻を地に着けた。
「で、でも……何で、そのオニとかいうモンスターが、アンタに従ってるのさ……?」
顔を青ざめさせ、怯え切った表情を浮かべながら、それでも声を絞り出して問うサーニャ。
オレはヘタリ込むサーニャを見下ろし、その問いに上から目線で答えていく。
「この鬼は、式神――っても、分からんか? まあ、式神っていうのは、使い魔みたいなもんだ。そして、あらゆる鬼達を式神として使役し、操るのが、陰陽師と呼ばれるオレ達の真骨頂なんだよ」
「オン……ミョウジ……? そ、それは、召喚士みたいなものなのかい?」
「まあ、似たようなもんだな。そして、亡者を従える獄卒を使役し、操れるって事は――この罠の亡者達も自由に操れるって事だ」
「えっ!?」
オレが右手を肩の高さまで上げると、三人の近くにいた亡者が五体ほど立ち上がり、ゆっくりと後ろにいるリックへ向かって振り返った。
「えっ、ちょっ、ま――」
「殺れ」
引きつった顔で怯えるリックの言葉を遮り、上げた手を軽く振り下ろすオレ。
そして、それを合図に振り返っていた五体の亡者が、一斉にリックへ目掛けて飛び掛かった。
「うああああぁぁぁぁああぁぁーっ!!」
片足を地面に縫われている為、逃げる事も避ける事も出来ず、リック成す術もなく地面へ組み敷かれる。
「すまっ、ゆ、許しっ! た、たた助けてく、がああぁぁぁぁぁ…………」
鎧を剥がれて全身の肉を食い千切られ、断末魔の悲鳴を上げるリック。
そして、亡者達が事切れたリックの骨を噛み砕き、内臓を引き出し貪り食うという光景を前に、リサとサーニャは更に顔面を蒼白にし、涙目で恐怖に身を震わせていた。
そんな血と臓物の匂いが立ち込める中で、微かに漂うアンモニア臭……
眼前の凄惨な光景に、どちらかが失禁してしまったのだろう。
まあ、それも仕方ない。仲間が目の前で生きたまま貪り食われているのだから……
オレはそんな二人の足元まで進み、怯える二人を見下ろした。