第三章 第一異世界人、発見②
一応気配は消しているけど、風下にいる魔物達は当然オレを認識しているはず。
対して自分達の存在は、まだバレていないと思っているのか? 静かに獲物へとにじり寄る肉食獣ように、息を潜めてゆっくりと近づいて来る魔物達……
オレは、そんな魔物達に肩を竦めると、足元に落ちていた小枝を拾い上げる。
この先、何があるか分からんし、呪符は温存しておきたいからな。
まっ、トラ程度の強さならコレで充分だろ。
拾った小枝を軽く振り、そこへ霊力を通した。
そして、その行動に自分達の存在が気付かれと思ったのか? 魔物達は一気に殺気を開放すると、雄叫びを上げながらコチラへ向かって一斉に走り出した。
物凄いスピードで、迫り来る魔物達。
対するオレは、その動きに動じる事なく、小枝の先端を魔物達へと向け一気に殺気を開放した。
「――――ッ!?」
あと一歩でも踏み込んでいれば、一足飛びにオレの首筋へと牙を突き立てられたであろう距離。
その間合いで急停止した魔物たちは、低く頭を下げ警戒するように低い唸り声を漏らしている。
さすが野生の魔物。殺気から相手の力量を測る程度の能力はあるようだ。
さて、このあとどうするか……?
殺してしまうのは、さして難しくはない。しかし、現状で金も非常食も持っていないオレ。このサバイバル生活がいつまで続くか分からない訳だし、ここは食用として生け捕りにし――なっ!?
魔物への対応を考えていたオレの背後で、突然魔力が大きく膨れ上がった。
「フレイムランスッ!」
魔物が上げた雄叫びで、後ろの三人組がコチラの状況に気づいたのだろう。
横目に後ろを確認しようとした瞬間、飛来する炎の槍がオレの横をすり抜けて行った。
激しく燃える炎に慌てて逃げて出す魔物達。そして、逃げ遅れた一匹へ、その炎の槍が命中した。
成すすべもなく、魔物は一瞬にして激しい炎に巻かれていく――
って、おいおい……
アレじゃあ、食える所が残らねぇじゃねぇか? しかも、他の二匹には逃げられたし……
初めて見たコッチの世界の魔法に感嘆するより、食い物を逃してしまった事に落胆するオレ。
まあ、あの魔物が食えたかどうかは知らんけど。
とはいえ、恐らくはオレを助けようとしてくれた行動だし、なにより初めて会う第一村人ならぬ、第一異世界人だ。
ここは日本人らしくの本音と建前を使い分け、空気を読んで素直に礼の一つも言っておこう。
そう思い、オレはポーカーフェイスで後ろへと振り返った。
「そこのキミッ! 大丈夫かいっ!?」
声を上げながら駆け寄って来る人影。
気配で感じていた通り、男一人の女二人の三人組のようだ。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
余計なお世話だという本音を飲み込み、オレは愛想良く礼を言って頭を下げた。
「そうか、良かった」
オレの返事に安堵の息を漏らす、鎧を着た剣士風の爽やかイケメン男。
それに続いて――
「ねえ、怪我とかはしてない? 痛い所とかは?」
「てゆうか、キミ。こんな夜中に、こんなトコで一体なにしてたのさ?」
「それに、見慣れない服装ね? もしかして、他国の人?」
「そんな事より、丸腰でファングウルフに襲われたのに、逃げもしないって、なに考えてるのよ?」
と、矢継ぎ早に質問をぶつけて来る修道服みたいな白い服を着た、金髪セミロングの温厚そうな女性と、身体のラインがはっきりと浮かぶ深いスリットの入った紫色のローブを纏う、長い髪で少々キツめな印象の女性。
全員がオレより少し上の、二十歳前後と言ったところか?
「まあまあ、二人共。そんないっぺんに尋ねられたら、彼だって困ってしまうだろ?」
爽やかスマイルで美女二人を諭す様に、一歩前へと出るイケメン男。
てゆうか、見た目の印象だけならオレなんかより、このイケメンの方がよっぽど勇者っぽいな。
まあ、見た目の印象だけならだけど……
そんなオレの主観的感想は、とりあえず置いといてだ。
先程に続き、オレは本音と建前を使い分け、
『くそっ、こんな巨乳美女を二人も侍らせやがって! イケメンは敵だ、地獄に落ちろっ!』
という本音を飲み込みつつ、別に困ってはいないが、空気を読んで困った様な苦笑いを浮かべた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。僕の名前はリック。一応剣士をやっているよ」
「私はシスターのリサ。そして、コッチの娘は魔道士のサーニャよ」
「ちなみにあたい達は、リーフの街を拠点に冒険者をしている、暁の輪舞ってパーティーさ。困った事があったら、何でも相談しなよ」
フレンドリーに自己紹介をする、暁の輪舞御一行さま。
しかし、あまり対人スキルの高くないオレは、その馴れ馴れしさに、先程までの作り苦笑いからリアルな苦笑いへと変わっていた。
とはいえ、礼節を重んじる大和民族としては、挨拶をされて返さない訳にはいかんよな。
苦笑いに作り笑いを強引に貼り付けると、オレはゆっくりと口を開いた。
「ありがとうございます。オレは、土御門――アキラ=ツチミカドと言います」
自称神様から貰った知識にあった、コチラの世界ではファミリーネームよりファーストネームが先に来るのが習慣だという事を思い出し、オレはそれに倣って名前を告げた。
「ファミリーネーム? キミは貴族なのかい?」
「それにアキラ――くん? というのも、あまり聞かない名前ね」
「もしかして、ホントに他国の人なのかい?」
コチラの習慣に倣ったつもりだったけど、それでも聞き慣れない名前だったのだろう。
揃って首を傾げてしまった、暁の輪舞さん達。
まあ、ここで変に嘘をついても仕方ない。
「いえ、特に貴族というわけではないですよ。まあ、他国から来たのかと言われれば、その通りですけど」
「へぇ~。サウラントかい? それとも、ノーザライト?」
「まさか、イーステリアなんて言わないわよね?」
神様に見せられた地図にあった国名だな。そんで、この国が確かウェーテリードって国だったか?
一応、後で確認してみよう。
そんな事を思いながら、軽い気持ちで母国の名前を口にするオレ。
「いえ、日本と言う国から来ました」
「ニホン……? 聞いた事がない国だねぇ。何処にあるのさ?」
ちょっと胡散臭そうな目で尋ねる、紫ローブのサーニャさん。
てゆうか、この人。
ちょっと動くたびに、胸が凄く揺れるんですけど……もしかして、ノーブラか?
って、いやいや!
思春期男子の目を惹きつけてやまない見事なお胸さまではあるけど、あまり凝視していては胡散臭そうな目に拍車をかけてしまう。
そして、何処と問われて異世界ですと答えても、やはり胡散臭さに拍車をかけてしまうだろう。
それじゃあ――
「この大陸から、遥か東にある国です」
って事にでもしておこうか。
「えっ? ちょ、ちょっと待ってっ!?」
「は、遙か東って……」
「まさか、大陸の外の国なのっ!?」
「えっ……ええ。ま、まあ……そういう事になります……ね」
軽い気持ちで言った作り話に身を乗り出す三人と、その迫力に思わず後ずさるオレ。
そして、そのまま三人は、驚きに目を見開いて言葉を失ってしまっていた。
えっ? オレ、そんな変なコト言った?
なにやら居心地の悪い沈黙。
そして、約三十秒ほどの静寂が流れた後――
「「「ウソォォォォ~~~~ッ!?」」」
と言う、暁の輪舞御一行さまの絶叫が、辺り一面にこだましたのだった。