第三章 第一異世界人、発見①
「だから、ちょっと待てっ!」
そんな第一声を上げ、オレは跳ね起きる様に上体をお起こした。
が、そんなオレの目に飛び込んで来たのは、薄暗い森の景色――月の光が微かに射し込む、見覚えのない森。
そして、先程まで話しをしていた自称神様の姿はもちろん、明那の姿は、どこにも見当たりはしなかった……
「チッ、あの野郎。逃げやがったか……次に会ったら、ゼッテェ文句言ってやる」
オレは悪態をつきながら立ち上がり、服の埃を忌々しげに払っていく。
「で、ここがアイツの言っていた世界――異世界なのか……?」
誰に問うでもなく、そんな事を呟きながら、オレは辺りを見渡した。
時間は分からないけど、夜であるのは確か。静寂の中、遠くからフクロウのような鳥の声が聴こえて来る。
一見すると、何の変哲もない普通の森。
視界の届く範囲に人工物はなく、視覚、聴覚、嗅覚からは、ここが異世界だという断定は出来ない。
が、しかし……
オレの第六感――霊感が、ここは地球ではないという事を告げていた。
「なんて霊力の濃さだよ。高野山奥之院の霊力を遥かに超えてるぞ……」
そう、近くに何かしら霊的な物を祀っている訳でも、何処かしらのパワースポットから流れて来る訳でもないのに、大気全体へ高濃度の霊力が溶け込んでいるのだ。
オレはふとっ、自称神様が言っていた言葉を思い出す。
『この科学が発展した世界とは違い、魔法や魔力が発展した世界でね。大気にもマナが満ち溢れた世界なんだよ』
使い慣れている霊力という言葉を使ったけど、コレが自称神様の言っていたマナなのだろう。
このマナが、使用する者の生態や術の種類によって霊力や魔力へと変換されるのだ。
これだけのマナだ。強力な術を行使しても、すぐに霊力は回復するだろうし、治癒力に霊力を回せば怪我をしても治りが早くなるだろう。
「確かに、この濃度のマナが世界中に満ち溢れているなら、魔法文明が栄えるはずだわ」
そんな独り言を漏らしながら、黒い装束を闇に溶かし、気配を消して当てもなく森の中を進んで行くオレ。
ちなみにこの服装は、陰陽師や神主などの神職が着る狩衣という装束を、潜入や戦闘に特化させるよう動きやすくアレンジしたもの。
狩衣と忍び装束の間の子といった感じの服だ。
ただ、武器になるものは、車に乗る時に外してトランクへ仕舞ってしまったので、手元にあるのは呪符が数枚のみと少々心もとない。
せめて、刀でもあれば心強いんだけど……
てか、この世界って刀とか売ってるのか? 正直、西洋式の剣は慣れてないから使いにくい。せめて、片刃で反りのある剣でもあればいいんだけど。
ってか、この後はどうすりゃいいんだ? 確か、勇者になる選定がどうとか、その道筋は整えとくとか言ってたけど……ん?
現状の把握と今後の事を思案しながら歩くこと十数分。獣道を進んでいたオレは、ようやく道らしい道へと出た。
舗装はされていないけど、そこそこの広さがある街道。馬車が何かの轍もあるし、人の手によって作られた道であるのは確かである。
まあ、街灯などはないけど、職業柄、夜目は利く方だし、街道へ出た事により月の光も多少なりとも入って来はている。
なので、普通に歩く分には問題ない……のだか。
広さのある道に出て見通しが良くなった事で、厄介事に遭遇しやすくなってしまったようだ。
チッ……挟まれたか……?
街道の前後から感じる複数の気配。
オレは警戒レベルを上げ、その気配を探っていく。
前方は…………野生動物? いや、魔物か?
暗闇の中に薄っすら浮かび上がる、三つシルエットと六つの妖しく光る赤い瞳。
四足歩行で、狼くらいの大きさ。
しかし、大きくせり出した二本の牙を持つ上、強い魔力を内在させている。ただの獣ではなく魔物の一種なのだろう。
恐らく、強さもトラ程度はあると思う。
そして、後方は……人間だな。
オレは、振り返る事なく後方に意識を向けた。
数は三人。男が一人と女が二人……
女の方は、二人とも霊力値が高いな。呪術者――この世界だと魔導師とか、そういう類いの人間なのかもしれない。
ただ、人間達の方はまだ距離があるし、歩む速度も一定。多分、オレや魔物の存在に、まだ気が付いていないようだ。
という事は挟まれたのではなく、この二組は別グループという事か。
なら、まず魔物達への対処が先だな。