第五章 懐石料理 01
懐石料理――本来は茶の湯において正式な茶事の際、会の主催者である亭主が来客をもてなす料理をいい、禅寺の古い習慣である懐石がその名を由来である。
とはいえ、最近では料亭のコース料理としての意味合いが強い。
流派等によって若干の違いがあるが、流れはまず『先付』という、いわゆるお通しから始まり『お凌ぎ』『椀もの』『向付』『八寸』『焼き物』『炊き合わせ』『ご飯』そして最後に『水菓子』というデザートで終わる。
昨夜は、ない知恵を絞ってメニューを考え、今日は昼間の営業も休んで買い出しと下準備に費やしたオレ。
懐石料理は相手の食べるペースに合わせ、出来立ての料理を出して行くので下準備と段取りが肝心だ。段取り八分と言ってもいいだろう。
今日は貸し切りで、客は一組だけ。
とりあえず、二つあるテーブルのひとつを片付けて、残った一つを店の中央に配置。正直、懐石にテーブルというのは締らないけど、さすがに座敷を用意するのは難しいので仕方ない。
さて、戦闘準備は完了だ!
「「いらっしゃいませ~」」
段取りの最終確認が終わったところで、白と黒の和ゴスウェートレス達の声が響く。
その出迎えの声に迎えられたのは、当然姫さまと護衛騎士の二人。
「シズトよ――準備は出来ておるか?」
「当然だ。そっちこそ、箸の使い方はマスターしたか?」
「無論じゃ」
昨日渡した箸を突き出し不敵に笑う姫さま。オレもその笑みに、同じく不敵な笑みで返す。
「コチラへどうぞ」
「うむ」
ステラとラーシュアのエスコートで席に着く二人。
じゃあ、さっそく始め……いや、その前に。
オレは厨房を出て行くと、席に着く姫さまの後ろを通り過ぎて、勢いよく店の扉を開けた。
「って、あんたらナニやってんッスかっ!?」
そう、店の外には窓から中を覗き込む野次馬の群れ。
ミラさんにプレオさん、そしてエロジジィ他、ウチの常連さんがほぼ勢揃いである。
「い、いやぁ……昨日の話を横で聞いてた者としては、結果が気になるじゃん」
「それに、シズト君が普段は作らない高級料理ってゆうのも気になるし……」
バツの悪そうに苦笑いを浮かべる、ネコ耳美女達。
継いで、それに続くように前へ出るじいさん。
「そうじゃ、そうじゃ! 冥土の土産に一目くらい拝ませろ」
じいさん……あんたホントは料理じゃなくて、トレノっちのおっぱい見に来たろ?
「妾なら構わんぞ。民の目に晒されるのは慣れておるからな」
姫さまのお言葉に歓喜の声を上げる野次馬たち。まあ、ゲストが良いと言うなら仕方ない。
「せめて静かに見学して下さい。あと、ゴミは持ち帰ること」
「「「は~~い」」」
笑顔で声を揃える野次馬さん達。
まったく、返事だけはいいんだから……
オレはため息をつきながら、厨房へと戻った。
そして気持ちを切り替えるように、軽く深呼吸をする。
「では、始めます」
「うむ」
「ふんっ、まあ、無駄な足掻きだが、せいぜい頑張ってみろ」
期待に満ちた表情の姫さまとは対象的で、嘲笑気味に鼻で笑うトレノっち。
ふっ、笑っていられるのも今のうちだ。
オレは心の中でほくそ笑みながら、小鉢の乗ったお盆をカウンター越しにラーシュアへと手渡した。
「まずは先付、秋刀魚のなめろうだ」
なめろうとは、鯵や秋刀魚などの青魚を三枚におろして薄皮を剥ぐ。そして、味噌、日本酒、ネギ、シソ、生姜を乗せ、まな板の上で包丁を使い粘り気が出るまで細かく叩いたものだ。
ポイントは、刺し身で使えるくらい新鮮な魚を使う事。
特に秋刀魚は足が早い――
あっ、足が早いとは、すぐに悪鮮度が落ちるという意味だ。だから、スーパーの冷凍秋刀魚など以ての外げある。
ラーシュアがテーブルに置いた小鉢に目を向ける二人。
「んん~~、あまり美味そうではないのう……」
「そ、そうですね……しかもこれ、生ではありませんか?」
まあ、確かににあまり見た目はよくないかも。
「ところで二人とも、酒は飲めるのか?」
ちなみにコチラの世界では、飲酒に対して特に年齢的な制限はない。
ただ、この世界で成人として認められる十五歳以上になってからというのが、暗黙の了解だそうだ。