第二章 性剣ではなく聖剣です
とまあ、そんな感じでオレは――いや、オレ達は異世界へとやって来た訳だが――
「あのエセ神様のヤロー。何が『勇者になるべく行動すれば、必ず再会出る』だよ……」
そう、明那とはぐれて早一年。
名目上は勇者候補であるが、実質は勇者として扱われているオレ。にも関わらず、明那の痕跡すら見つけられていないのだ。
窓の外に見える晴天と空とは対照的に、オレはどんよりとした気分でため息をついた。
『おい、主よ。いつまで黄昏れておる? 早う行かんと、飯を食う暇がなくなるぞ』
ふと、腰の辺りから聴こえて来る、老人のような嗄れた声。
騎士学校であるこの学園では、ほぼ全ての生徒達の腰に剣が下げられており、ご多分に漏れずオレの腰にもやはり剣が下がっているのだが――
オレの剣は、他の生徒達の物と比べて少々異彩を放っていた。
貴族の見栄なのか? 一部には、実用的でないくらいに装飾の施された剣も持っている奴もいるけど、それでも種類で言えば大体が幅広の剣のような両刃の直刀か、レイピアのような刺突用の片手剣である。
しかし、オレの腰にあるのは、反りのある細身の片刃剣――そう、日本刀なのだ。
そして、さきほど聴こえて来た声の主も、何を隠そうこの日本刀なのである。
『おい主っ! 聞いておるのか?』
『聞こえてるよ……』
オレは、もう一度ため息をつくと、背中を丸めて歩き出した。
ちなみに、オレ達しているこの会話。他の人が聞いても、何を言っているか理解出来ない会話なのである。
何故ならオレ達は今、この国の言葉ではなく日本語で会話をいているからだ。
自称神様がサービスと言っていた、コチラの世界で生きるのに必要な最低限の知識。そこには、コチラの言語や文字も含まれていたので、現地人との会話に困る事はなかった。
しかし、この刀は現地語も話せる様なのだか、何故か頑なに日本語でしか話さないのだ。
まあ、密談には丁度いいし、あまり不都合もないのでコイツの好きにさせているけど。
『ところで、先程の娘。子種だけでも良いと言うておるのじゃ。抱いてやればよかろうよ』
『…………』
『あの娘、寝所では尽くす性格のオナゴじゃぞ。幾人もの睦み合いを見てきたワシが言うのじゃ、間違いない。伽の相手としては、申し分ないと思うがのう』
『………………』
『なにより、あの乳房っ! あの年であの大きさは恐れ入る。それにあの乳の形は、柔らかさと感度を合わせ持つ形じゃ。主ごときの筆下ろしには、もったいないくらいじゃぞ』
『……………………#』
『なあ、主よ……主ももう十七。元服はとうに過ぎておるのじゃ。その粗末な筆をいつまでも下ろさんでおくと、退化してしまうぞ』
『誰の筆が粗末な筆だっ!! へし折って、生ゴミと一緒に捨てるぞっ、エロ刀っ!!』
オレの息子は、やれば出来る子なんだよっ! その機会に恵まれてないだけでっ!!
スルーを決め込むつもりでいたが、謂れなき中傷に思わず反応してしまったオレ。
ちなみに、色々と難しい言葉が出てきましたが、分からない言葉は自分で調べましょう。間違ってもお父さんやお母さんに聞いたりしないように。
もし聞いて顔面パンチが飛んで来たとしても、当局は一切関知しないからそのつもりで。
『はぁ……前の主は正妻の他に四人の側室、そして数多の妾に伽役までおって、十人以上の子供を認知しておったというに。比べて、今の主の何と甲斐性のないことか……』
『甲斐性の問題じゃねぇよ。オレのいた時代の日本は、お前がいた頃と違って一夫一妻が基本なんだよ』
だいたい、正妻一人だけならともかく、側室やら伽役など作っていたなどと明那に知られたら、マジで殺されかねん。
『主よ……今日の日ノ本がどう変わったかは知らんが、この世界は昔の日ノ本と同じ。権力者の一正妻、多側室、多伽役が基本じゃ。そして、主は勇者となる者。子孫をたくさん残さずに何とするか?』
まあ、もっともな言い分ではある。
ただ、明那の事を抜きにしても、そんな言葉でオレが言いくるめられる事はない。
何故ならオレは、このエロ刀の本心が別にある事を知っているからだ。
『仮にだ。もしオレが誰かとそういう関係になったとしても、お前は別の部屋で待機だぞ』
『なっ!? まっ、待て主よっ! 古来より、睦事の最中とはスキが出来やすく、刺客に狙われやすいのじゃ。事実、陸事の最中、刺客に背中を刺され死んだ者や、床下からオナゴの身体ごと串刺しにされ死んだ者が幾人もおる。然るに睦事の最中は、太刀をすぐ手の届く場所に置くのが武士の作法じゃぞ』
そんな作法、初めて聞いたわ。
てゆうか――
『オレ、武士じゃねぇーし』
『そうであってもじゃ! 主の敵を討ち、そして主の身を護るのが太刀の勤め。ワシの目の届かぬ所で主が討たれたとあっては、ワシの面目が立たぬわっ!!』
『安心しろ。そういう時にはちゃんと結界を張る。この世界でオレの結界を破れるのは、明那くらいのもんだ』
『くぬぬぬぬ……かれこれ四百年も、ワシはオナゴの肌を拝んでおらんというに。主は老い先短い老刀に、冥土の土産くらい持たせてやろうとは思わんのか……?』
『思わん』
そう、なんて事はない。このエロ刀は、ただ女性の裸が見たいだけなのだ。
『なんと薄情な……初めての睦事は失敗も多いと言うじゃろ? じゃからワシは主を思い、側で睦事の作法を色々と助言やろうと言うに……』
『大きなお世話だ。そして、そうならんよう、ちゃんと(AVで)予習済みだ』
『その様な物が実戦で役に立つかっ! だいたい、使う気がないのなら、その様な無用の長ぶ――いや、短物などもぎ取ってしまえっ!』
『短物言うなっ! わざわざ新しい造語を造ってまで人をディスってんじゃねぇよっ!! それから、使うに値する相手がいないだけで、使う気は満々だってぇーのっ!!』
『その様にお粗末な○○で、相手を選べる立場かっ!?』
『だから、お粗末言うなっ! それに、せっかく土御門家のしがらみから離れたんだ。政略結婚とか抜きに、ちゃんと恋愛とかして、本当に愛し合えるような相手を見つけたいんだよっ!!』
『乙女かっ!?』
『うるせぇっ!このエロ性剣っ!』
『性剣言うなっ!! ワシは性剣ではなく聖剣じゃっ! だいたい主は――』
正に喧々囂々。
口汚く、そして時に放送禁止用語を交えつつ、互いに悪態を付きながら学食へと向かうオレとエロ聖剣。
そう、性剣ではなく聖剣――
実はコイツ、今から約四百年前に日本から勇者と共にやって来て魔王を倒したという剣なのだ。
以来、この剣は聖剣として崇められ、そして『この剣に選ばれた人間が次の勇者となる』と、言い伝えられて来たのである。
いくら言葉が分からず本性を知らなかったとはいえ、異世界の方々は、こんなエロ性剣を長年『勇者を選定する聖剣』と崇め奉っていたのである。
ホント、不憫で泣けてくる話しだ。
まあ、それはさておき。
そう、あの自称神様が言っていた『勇者の選定』とは、この性剣――ではなく聖剣に選ばれる事。
そして『選定を受けるまでの道筋は、整えておく』という言葉通り、この世界に来たその日の内にオレはこの剣と出会い、そしてコイツ選ばれたのだ。
あの、異世界へ来たその日の夜に――