第一章 捨てる家あれば拾う神あり③
『それで、代償は?』
代償――つまり対価。
仮にも一つの世界を造った創造主が何の対価もなく、しかも別世界の人間の生命を救おうとするわけがない。
わざわざ違う世界まで来て、オレ達を自分の世界へ呼ぼうというのだ。
当然、慈善事業のはずはなく、何かしらの対価を求めての行動のはず。
『ホント、話が早くて助かるよ――』
案の定である。
そして、先程までの軽い口調から声のトーンを落とし、自称神様は真面目な口調で話を切り出していく。
『実は、僕の造った世界が滅びの危機に瀕していてね。それを君達に救って欲しい』
『はあっ? 世界を救う……?』
『あっ、先に僕の創造った世界を簡単に説明すると、この科学が発展した世界とは違い、魔法や魔力が発展した世界でね。大気にもマナが満ち溢れた世界なんだよ』
マナ――
一応、日本でも概念だけは存在する。神秘的な力の源とされ、魔法や霊能力といった特別な力の源とされるモノである。
『ただ、マナの満ち溢れた世界というのは、人間に取って魔力という恩恵を与える反面、その魔力を糧とする魔物や魔族といった脅威を生み出してしまう。実際、僕の造った世界には、人間や亜人と呼ばれるエルフやドワーフの他、獣人や竜族、魔族といった様々な種族が存在しているしね』
なるほど、魔法があって異人種がいる。
物語でよく見る、ファンタジー世界ってやつか。
『ちなみに、こっちの世界の創造主は僕の師匠なんだよ。そして僕が世界を創るとき、君達の住むこの地球を参考にさせて貰ったんだ。だから僕の世界もこっちと同じ、公転周期は365日で自転周期は24時間だ』
ほう、それは分かりやすくていいな。
『で、話しを戻すけど、その世界には幾つかの国があって、そのほとんどの国が君主制であり、統治しているのも人間の王がほとんど。ただ困った事に、絶えず国同士で争って戦争をくり返しているんだよ』
『いや、戦争なんて、どこの世界でも珍しくないだろ? そもそも、戦争と平和を繰り返す事によって文明や技術は進歩していくもんだし、この世界もそうして進化していったんだ。ある意味、戦争っていうのは必要悪だよ』
『まあ、そういう側面があるという事は認めるべきなんだろうけどね……ただ、それで全てが滅んでは進歩も進化もないだろう?』
『全てが滅ぶって……』
いや、あり得ない話しではないか。
この世界も、現在では核という抑止力のおかげで大きな戦争は回避されている。しかし、どこかの馬鹿な国が一発でもその核を撃てば、報復の名目で他の国も一斉に核を撃つだろう。
そうなれば、あっという間に世界は滅亡だ。
『その通り。核兵器のような武器は人の手に余るものだし、本来、人が手にしていい武器ではない』
まるで、オレの思考を読み取ったような言葉。
というか、実際に読み取っているのだろう。
『そして、僕の世界の核兵器にあたるのが――全てを滅ぼす魔王という存在だ』
『魔王……?』
『先程も言ったけど、ほとんどの国の王は人間。ただ、亜人が支配している国もあるし、魔族が支配している国もある。そして今、その魔族が支配している国の一つが、人間の国に滅ぼされかけているんだよ。そして、このまま人間が彼らを追い詰めれば、恐らく魔王の復活に手を出してしまうだろう』
『まさかと思うが、その魔王の復活を阻止しろなんて言う気じゃないだろうな?』
『ホント、君は察しがいいねぇ。正にその通り。君には勇者として、僕の世界を救って欲しいんだ』
おいおいおいおい……
自慢じゃないけど、仮にもオレは暗殺者だぞ。それが勇者って、なんの冗談だよ。
いや、そんな事より――
『一介の高校生に頼むような事じゃないだろ、それは?』
『確かに、一介の高校生に頼む事じゃないね。でも、君達は一介の高校生ではないだろ? マナが枯渇したこの世界で、数多の呪術を使いこなす陰陽師。その陰陽師の中でも、君達二人の能力は突出している。そしてそれは、体術、剣術においても然りだ』
『そりゃあどうも……』
『それに実のところ、日本という国から勇者を喚んで世界を救ってもらうのは二回目でね。前の勇者は、カリスマや戦略、戦術には長けていたけど、個人の強さで言えば君達の方が圧倒的に強い』
二回目って……
そんな簡単に、滅びの危機になる様な世界を造るなよ、創造主。
『そもそも神様だと言うのなら、お前が直接その魔王とやらを倒せばいいだろ?』
『そうしたいのは山々なのだけど、僕は創造主。立場上、どこかの勢力に直接肩入れは出来ないんだよ。その結果、世界が滅ぶとしてもね』
なに? そのお役所仕事みたいな決まりは。創造主のくせに、宮仕えみたいなこと言ってんじゃねぇよ。
『それと、先の勇者は直接魔王を倒したし、それが復活したのなら同じように倒しても欲しい。ただ、魔王がまだ復活していない現在。その復活を阻止しつつ、特定の種族が絶滅しない程度に各国の戦力の均衡を保ってくれれば十分だよ』
『いや、それって、逆にハードルが上がってるだろ?』
それこそ、高校生に出来る範疇を越えている。完全に国家レベルの仕事だ。
しかし自称神様は、そんなオレの考えを軽い感じで否定してくる。
『そんな事はないさ。まあ、分かりやすく説明するとだね――』
自称神様の言葉と共に、脳内へどこぞの地図のイメージが浮かび上がってきた。
『これが、僕は世界にある大陸の一つ。面積は、オーストラリア大陸とほぼ同じくらいだと思ってくれていい』
オーストラリア大陸かぁ……
大陸としては最小だけど、それでも日本の20倍以上はあったはずだ。
『見ての通り、この国には四つの王国があるんだけど、君に行ってもらういたいのは勇者伝説の残っている国である西の王国【ウェーテリード王国】でね。この国は勇者を輩出した半軍事国家で鉄工業が盛んなんだけど、瘦せた土地が多くてね。国土を広げるために、北のノーザライト王国や南のサウラント王国と度々戦争を起こしているんだよ。で、今も南のサウラント王国と交戦中』
『土地を求めて戦争とか、随分と文化レベルが低そうな世界だな?』
『そうだね、文化レベルにして500年は遅れているかな? でも、世界を造ったのは、こちらの世界より2000年はあとだから、進化の速度はこちらより速い方だと思うよ』
500年遅れの国ね……
まさに、アニメなんかでよく見る中世世界ってわけか。
『話を戻すけど――そのウェーテリード王国がサウラント王国へ進軍したのはいいけど、不利な戦況が続いていてね、ずっと膠着状態が続いているんだよ。で、そんな状況に背後を気にする必要のなくなった北のノーザライト王国は、これ幸いに東の国――魔物の国、イーステリアへと大規模な進行を始めた。西も南も二正面作戦を展開出来る程の国力はないからね。ただ厄介な事に、このノーザライト王国は宗教色が強く、人間至上主義をか掲げていてね、魔族の滅亡を目的に幾度となくイーステリアへと攻め込んでいるし、当のイーステリアもそれでだいぶ追い込まれてしまっているんだ』
確かに……
勢力図を見ると、かなり追い込まれているのが分かるな。
そして、これ以上追い込まれれば、死なば諸共と魔王復活――こちらの世界で言う核兵器のボタンを押してしまう可能性は高い。
『しかしだ、もしウェーテリード王国へ君という勇者が――比喩ではなく、まさに一騎当千の存在が現れたとなればどうなるか?』
『なるほど。二正面作戦はないと高を括っていた北の国も背後を警戒せざるを得ない。そして背後を警戒すれば、魔族の国への攻撃が緩むという訳か……?』
『ご名答。あまり時間がないから、察しがいいのはホント助かるよ。それで、まだ何か質問はあるかい?』
状況は、だいたい理解出来た。あと聞きたい事と言えば――
『その、お前の世界とやらに行けるのは、オレと明那だけか? 例えば、運転席にいる二条さんとか』
『残念だけど、この男の人はもう事切れているから無理だね。僕の世界へ魂を移せるのは、その魂がまだ現し世にある間だけ。すでに事切れて、常世へと旅立った魂には、手出しが出来ないんだよ』
そっか……二条さんは、転落の衝撃や炎上じゃなくガスでもう死んだのか。
まあ、焼死なんかよりは、楽に死ねたかな。
『そういう意味では、君達に残された時間もあとわずか。君の体感でも、あと五分もな――』
『分かった。お前の世界とやらに連れて行け』
『えっ、即決っ!?』
タイムリミットを告げるセリフを遮って出たオレの言葉に戸惑いを見せる、自称神様。
『ほ、本当にいいのかい?』
『何だ? 今までの話が、実はウソだったのか?』
『い、いや……こんなにあっさりと了承してくれるとは思わなくてね。残り五分でどう説得しようか色々と考えていたんだよ』
『そりゃあ、悪かったな。でも、土御門の家と何のしがらみもなく、妹と生きられる世界だろ? そんなの迷う要素ないだろ?』
正直、土御門を敵に回すくらいなら魔王を敵に回す方が、よっぽど気が楽だ。
それに、この世界以外でなら、明那を幸せに出来るチャンスがまだ残っている。
『あっさりとしてるんだね。なら彼も、ちゃんと話せばあっさりと承諾してくれたのかな……』
『何か言ったか?』
『い、いや……実は今回、君達の前にも能力のある日本人に僕の世界へ来てもらっているんだよ。つい一年ほど前になるかな』
オレ達の他にも能力者を……
『ただ、何の説明もせずに来てもらったせいか、戦争や世界の危機に対してあまり積極的な介入していなくてね、のん気に料理屋なんてしているんだよ』
『いや、そこはちゃんと説明しておけよ』
『ああ。だから今回は、ちゃんと説明しただろ?』
そこは横着せずに、毎回説明しておけ。
『まあ、君達に行って貰う国とは違う国だから会う事はないかも知れないけど、もし会ったら君の口から今の話を伝えておいてよ』
『はいはい、よろしく言っておくよ』
なんか、もう面倒くさくなってきたわ。
『それじゃあ、そろそろ君達の魂にも僕の世界に来てもらおうか。次第に意識が消えていくけど、安心して心を静めていておくれ。目を覚ましたら、僕の世界にいるはずだから』
『分かった……』
オレはその言葉に従い、心を無にして気持ちを落ち着け――
『あっ、そうそう。一つ言い忘れていだけど、君と妹さんは同じ国内でも別々の場所に行ってもらうから』
『って、はあっ!?』
『君の方は、勇者としての選定を受ける事になるから、その近くに行ってもらう事になるんだよ。大丈夫、選定を受けるまでの道筋は、僕の方で整えておくから』
『いや、ちょっ、まっ!!』
『ああ、妹さんの方は、君よりもずっと安全な場所へ送り届けるから安心してくれいいよ。それと、君が勇者になるべく行動していれば必ず再会できる。それは、僕が保証するよ』
『いや、だから……ちょっと……ま……て……』
一方的に話す自称神様へ抗議の声を上げようとするオレ。しかし、思考を保つ事が出来ず、意識は急速に暗い闇の底へと飲み込まれて行ったのだった。