第一章 捨てる家あれば拾う神あり②
「土御門を敵に回してもいいってほど、明那に想われているなら嬉しい限りですけど……そんな事態にはならないですよ」
「いや、断言してもいい。君が殺されれば、明那ちゃんは絶対に君の報復に走るよ」
「ふっ……嘘でも、そう言って貰えるのは嬉しいもんですね……」
「嘘を言っているつもりはないんだけどね――だからこそ、君達二人は同時に殺さなくてはいけないんだ」
そっか……
とりあえず、これで疑問はなくなった。
結局は、オレの問題に明那を巻き込んだって事か……
そう思うと、酷く申し訳ない気持ちが込み上げて来る。
なにより、先走って気絶させてしまったから直接謝る事も出来ない。
コレは、地獄で会ったら土下座しないとな。まあ、オレはともかく、出来る事なら明那には天国へ行ってもらいたいけど…………やっぱ無理かな?
上からの命令とはいえ、オレも明那も人を殺し過ぎた。
地獄行きは確定だろう……
オレは上を向いたまま、隣で眠る明那の頭を胸に抱き寄せた。
ガスの影響か、もう殆ど息をしていないようだ。
かく言うオレも、目の前が真っ暗になり感覚はあやふや。目を開けているのか閉じているのかも分からなくなっている。
ただ、そんな状態でも、車のエンジン音が大きくなり加速を始めたという事は理解出来た。
そして、そのエンジン音に混じり、二条さんの呟くような声が耳に届く。
「でも……私には少しだけ……心残りがあるんだよね……」
二条さんの方にもガスの影響がかなり出ているのだろう。途切れ途切れで、絞り出すような呟きだ。
「心残り……ですか……? 分家とはいえ土御門の人間とは思えない言葉でね……?」
「ハハハ……確かに……。ただ……あと二年もすれば、明羅君は高校を卒業。その次の年には明那ちゃんも卒業だ……。二人は卒業後……公安警察に入るって聞いていたからね。一緒に仕事するのを……楽しみにしてたんだよ……」
土御門に連なる人の中で、オレや明那へ対して特に親切に接してくれていた二条さん。
もしかしたら、亡くなった自分の子供達の姿をオレ達に重ねていたのかもしれない。
「それは……光栄な話しですね……まあ、今更ですけど……」
「確かに今更だね……まあ、生まれ変わりっていうのが本当にあ……るのなら、今度は……土御門とは関係ない所でのんびりと暮らしたい……ものだ……」
「同感……です…………っ!?」
まるで、会話が途切れるのを見計らった様に大きな衝突音が耳を劈き、強い衝撃に身体が大きく揺さぶられた。
そして、そのまま勢いよく落下していく感覚に全身が包まれる。
ホントごめんな、明那……もし生まれ変わったら、また兄妹として生まれてこような。
その時は、絶対に幸せにしてやるから……
そんな事を思いなが、オレは明那を強く抱きしめ、すぐに訪れるであろう衝撃を待った。
が――
『まだ、生きていたくはないかい?』
……!?
突然、落下している感覚が止まると同時に、頭の中へ不思議な声が聴こえてきた。
それと同時に、暗闇の中で急速にクリアとなっていく思考――
落下が止まった……のか?
『いや、止まってないよ。正確には、まだ落ち続けている』
再び頭の中に届くエコーの効いた、不思議な声。
オレはその声の主を探そうとするが、身体はピクリとも動かず、瞼も開かない。
なにより、口も動かないので声を出す事も出来ず意思の疎通も出来ない……
意思の疎通も出来ない……? いや、意思の疎通は出来るかも知れない。
先程、『止まったのか?』というオレの思考に対して『まだ落ち続けている』と声が返って来たな。
なら……
『落ち続けているって、どういう事だ?』
オレは口に出して話すのではなく、頭の中で語りかけるように問いかけてみた。
『そのままの意味だよ。落下はまだ続いている。あと二秒足らずで地面に衝突し、車は炎上するはずだ』
予想通り。
オレの語りかける思考に対して、的確な返答が返って来た。
ただ、予想通りであり的確ではあったが、意味不明な返答でもあった。
なにより――
『なあ……もう、軽く二秒は経ったと思うんだが?』
そう、二秒足らずで地面に衝突するというが、一向に衝突の衝撃が伝わってこない。
『まあ、今の君の体感ではそう感じるだろうね。ただ、実際には先程からまだ、コンマ何秒も進んでいないんだよ』
『………?』
『少し君と話をしたくてね。君の思考速度を速めさせてもらったんだよ。約500倍ほど』
思考速度を速める……?
つまり、思考速度が速まった分、時間の進みが遅く感じている……って事なのか?
『ご名答。話しが早くて助かるよ。まあ、速くなっているのは思考だけで、身体はその思考に着いて来れないだろうから、身動きは取れないだろうけどね』
軽い口調の話し口。少しだけ嬉しそうに話す声色……
改めて注意深く耳を傾けると、かなり若そうな声――少年のようであり少女のようでもある、中性的な声音だ。
『お前……何者だ?』
『ああ、自己紹介がまだだったね。僕は創造主――いわゆる神様だよ』
暗闇の中、さっきより近い位置から聴こえて来る声……
気配などは全く感じないけど、声自体はすぐ近くから発せられている感じだ。
『それで、その神様がオレに何か用か?』
『あれ? 驚かないんだね?』
『陰陽師っていうのは鬼や悪魔、そして神仏なんかと契約して、その能力を使役する専門家だからな。八百万の神々がいる日本で、神様なんて珍しくもない』
『い、いや……そういうのとは、違うんだけど……』
ちょっと困り声で、トーンを下げていく自称神様。
まあ、そうなのだろう。
神といっても創造主を名乗るなら、それは日本の様な多神教における神々の中の一人という意味ではなく、一神教における、全知全能の絶対神。
この世界を創造した唯一無二の存在という事なのだから。
『まあ、いいや。時間もあまりないし、話を戻そうか』
話を戻す……?
ああ、そういえば『まだ、生きていたくはないか』とか何とか聞かれていたな。
『それで? 生きていたいって言ったら、助けてくれるのか?』
正直、オレ自身はあまり生き続ける事に未練はない。けれど、もし助かるというのであれば、明那だけは助けてやりたい。
『残念だけど、助ける事は出来ないんだよ。僕は確かに神であり創造主ではあるけど、この世界とは別の世界の創造主だからね』
『別の世界……?』
『そう、分かりやすい言い方をすれば異世界だね』
異世界って……どこのライトノベルの話しだよ……
『このあと、君の乗るこの車は転落の衝撃で炎上し、その肉体は焼失。この世界において、君の生命はそこで完全に潰える事となる。コレは確定事項であり、別世界の神である僕では、その事象に干渉する事は出来ない』
『なら、なぜオレの前に現れた? 死が確定したオレに希望をチラつかせて、その姿を嘲笑いにでも来たのか?』
『まさか。僕はそこまで暇でもなければ、悪趣味でもないよ。確かに僕は、この世界の事象に干渉する事が出来ない。ただ、僕の世界でなら話しは別だ』
『お前の世界……?』
『そう、僕の世界――』
仮にも創造主を『お前』呼びするオレに腹を立てる素振りも見せず、自称神様は逆に楽しそうな口調で一拍開け、言葉を綴っていく。
『僕が創造した世界になら、今現在、君達の魂が宿っている肉体と全く同じ器を用意出来る。そして、その器へと魂を移し替えれば、君達は僕の世界で生き続ける事が出来る。知識や身体能力そのままにね』
『君"達"って事は、妹も――明那も一緒にって事だよな?』
『ああ。君はどちらかと言えば、自身よりも妹さんの生を望んでいるようだしね。ちゃんと妹さんの肉体も用意する。それと、向こう世界で生きるのに必要な最低限の知識もサービスで付けておくよ』
なるほど……
こことは違う世界で――土御門とは何のしがらみもなく生きて行ける世界か。悪い話しではないな。
そこがどんな世界かは知らないけど、この殺し殺され続けるだけの地獄みたいな生活より悪くなる事はないだろう。
しかしだ……