第25.5章おまけのお話し(弐) 裸のお付き合いとフラグ回収 02
「さて、話を戻すとしようかの。確か――どうすれば、乳が大きくなるかの話じゃったか?」
「ちっが~うっ! 静刀さんの話っ!!」
まあ、そっちはそっちで、あとで聞かせて貰うけどっ! てか、強引にでも聞き出すけどっ!!
「ああ、そんな話じゃったか……一条橋家とはの、安倍晴明の分家であっても、歴史の表舞台には決して顔を出さぬ家なのじゃよ――」
やはり、あまり語りたくない話なのか? タマモちゃんは、気のない様に軽くため息をついてから、淡々と語り始める。
「表舞台に顔を出さないって、なんで?」
「常に時の権利者を影から守り、影として動く家でな。諜報や情報操作――そして、暗殺を生業とする家なのじや」
あ、暗殺って……
ま、まあ、当時はあまり珍しくない事なのかもしれないけど……それでも現代っ子である私の言葉を奪うには充分なインパクトだった。
「和沙よ。お主……鳥羽上皇に侍っておったワシの正体を見破ったのが、誰だかは知っておるか?」
「え、え~と……安倍泰成さん……でしょ?」
ショックから抜け切れず、絞り出すような声で答える私。しかし、タマモちゃんは、その回答に首を振った。
「まっ、公にはそうなっておるようじゃが、実際にワシの正体を見破ったのは、初代の静かなる刀――一条橋静刀なのじゃよ」
「えっ……?」
「それだけではない。彼奴は、那須野の地で討伐軍を圧倒しておったワシの元に単身で夜討ちを掛けおった。しかもその夜討ちで、ワシは完全な致命傷をおってしまったのじゃ」
「………………」
「そして、虫の息となったワシにトドメを刺したのがお主の先祖、上総介広常という訳じゃな」
唐突に開示された歴史の真実に、息を飲む私……
私の知る歴史――学校で習った歴史は、安倍泰成に正体を見破られた玉藻前は那須野へと逃げ、その玉藻前に対し討伐隊が編成される。
そして最終的には、討伐隊の将軍の一人、三浦義明が玉藻前を追い詰め、上総介広常が打ち取り、その姿が殺生石へと変わった――というモノだ。
それが、まったく偽の歴史だったなんて……
いや、まあ……ろくに資料も残ってない時代の話。それに、歴史とは勝者が作るもの。特に一条橋家というのが歴史の表舞台には出ない家なのであれば、そのように改変され言い伝えられていたとしても不思議では………ん?
んん?
んんんんんんんっ!!
衝撃的な歴史の真実に、思わず聞き流しそうになってしまったけど、今の話――何かとんでもないワードが混ざっていなかったか?
「ちょっ、タ、タマモちゃん……?」
そのワードが聞き間違いだと、自分に言い聞かせる様な気持ちで、恐る恐る尋ねる私。
「え、え~と……上総介広常が、誰の先祖だって……?」
「ん? ああっ、そういえば、話しておらんかったな。お主は、広常の血を引いて――いや、広常の血だけでなく、一条橋の血もじゃな。お主には、広常の血と一条橋の血が流れておるのじゃよ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!? な、なにそれっ!? どういう事っ!?」
あっけらかんと答えるタマモちゃんに、私は勢いよく立ち上がると、問い詰める様に声を張り上げた。
「和沙よ……入浴中に、いきなり立ち上がるでない。湯気の形が不自然になるではないか」
湯気の位置とか謎の光とか気にしてる場合じゃないんだよぉ! 見たけりゃ、乳でも◯◯◯◯でも勝手に見やがれ、コンチクショーッ!!
「そんな事より、私に上総介広常と一条橋の血が流れてるって、どういう事なのっ!?」
「どういう事と言われても、そのままの意味じゃ。ワシの討伐の後、一条橋家は娘の一人を――静姫という名の娘を、広常に妾として嫁がせた。そして、広常はその娘との間に出来た子に、己が名から取った『常広』という姓を与えたのじゃよ……常広和沙」
「……………………」
あまりにも衝撃的な真実に、頭の中が真っ白になって二の句が継げない私。
ポチャンと崩れる様に、浴槽の中にお尻を着いた。
「まあ、お主のズバ抜けた霊力の高さは、間違いなく一条橋の血、延いては、安倍晴明の血であろうな」
あっ、そうか……一条橋家が安倍晴明の分家で、その血を引いてるなら、私は安倍晴明の子孫でもあるのか……
鼻の下まで湯船に浸かり、ブクブクとお湯を鳴らす私。
ホント、いきなり色んな情報が入って来て、もう頭の中がぐちゃぐちゃだよ……
なんで、一条橋家は娘を上総介広常に嫁がせたのだろう……?
色々と憶測は出来るけど、真実は分からない。
ただ、パパもおじいちゃんも、霊力が強いなんて話しては聞いた事がなかった。そもそもパパも、自分の霊力が強かったのなら私を気味悪がって家を出たりなどしなかっただろう。
それに、玉藻前の復活に呼応するみたいに、ズバ抜けた霊力を持つ私が生まれたのというのは、果たして偶然なのだろうか……?
いや、それより――
「そ、その……タマモちゃんは私の事……恨んだりとかしてないの……?」
そう、上総介広常や一条橋家は、玉藻前を退治した血族。そして私は、その両方の血を引いてる訳で……
上手く目を合わせる事も出来ず、おずおずと尋ねる私に、タマモちゃんは軽く肩を竦めた。
「お主を恨んでも仕方なかろうよ。そも、何年前の話しじゃと思おておる? さすがのワシとて千年もの間、悶々と恨みを募らせるほど地雷女ではないわ」
「そ、そっか……」
タマモちゃんのサバサバとした言い様に、少しだけ肩の荷がおりた気分だ。
「まっ、気持ちは分かんでもないし、事の顛末を話したワシが言えた義理ではないが、お主もあまり引きずらん事じゃ。事は千年も昔の話。それに、過ぎた事を悔やんだところで何が変わるワケでもなし、先の事とてなる様にしかならんのじゃからな」
「ホント、サバサバしてるね……」
「誰だって、歳を重ねればそうなるモノじゃ」
歳か……
タマモちゃんの数百分の一しか生きていない私がその域に達するのは、何十年先になる事やら。まっ、一生かけても辿り着いけないかもしれないけど。
よく私の事をお気楽娘なんて言ってるけど、自分の方がよっぽどお気楽だよ、まったく……
タマモちゃんのお気楽さで、私の顔に少しだけ笑顔が戻った気がした。
「それで? お主の知る『静刀』は、どうしておるのじゃ? 先の戦。一条橋家の者も影で何人か動いていたようじゃが、静かなる刀は見かけんかったぞ」
「え、え~と……」
タマモちゃんに問われ、改めて内調で聞いた静刀さんの話を思い出す。
「部署は違うけど静刀さんも、私と同じ内調――内閣調査室に所属していたみたいだけど――」
ただ、その部署は一般には非公開の部署で、尋ねても詳しくは教えて貰えなかった。
でも……
一条橋家というのが、時の権利者の影として動く家――諜報や情報操作、そして暗殺なんかを生業とする家だと言うのなら、そう言う事なのだろう……
映像の中の彼が、まるで抜け殻の様に無感情で……それでいて、とても悲しそうにも見えたのは、そのせいなのだと思う。
そして、その静刀さんはと言えば――
「二年くらい前から、行方不明なんだって」
「行方不明のう……それは、ワシにとって僥倖じゃたわ」
「僥倖……? なんで?」
「決っておろう。静かなる刀とは、最高にして最強の使い手――最強の暗殺者が持つ名じゃ。長い一条橋家の歴史の中でも、静刀の名を持つ者など片手の指ほどもおるまい。もし、その様な者が先の戦に参加しておったら、今頃ワシは、こんな所でのんびりと風呂になど浸かっておるまいよ」
完全体だったタマモちゃんを持ってしても、そこまで言わせるか……
静刀さんの剣技が使いこなせないとか言って、劣等感を持っていたのが恥ずかしいわ。正直、劣等感を持つこと自体、おこがましいレベルだ……
「とはいえ……あの静かなる刀を殺せる者など、そうそうおるまい。おるとすれば、それこそ一族の者くらいであろうよ。それが、行方不明とはのう……案外、ワシらと同じ様に、異世界にでも飛ばされたかもしれんのう」
「アハハッ。いや、まさか。そんな事あるワケないじゃん」
「フフ……確かに。そんなワケないか……」
「そうだよ。ハハハハハッ」
反響の効いた浴室に響き渡る、私とタマモちゃんの笑い声。
昨今のライトノベルじゃあるまいし、異世界なんてそうポンポンと簡単に行ける訳がないのだ。
だがしかし、それから五日後の事だった――
一匹のツバメが、一通の手紙を持って私の元へと舞い降りた。
思金の解析だと、そのツバメは陰陽師なんかが使う式神だという。まあ、それも驚いたけど、更に私を驚かせたのは手紙の方。
その手紙の差し出し人の名前には、こう書いてあったのだ――
『一条橋静刀』
と……