第四章 姫様降臨 05
「姫さまっ! いくら何でもお戯れが過ぎます。一万ベルノと言えば、此度の遠征費の残り、ほぼ全てではないですかっ!?」
「どうせ伯爵邸に厄介になっておるのだ。食うには困らんじゃろ? それにあと四、五日もすれば、軍の本隊も到着するのだ、問題ない」
「大ありですっ! だいたい、こんな礼儀知らずの若造が作る料理に、一万ベルノの価値があるはずが――」
「価値がないと思ったら、金はいらないぞ」
挑発的な態度のまま、オレは巨乳騎士さまのセリフに言葉を被せた。
「なん、だと……?」
「聞こえなかったのか? オレの料理を食ってみて、その金額に見合う価値がないっていうなら、金はいらない――いや、金は受け取らない。って言ってんだよ」
今度は、オレの言葉に歓声が上がる。
ヤバッ……自分で言うのも何だけど、オレかっけー。
「ほほおぉ、見上げた心意気じゃな。じゃが、よいのか?」
「ああ。姫さんは、金惜しさに美味いもんを不味いと言い張るタイプには見えんからな――そっちの巨乳騎士さんは、分からんけど」
「だ、誰が巨乳騎士だっ! 私には両親から頂いた、トレノ・スペリントと言う大切な名がある。スペリント侯爵家の名を愚弄するつもりなら許さぬぞっ!」
「じゃあ、トレノっち」
「キサマァーッ!!」
激昂に顔を赤くして、再び剣を抜くトレノっち。
たく、冗談の通じない女騎士だな。てか、侯爵家って事は高位貴族出の騎士様か?
ヤッパ好きになれないタイプだ。おっぱい以外は。
「主よ、話が進まんではないか。その辺にしておけ――して、姫さまよ。主は、ああ言っておるが、どうじゃ?」
「当然じゃ。金惜しさに美味いモノを不味いなどと、器の小さい事は申さん。我が母とサウラントの名にかけて公正に判断すると誓おう。トレノもそうであろう?」
「当然です。スペリント侯爵家の名にかけて」
姫さまの問いに、オレへ向けていた剣を引き、背筋を伸ばして答えるトレノっち。
そうゆう事はなら――
「じゃあオレも、絶対に美味いと言わせてみせると誓おう――ジッちゃんの名にかけてっ!」
ビシッと二人を指差すオレ。
「ほほおぉ、ソナタの祖父は、高名な料理人なのか?」
「いや、あれは単に言ってみたかっただけじゃ。気にするな」
ラーシュアの言う通り、言ってみたかっただけだ。気にするな。
「そ、そうか……ならば、交渉は成立じゃな」
「ああ――ただ、その交渉ってゆうのは、あくまでも明日の料理の話だ。新年の晩餐会だか何だかは、了承してないからな」
「分かっておる。そちらはソナタの腕を見てから、改めて交渉しよう。では明日の夜――七時くらいでよいか?」
「ああ、問題ない。それとラーシュア。アレを渡してやってくれ」
「ふむ――姫さまよ、コレを持って帰るとよい」
そう言って、姫さま達に長細い小箱と折り畳んだ羊皮紙を差し出すラーシュア。
「コレは?」
「箱の中には、箸と言うモノが入っておる。それとコッチはその使い方を書いたモノじゃ」
「ハシ……?」
「うむ、懐石――主の料理を食すのであれば、フォークやスプーンより箸の方がよい。他の客もみな、箸を使っておろう?」
その言葉に、周りを見渡す姫さま。ラーシュアの言う通り、この店ではほとんどの客が箸を使って食事をしている。
「なるほど、心使い感謝する。では、今日の所はこれでお暇しよう――トレノ、帰るぞ」
「御意」
店をあとにする二人の背中を、不敵な笑みで見送るオレ。
「して、主よ……勝算はあるのか?」
「当然だ」
懐石料理は東京で食べても、通常二~三万程度。
しかし、東京とここでは食材が違う。海洋汚染など全くされていない海で取れた天然の海産物。土壌汚染も大気汚染、水質汚染もされていない土地で収穫された完全無農薬野菜。
コレらの食材を使っての懐石料理。更にソコへ貸し切り料金を含めるのだ。
もし日本で作ったら、一人十万でも安いくらいだろう。
なにより姫さま達相手なら、街の住人限定の割引料金を適用する必要もないし。
さて、あと問題なのは……
「シ~ズ~ト~さ~ん……」
そう……
気絶から目覚めたこのオーナー様に、どう謝るかだ。
怒りに肩を震わせ、仁王立ちのステラ。この反応は当然だろう――
自分が気を失っている間に、賭けみたいな事を勝手に決めて、しかも負ければ一万ベルノ――約十万円分の料理に自腹を切らなくてはいけないのだ。
とりあえず、日本に古来から伝わる伝統技『スライディング土下座』で、漆黒のオーラを纏った最終兵器エルフの前に跪くオレ。
自分で言うのも何だけど、オレかっこわりー……