第22章 劣化コピー
「はあぁぁ~……どんなスゲー剣が出てくるのかと思えば……そんな、玩具みてぇーな剣で、人が斬れるワケねぇだろ?」
大きくため息をついて、あからさまに落胆するガイルさん。
「しかも、六人纏めて斬ったとか……いいか、ガキィ? ホラ吹くにしてもな、もうちっと謙虚な気持ちを持ってなだな――」
ぐ、ぐぬぬ……
世界一謙虚な民族と言われる大和民族たる私に対して、謙虚を語るとは……
そういうのを、釈迦の耳に念仏って言うんだぞっ!
『カズサ。釈迦に説法と馬の耳に念仏が混ざっていると思います』
うるさいっ! 一粒で二度美味しいから、いいんだよっ!
『意味が分かりません……』
そんな事より、聞いた、思金? 天下五剣と謳われる童子切安綱を玩具みたいって……
物の価値を知らず、大きければ強いと勘違いしている時代遅れの快感巨乳――じゃなくて大艦巨砲主義者めっ!
剣もおっぱいも、大切なのは大きさより性能と機能性だっ!
『いや、カズサの胸部は、あらゆる面で低性能かつ低機能だと思うのですが?』
よしっ! そのケンカ、買ったっ!! 言い値で買うたるわっ!!
『おいおい、和沙よ……』
呆れ顔で狼さんの頭を撫でながら、念話で仲裁に入るタマモちゃん。
『ケンカの相手を間違えるな。此奴の仇を討つのであろう?』
おっとっ! そうだった、そうだった。
禁句に触れられ、思わずそれを忘れてしまうトコだった。
まっ、高性能かつ高機能なモノを持つタマモちゃんに諭されるのは、ちょっと癪だけど……
てゆーか、もげろっ!
と、ひと言だけ悪態をついてから横道に逸れた話しを戻すべく、再びガイルさんの方へと目を向けた。
「まぁ、そんでも……斧が消えたり、剣が出てきたりっていう手品は見ていて、中々に面白かったからな。それに免じて、もしここで謝るってーなら今回はお尻ペンペンで許してやるよ。俺にゃあ、子供イジメて悦ぶ趣味はねぇーしな」
小振りでキュートな私のお尻は、父親にもぶたれた事ないのに、誰がアンタなんかにぶたせるか。
私は大きく息を吸い込み、それをゆっくりと吐き出してから、もう一度安綱の切っ先をガイルさんに向けた。
「いいよ――もし、その武器殺しさんで、私の剣を折れたなら、お尻ペンペンでも何でも好きにしてくれて。しかも、今ならもれなく後ろのお姉さんも付いてきて、更にお得っ!」
「ほおぉ~」
頬をほころばせ、イヤラシイ視線をタマモちゃんに向けるエロオヤジ。
いやぁ~、ホント男ってバカですねぇ~。
タマモちゃんはタマモちゃんで、妖艶に微笑みながら、誘う様にワザとらしく足を組み替えて挑発してるし。
「へっ! そういう事なら、遠慮なくコッチからも行かせてもらうぜっ!」
「どうぞ、どうぞ。どっからでも好きに掛かって来たまへ」
ヤル気スイッチが入って、意気揚々と大きな剣を構えるガイルさん。
逆に私は、刀を左手に持つ鞘に納めると、足を軽く開いて、全身の力を抜く様に両手を下ろした。
「――――!?」
「ほほぉ……」
驚いた様に目を見開くガイルさんと、感嘆の声を漏らすタマモちゃん。
突然訪れた、静寂の時――
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「……………………」
「……………………」
剣を構えたまま、眉を顰めてピクリとも動かずにいるガイルさん。額に浮き出た汗が頬を伝い、ポタりとジュータンに黒い染みを作る。
そして、そんな静寂を破ったのは、
「お、おいっ、ガイルッ! 何をしておるかっ!! 剣の構え方も知らぬスキだらけの小娘など、とっとと叩き斬ってしまえっ!!」
という、ハートさまの怒声だった。
しかし、そんなお怒りの言葉を受けても、苦虫を噛み潰した様な顔で、まったく動かないガイルさん。そして、そんなガイルさんに代わり、タマモちゃんが愉快そうに口を開いた。
「これはまた、スキだらけとは異な事を仰る。ハートさまは、よく闘技場に出向くと聞き及んでおりましたが――お腹と違い、目の方はあまり肥えていないようですな」
「な、なんだと……?」
「あれ程にスキのない構え。そうそう見れるモノでは、ありませぬぞ」
「…………?」
タマモちゃんの言葉の意味が分からないのか、怪訝そうに眉を顰めてコチラに目を向けるハートさま達――
つか、ハートさまは分かる。そして、コワモテお兄さん達も分からなくはない。
でも、パイパのおじいさんまで怪訝そうな顔してるとか、どう言う事ナリか? あなた、一応はSランク冒険者でしょうに?
ちなみに私の取っている構えは、全ての武道における基本の構えであり原点とも言うべき構え。空手などでは八字立ちなどとも呼ばれている、八字自然体――いわゆる自然体の構えである。
まあ確かに、一見すればノーガードでスキだらけっぽい。しかし、全ての構えの原点と言う事は、相手のどんなに動きに対しも即座に対応出来るという事でもあるのだ。
『しかし――誰の借り物かは知らんが、なかなか堂に入った八字自然体ではないか?』
借り物……か。
タマモちゃんの念話に、私は内心で苦笑い浮かべる。
そう、借り物……この剣も、私の戦い方も、全てが借り物なのだ。
しかし、その点に関して別に後ろめたさや劣等感がある訳ではない。むしろ、私にとってこのシステムはゲーム感覚。
残り霊力を考え、私のイメージした通りの武器を創り、イメージした通りに身体を動かして敵を倒す。
正に、リアル格闘ゲームなのだ。
ただ、私には別の点で劣等感があるのは確か。そしてその点こそ、私があまり剣を使いたくない理由でもあるのだ……
AWSのシステム上、色々な武器の構造や武道の動きを知っていれば、それだけ戦術の幅は広がる。
その点を踏まえ、内閣調査室――内調では童子切安綱を始め、様々な武器を見せてもらったし、内調が保管する膨大な武道の映像も観せられた。
全てが、その道の達人と呼ばれる人達の映像――
私は、そこに記録された映像をイメージし、その達人達と同等、もしくはそれ以上の動きを再現する事に成功した。
ただ一人を除いては……
記録は二年前の映像で、そこに映っていたのは当時15歳――今の私と同い年の男の子。
その映像には、いま私の使っている自然体の構えと、そこから派生する基本的な剣術の動きなどが映っていた。
そして、その映像の最後――そこに映っていた、とある剣技……
私はその剣技を見た瞬間、驚きに目を奪われ、そしてその華麗な動きに心を奪われた。
その技に……その華麗な動きに憧れ、何十、何百回と映像を観返した私。
しかし、その技だけは、どんなに頑張っても明確なイメージが出来ず、どんなにたくさん練習しても、『完璧』な再現をする事が出来なかったのだ……
そう、私の持ち技の中で唯一、その技だけは『完全コピー』ではなく『劣化コピー』であり、それが劣等感となっていて、あまり剣を使いたくない理由となっているのだ。
まっ、つまらない劣等感とか言われそうだけど……
しかし――
「どうしたの、おじいさん? そっちから来ないのなら、コッチからいっちゃうよ」
自然体を崩さず、平坦な口調で問う私。
それに対してガイルさんは身じろぎもせず、代わりに頬を伝う汗がアゴからポトリと落ちていった。
まあ、このままお見合いをしていても埒が明かない。なにより、あまり長く見つめ合っていて、恋でも芽生えてしまったら困るし……
「(思金、バリアフィールドをカット。全霊力を安綱の維持とイメージトレースシステムに回して)」
私は、口の中だけで呟く様に、思金へと指示を出す。
『しかし、それでは――』
「(大丈夫。反撃なんてさせないよ。キッチリ一撃で決めるから)」
『分かりました――』
思金の返事を聞き、私は表情を引き締めながら、自称最強の剣と、自称最強の剣士さんを正面から見据えた。
悪いけどガイルさん。私の中で最強の剣士は映像の中の彼。
そして――
「自称最強の剣を斬るなんて、その彼の劣化コピー技で充分だよっ!」
私は、映像で何百回と繰り返し観た動きを思い浮かべ、イメージトレースシステムに霊力を集中させた。