第20章 仇討ち
漆黒に染められ妖しく光る刃。縦幅、横幅共に、小柄な私くらいならスッポリと隠れてしまいそうなくらいの、巨大な刀身を持つ両刃の剣。
厳つい顔をした傭兵風のおじいさんは、そんな大剣を軽々と肩に担ぎ、楽しげに笑みを浮かべている。
「くっ……」
失念していた。
クリスちゃんから、元Sランク冒険者の護衛が二人いると聞いていたのに……
その存在を忘れて、すっかり気を抜いてしまっていた自分の間抜けさ加減に唇を噛みしめる私。
そう、このおじいさんがハートさまを守る、もう一人の護衛なのだろう。
その証拠に――
「おいっ! コラッ、ガイルッ!! この大変な時にどこを、ほっつき歩いておったっ!?
と、ガイルと呼ばれたおじさんの背中へ、ハートさまから怒声が飛んだ。
「ああん? ちょっくら街まで、一杯引っ掛けにな」」
「ワタシの護衛もせずに酒だとっ!? キサマッ! 何の為に高い金を払っていると思っているんだっ!!」
「いいじゃねぇか? 間に合ったんだからよぉ……」
「間に合っとらんわぁーっ!!」
ハートさまのお叱りを歯牙にかける風もなく、耳の穴を小指でほじくり、指に着いた耳垢をフッと吹いて飛ばすガイルさん。
いや、ハートさまのお叱りだけではない。ガイルさんを取り囲む狼さん達から敵意丸出しの唸り声を向けられていても、まったく警戒をする様子がないのだ。
まあ、それとも当然かも知れない。元とは言えSランク冒険者。そして見たところクラスは、剣士か傭兵、もしくはソードマスターといった所だろう。
ならば、最低でもファングウルフ50匹を15分で倒せる実力はあると言う事なのだから。
「でっ? 街で噂の狂戦士が暴れてるって聞いたんだけどよっ。そのバーサーカーさんはドコにいるんだい?」
周りをキョロキョロと見回すガイルさん。私は、今にも息絶えそうな狼さんを抱き抱え、ゆっくりと立ち上がった。
「はあぁっ? おいおい、まさか……」
訝しげな目を向けるガイルさんをスルーして、私はそのまま踵を返した。
傷口はなんとか塞がった。あとは、この子の体力次第だろう。
「タマモちゃん。この子、ちょっとだけ預かっていて」
「ふん。まあ、ワシもお主に助けられた身じゃ。借りは返さんとな」
椅子に座ったまま、私の差し出した狼さんを受け取るタマモちゃん。
私は、タマモちゃんの腕の中で苦しそうに浅い呼吸を繰り返す狼さんの頭へ、そっと手を伸ばした。
「待っててね。すぐに、仇を取ってくるから……」
子分の仇を取るのは親分の役目。
そう、今の私はこの群れのリーダーなのだから。
もう一度踵を返し、私はガイルさんの方へと振り返った。
「気を付けろよ、カズサ。あの者、そこそこには使えるようじゃ。油断しておると、いかなお主でも足元を掬われるぞ」
「うん。分かってる……」
私は落ちていたバトルアクスを拾い上げ、ガイルさんを見据えながらその先端を突き付ける。
「おいおい、勘弁してくれよ……オークの群れを秒殺したバーサーカーって言うから、どんな奴かと期待してみれば、こんなションベン臭いガキとはよ……」
「オシッコ臭くなんてないやいっ!!」
『パンツは十日ほど替えてませんけどね。というか、そろそろ替えて下さい』
う、うるさいよっ、思金っ! いま、シリアスな場面なんだから、お小言は後にしてっ!!
『御意』
「まあ、オシッコ臭くなんかはないけど、でも――」
がっくりと肩を落とすガイルさんに、怒りに満ちた目を向ける私。
「今の気分は、ちょっと狂戦士だよ……」
そう言って私は、ゆっくりとバトルアクスを上段に構えた。
「へっ、おもしれぇこと言ってくれるなぁ。まあ、せっかく来たんだ、少し遊んでやるよ、ションベンガキ」
「だから、オシッコ臭くなんてないって言ってるでしょぉぉぉ~っ!!」
私は一気に間合いを詰め、ガイルさんに向かい力一杯バトルアクスを振り下ろす。
が……
「甘ぇよ……」
それを、あっさりと弾き返すガイルさん。
それでも私は即座に次、また次と連続して斧を振り続けた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーッ!!」
まるで、小枝でも振るように、大きなバトルアクスを振り回す私。
しかし、そんな私の連続攻撃を、ガイルさんはその場から一歩も動く事なく軽々と捌いてみせる……
「あの馬鹿……何も分かっておらんではないか……」
『カズサッ、落ち着いて下さいっ! そのような闇雲な攻撃など、通用する相手ではありません』
タマモちゃんと思金の言葉が、私の耳を右から左へと通り過ぎて行く。
自分でも頭に血が上っている事は分かっているけど――とにかく今は、あのニヤけた厳つい顔を一発ぶん殴ってやりたいという衝動が溢れて来て、抑えられないのだ。
「まっ、力とスピードは中々だな。ションベン臭いは訂正してやるよ。どうやらオムツが取れている程度には使えるようだ」
「くっ!!」
仕切り直す様に一度間合いを取り、私は荒い呼吸を整える。
「とはいえ、それだけだ。技術もクソもあったもんじゃねぇ。それじゃ子供のチャンバラと変わらねぇぞ」
「うるさいっ! 無駄口を叩くなぁーっ!!」
再び間合いを詰め、バトルアクスを振り下ろす――
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁーっ!!」
一心不乱に斧を振るい、猛攻を仕掛ける私。
しかし、そんな私に、
「いや、そのような攻撃こそがが無駄だと言うに……」
と、ため息まじりの呆れ顔で、肩を竦めるタマモちゃん……
『カズサはああ見えて、動物好きですからね。懐かれていたファングウルフを殺されかけ、頭に血が上っているのでしょう』
「動物好き?」
『はい。カズサは高校生になるまで、イベント参加どころかコンビニすらにも、めったに足を運ばない重度の引きこもりでした。しかし、そんな出不精のカズサが、週に2、3度は動物と触れ合えるカフェに足を運んでいましたから。ただ、それでもここまで動物好きを拗らせているとは思ってませんでしたけど』
「なるほど……まあ、動物はウソをつかんからのう。分からんでもないわな――」
どこか遠くを思い出す様な、憂いに満ちた瞳で腕の中で眠る狼さんの頭を撫でるタマモちゃん。
『分かるのですか?』
「ああ。言うたであろう? ワシと和沙は似ておると……ワシも後宮などと言う、女共の怨みと妬み、そして嫉妬の渦巻く伏魔殿に長くおったからのう。決してウソをつかず、そして裏切らぬ動物に心の拠り所を求めたとしても詮無きことよ」
好き勝手な事、言ってんじゃないよっ! 私は似てるなんて認めてないんだからねっ! 勘違いしないでよねっ!!
「『ツンデレ……』」
だからツンデレ言うなぁ~っ!
「どうした? タダでさえ稚拙な打ち筋が、更に乱れてるじゃねぇか。なんか嫌な事でも思い出したのか?」
「うるさいっ! すぐに、その貧弱な剣をへし折ってやるんだから、覚悟しなさいっ!!」
ガイルおじいさんの、見透かした様なニヤけた笑いに苛立ちが増し、更に打ち込みが荒くなる私。
「貧弱貧弱貧弱貧弱貧弱貧弱貧弱貧じゃ――」
「貧弱なのは、そっちだよ……」
今まで、一歩も動かずに私の攻撃を受けていたガイルさんが、初めて前に出た。
私が放った上段からの打ち込みに対して、その攻撃を相殺するように下段からの斬り上げ――逆袈裟斬りで斬り上げるガイルさん。
「くっ……」
とっさに後ろへと大きく跳び、私は片膝を着いて着地する。
が……
「えっ……?」
大きく開いた間合い――
その、ほぼ中央の床に、空から降って来た何が大きな音をたてて突き刺さった。
な、なん……で……?
私は驚きに目を見開き、恐る恐ると自分が持つバトルアクスへと目を向ける。
「――――――!?」
そして、そこにあったバトルアクスの惨状に、私は言葉を失った。
そう、私の持つ大斧――私の錬成したバトルアクスの斧刃上半分が、綺麗に消失していたのだ。
もう一度、床へと突き刺さる物体に目を向ける私――
そこにあるのは、紛うことなき、消えた斧刃の上半分だった……