第18章 謎の光
「オ、オオカミ……さん?」
そう、姿を現したのは、大きな牙がチャームポイントの狼さん――ファングウルフさん達だった。
おじいさんの自身満々な物言いから、どんな化物が出て来るかと警戒していたけど、正直、拍子抜け――
『カズサ。油断しないで下さいっ!』
拍子が抜けて、ついでに肩から力が抜け掛けた時、ヘッドセットから強い口調の声が届く。
そして、更に――
『アレが虎と同等のう……常世思金神様よ。本当にそう見えたのなら、一度修理してもらった方が良いと思うぞ』
『そんな事、ある訳がないではありませんか』
脳内に届くタマモちゃんの念話と、それを不満げに否定する思金の機械的な声。
どういう事……?
『目の前にいるファングウルフ。森で遭遇した時にと比べ、筋力や魔力量ほか、ほぼ全てのパラメータが、8%から10%ほど向上しています』
8%から10%って……なにその新しい消費税率みたいなの。軽減税率だかなんだか知らないけど、消費者を舐めるなよっ! 8%なのか10%なのか、はっきりしろ、財務省っ!!
『カズサ。時事ネタのボケは、後で寒い思いをする事になるので程々にしてください』
『それに、お主は親の脛を骨まで囓るヒキニートであろう? 8でも10でも大差あるまいに』
ぐはっ……正論のツッコミが心を抉って来る……
って! そんな事より、思金っ!
『『あっ、露骨に話を逸した』』
声を揃えるなっ! そしてコレ以上、ピュアな乙女のハートを抉り込むなっ!! 終いにゃ泣くぞっ!!
『御意』
『はいはい……』
よろしい。では、あらためて――
そんな事より、思金っ! 能力がアップしているって、どういう事?
『老人の吹く、あの笛の影響だと思われます。あの音色でファングウルフ達のリミッターを外し、強引に潜在能力を引き出しているのでしょう』
ちよっ!? 強引にって……
そんな事して、狼さん達は大丈夫なの?
『否定。強引な潜在能力の引き出しは、身体に大きな負担が掛かります。一つ一つは8%から10%と、さほど大きくない上昇ですが、全てのパラメータを一度にそれだけ上げれば、すぐに大きなリバウンドを起こしてしまうでしょう』
『まっ、彼奴にとっては、獣共なぞ所詮は、使い捨ての駒と言ったところなのだろうよ……コレだからヒトという種は……』
冷静な分析をする思金と、その結果に不快を顕にするタマモちゃん。
そして、その二人の言葉に、私の表情も一気に険しくなった。
低い唸り声を上げ、身構える狼さん達……
その唸り声が、私には苦しさを堪えている様にも聞えてくる。
冷ややかな視線でおじいさんを睨みつけ、一歩踏込む私。
その行動に、おじいさんは不敵な笑みを浮かべて笛を口から離した。
「くくくっ……逃げも命乞いもせず、向って来ますか? 若いウチは、自分の能力を過信しがちですからねぇ。勇気と蛮勇の違いが理解出来ない若者のなんと多い事か……」
「御託はいいよ、おじいちゃん……それよりも、この子達を、すぐに開放して。さもないと――――」
そこで一旦、言葉を区切り、私は息を大きく吸い込んだ。
そして――
「ハートさま共々、素っ裸にひん剥いてから亀甲縛りで縛りあげて、タマモちゃんの夜のオカズにしてやんぞっ、コノヤローッ!!」
強い霊力を込めた、武道で言うところの『気あたり』にも似た絶叫。
私の張り上げたその声に、ハートさまやコワモテお兄さんはもちろん。狼さん達までもが、ビクンッと身を竦ませた。
例外だったのは、私の後ろから、
「ワシにBLの趣味はないぞ~」
と、チャチャを入れて来るタマモちゃんに、
「くくくっ……元気のいいお嬢さんだ」
と、不敵な笑みを浮かべるパイパおじいさんの二人だけだ。
私の殺気すら混じっている絶叫を、飄々と受け流したおじいさん。
「しかし、オカズになるのは、ワタシではなくアナタの方ですよ、お嬢さん……」
えっ、ウソっ!? このおじいさん、その年でまだ現役なのっ!? そ、そりゃ、私のキュートでセクスィ~な姿を見て、思わずシたくなる気持ちは分かる――
「この、ファングウルフ達のエサとしてねっ!」
って、なんだ、そっちか……
『カズサ。なぜ、ちょっと残念そうな顔をしているのですか?』
そ、そんな顔、してないやいっ!!
「さあぁ、行けっ、お前たちっ! その小娘を、骨まで喰い尽くしてやりなさいっ!!」
思金の指摘を、真っ赤に頬を染めて否定する私に向け、攻撃命令を下すおじいさん。
私は、襲いかかって来る狼さん達に備え、腰を落としてバトルアクスを構え――って、あれ?
私が斧を構えた瞬間、狼さん達は飛びかかって来るどころか、後ずさる様に後退したのだ。
「ど、どうしたのだ、お前達っ!? なぜ、ワタシの命令を聞かんっ!? 早くあの小娘を喰らい尽くせっ!!」
狼狽し、驚きの声を上げ、再び笛に口を着けるおじいさん。
しかし、狼さん達は、一向に飛びかかって来る事なく、ただ苦しそうな呻き声を上げるだけだった……
「はっはっはっ!! これは愉快じゃ! これぞホントの『笛は吹けども踊らず』じゃなっ!」
その様子を見て、椅子に座ったまま、お腹を抱えて笑うタマモちゃん――――って!?
見えちゃう、見えちゃうっ! そんなに足をバタバタさせたら、決して見えてはイケない『モノ』が見えちゃうよぉ――って、言ってるそばから足を広げるなぁ~っ!!
え、演出さ~んっ! 大至急、謎の光を一本お願いしま~すっ!!
パッ!!
突如、タマモちゃんの足元から、極めて不自然な光の柱が現れる。
ふぅ~、やれやれ。これで、とりあえずひと安心…………じゃなくてっ!!
そもそも、今は性悪キツネさんの御開帳とか気にしている場合じゃねぇしっ!!
私は私で、この状況――突如現れた謎の光ではなく、狼さん達が一向に動こうとしないこの状況が、まったく理解出来きていない。
どうなってるの、これ? なんで襲って来ないの……?
戸惑いながら、狼さん達を見回す私。
その、狼さん達が見せる苦しそうな表情は、飛び掛かろうとする本能とそれを押し留めようとする理性……その二つが葛藤しせめぎ合っている様にも見えた。
てゆうか、襲って来ないのなら、とりあえずおじいさんを死なない程度に一発ぶん殴ってから、あの笛を壊して…………って、あれはっ!?
懸命に笛を吹き続けるおじいさんへ視線を戻そうとした瞬間、一匹の狼さんが私の目に止まった。
動物園の飼育員でも、狼マイスターでもない私。当然、狼さんの顔なんて私には見分けがつかない。
ただ、そんな中でも、その一匹だけには見覚えがあった。
額に特徴的な十字傷をつけた狼さん――
クリスちゃん達と初めて会ったあの森で、クリスちゃん達を襲っていたファングウルフの群れ。あれは、その群れのリーダーとおぼしき狼さんだ。