第17章 ビーストマスター
大きな戦斧を突き付けるよう、片手で構える私。
そして、その私が一歩踏み込むと、二歩後退るチキンなお兄さん達。
「お、おい……あのバトルアクスって、ヤッパ冒険者試験に出でたっていうあの……」
「とゆうか、あの噂って、本当なのかよ……?」
「あ、ああ……オレはこの目で見たからな、100匹のオークを一分足らずで……」
「ば、化物か……?」
お、おいおいチミたち……
ヒトを連邦の白い悪魔みたいに言うのはヤメたまえ。照れるじゃないかぁ♪
ニュータイプのようだと讃えられ、頬を緩ませる私。
「お、おいっ、お前達っ! なにをしておるっ! 早くその女を始末せんかっ!?」
そんな膠着する状況に、ハートさまが焦る様に声を張り上げる。
が、しかし……
「くくくっ……笛は吹けども踊らずじゃな」
怯えた表情で前に出る事の出来ないお兄さん達を、まるで嘲笑うかの様に口角をつり上げるタマモちゃん。
まあ、武装したとはいえ、お兄さん達が持っているのは普通の幅広の剣だ。私のバトルアクスとでは、得物の大きさが違い過ぎる。
そんな量産品の剣など、バトルアクスの一撃で簡単に砕けてしまうだろう。
とはいえ……さて、ここからどうしたものか?
このまま時間を稼いで、クリスちゃんの到着を待つのが無難なのかな?
まあ、お兄さん達が向って来ないと言うなら、とりあえずハートさまをボンレスハムみたいにふん縛って――
「ん?」
私が、このあとの方針に思考を巡らせていると、どこからともなく笛の音が聞えてきた。
『カズサ、気を付けて下さい。この音色、魔力を帯びています』
思金の忠告に眉を顰め、横目に音の発信元に目を向ける私。
黒いローブを纏い、顔を隠す様に深くフードを被る小柄な男の人。よく分からない文字と、模様が刻まれた横笛を吹く口元に刻まれた深い皺を見るに、だいぶご高齢のようだ。
笛を吹きながら、ゆっくりとハートさまの方へと歩みを進めるローブのおじいさん。
「お、おお~っ、パイパッ! は、早くっ! 早くこの小娘を殺してくれぇ~っ!」
「おまかせを、ハート伯爵様」
半泣きで足に縋り付くハートさまに、おじいさんは仰々しく頭を下げた。
というか、『パイパ』さんだとっ! つるつるで、そこはかとなく卑猥な名前をしおってからに……
『いえ、そう感じるのは、カズサの心が汚れているからです。笛とパイパという名からは、ハーメルンの笛吹き男、パイド・パイパーを連想するのが、最も一般的だと思われます』
ぐぬぬ……相変わらず、正論で容赦なく殴りおって……
心が汚れちまった悲しみに、今日も小雪が降りかかる私に向って、パイパおじいさんはニヤリと口元へ笑みを浮かべた。
「お初にお目に掛かります、狂戦士殿」
「可憐な乙女に向って、バーサーカー言うなっ!」
「おっと、これは失礼。確か、カズサ殿といいましたかな?」
私が斧を振り上げても、まったく動じず、余裕を崩さないパイパおじいさん。
明らかにコワモテお兄さん達とは、強さ、そして不気味さのレベルが違う。
もしかして、この人がクリスちゃん達の言っていた、元Sランク冒険者なのかな……?
とゆうか、Sランクは二人いるって言ってたけど、もう一人はどこ……?
目を細め、警戒心のランクをひとつ上る私。
そんな私に対して、軽く頭を下げるパイパおじいさん。
「申し遅れました。ワタクシ、ビーストマスターのパイパと申します。以後、お見知りおきを」
「はあ、コレはご丁寧にどうも」
つられる様に、後頭部に手をやってペコリと頭を下げる私……
てゆうか、ビーストマスター? 猛獣使いとかって事かな?
『恐らくは――先程の、魔力が込められた笛の音で、獣を操るのでしょう』
操るぅ? どうやって?
『笛の音に込められた魔力を解析するに、あの音でケモノの順位制を狂わせるのでしょう――群れの中で自分の位置をリーダーの上に配置し、従わせていると推測します』
なるほど、順位制か……
ペットの犬が家族に順位を付け、自分よりも順位が上と格付けされたお母さんの言う事は聞き、下と格付けしたお父さんの言う事は聞かない。など言う話がある。
昨今の研究では、ペットの順位制に色々と賛否があるので、とりあえずこの場では置くとしよう。
しかし、野性動物――特に集団で狩りをする動物は、ほとんどの場合、リーダーを頂点とした明確な順位が存在する。そして、その群れは常にリーダーの命令で行動しているのだ。
つまり、あのおじいさんは、笛の音でその順位制を狂わせ、自分がちゃっかりとリーダーの位置に座っているという事である。
なんかセコいなぁ……
パイパおじいさんの強さって、結局のところ操っているケモノの強さじゃん。そんなんで、Sランクの資格を取るとか……
って、まっ、私も人の事は言えないんだけどね。
自分に装着されたAWSに目を落とし、苦笑いを浮かべる私。
「して、カズサ殿……噂は色々と聞いておりますよ。なんでも、オーク100匹を一分足らずで殲滅したとか?」
「訂正っ! 1匹も殺してないよぅ。気絶させただけだよっ!」
そう、あのあとギルドの人にも確認したけど、死んだオークさんは1匹もいなかったそうだ。
「おおっと、コレは度々失礼しました。しかし………」
まったく失礼だと思ってない、慇懃無礼な笑みを見せるおじいさんを、私は思い切り頬を膨らさせて睨みつける。
「それも鈍重なオークが相手だったから出来た事。そのような重量武器で、素早い猛獣共を相手に出来ますかな?」
不敵に笑いながら、再び笛を吹き始めるパイパおじいさん。不気味な音色と共に、部屋中にゆっくりと充満していく魔力。
そして、通路側とは別の――部屋の奥へと続く扉が静かに開いていく。
「くっ……」
斧を構え直して腰を落とし、警戒心を高めながら身構える私。
開かれた扉の先。真っ暗な室内には、怪しく光る複数の深紅の瞳が暗闇の中に浮かんでいた。
ざっと見で、20匹以上か……
濃厚な獣の臭いを漂わせ、低い唸り声を発しながら、コチラの部屋にゆっくりと向って来るケモノさん達。
しかし……
「なっ……?」
暗い部屋の中から姿を現したケモノさんの群れに、私は思わず目を丸くした。