第16章 合流
「タマモちゃん、無事っ!?」
そう言って飛び込んだのは、ちょっとした晩餐会くらいなら開けそうなくらいの、成金丸出しな大きいダイニングルーム。
そこには私の吹き飛ばした男達が横たっわており、そしてその先には横たわる着崩した白い着物の女性と、その女性に馬乗りで跨がる巨体の姿があった……
「ふっ……これが無事かどうかは分からんが、とりあえず息はしておるよ……」
頬が腫れあがり、唇からは一筋の血を流がしながら、それでも強がる様に笑みを浮かべるタマモちゃん。
『やはり、固有種の毒を盛られてましたか?』
「ああ……ここが異世界であることを失念しておったわ……千年も諍いのない殺生石に閉じこもっておったからのう。知らぬ間にワシも平和ボケしておったようじゃ……これでは、和沙の事を笑えんな……」
『固有種』――この世界だけにしか存在しない、植物や生物。
日本の……いや、日本に限らず、私達のいた地球上に存在する毒や薬なら、タマモちゃんはどんな少量でも嗅ぎ分けられたはずだし、耐性もあるはず。
しかし、コチラの世界にしか存在しない植物や動物から生成された毒は、タマモちゃんの嗅覚をもってしても毒として認知されはしない――
思金が立てた仮説と推論。宿の部屋を飛び出す直前に聞かされたその推論が、みごとに的中してしまったのだ。
「タマモちゃんっ!」
私は、見え見えの虚勢を張って笑みを浮かべるタマモちゃんへと駆け寄った。
「ひ、ひいっ!? バ、狂戦士……」
私の姿に怯え、腰を抜かした様に尻もちをついて、タマモちゃんの上から後ずさるハートさま。
って!? 誰がバーサーカーだっ!!
ハートさまをひと睨みしてから、私はタマモちゃんに肩を貸し、立ち上がらせた。
「だ、大丈夫なの……?」
手近な椅子に座らせると、その前に片膝を着きタマモちゃんの状態を確認する私。
出血は、口の中と唇、そして左の目尻の三箇所。しかし、腫れやアザは全身に見られた。露出の高い着物から覗く白い肌は、いたる所が青く変色し、赤く腫れ上がっていた。
「この程度の傷、大事ないわ。それに、毒も半刻|(一時間)あれば普通に動ける程度には抜けておろう」
それが本心なのか強がりなのかは分からない。それに、妖怪の頂点に君臨していたタマモちゃんだ。一時間で全快したとしても驚きはしない……
でもっ!!
私はゆっくりと立ち上がり、怯えて腰を抜かしているハート伯爵を殺気全開で睨みつけ――
「とはいえ、和沙。まさか、お主が来るとは思おておらんかったぞ……」
え……?
「多少は馴れ合ったとはいえ、元は敵同士。お主にワシを助ける道理などあるまいに……」
え、え~と……あれ?
そう言えば、なんで私、タマモちゃんを助けに来たの?
タマモちゃんの言う通り、タマモちゃんは人類の敵で私は人類を守る魔法少女。
よく考えたら、私にタマモちゃんを助けに来る理由なんて、どこにもないじゃん。
「あ、ああ…………ごめんなさい。今までのはなしで。ここで見た事は忘れて大人しく帰りますので、ごゆっくり、続きをお楽しみ下さい」
そう言って、シュタっと片手を上げ踵を返す私。
そして、何事もなかった様に、部屋をあとにす――
「………………」
「………………」
「………………」
「………………ちょっと、そこどいてくれる?」
部屋をあとにしようとする私。しかし、その私の進路を塞ぐ様に、無言で立ちはだかる執事服のコワモテのお兄さん達。
「こ、こんなところを見られて、大人しく帰せるわけがないだろっ! お、おいっ、お前達っ! 早くそいつを取り押さえろっ! いや、早く殺してしまえっ!!」
腰を抜かした、無様なご主人さまからのご命令。
お兄さん達は、若干怯えの見える表情を浮かべながら、それでも任務を果たそうと、手に手に武器を取り私の周りを取り囲んでいく。
私は、冷ややかな目で、そんなお兄さん達を見回してから、ひとつため息をついた。
「思金、錬成お願い……」
『御意。構成原子の解析開始』
頭の中で、試験の時に使った武器――大きなバトルアクスをイメージする私。
「まあ、タマモちゃんなんて、まったく助ける気もなければ、どうなったって知ったこっちゃないけど…………自分に降りかかる火の粉は、払わないとねっ!」
錬成されたちょぴりキュートなバトルアクスを構え、私はお兄さん達に向けて不敵な笑みを浮かべた。
「『ツンデレ……』」
「ツンデレ言うなしっ!」