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戦乱の異世界で、◯◯◯は今日も△気に□□□中!!  作者: 宇都宮かずし
『戦乱の異世界で、『もと』ひきヲタ魔法少女は今日も吞気に冒険中!!』編 第一部 ホントに異世界来ちゃったのっ!?
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第14章 来るはずがないと思っていた者

「えっ……?」


 不意に指の感覚が狂い、手にしていたワイングラスが床へと落ちる。

 幸い、分厚いジュータンのおかけでグラスが割れる事はなかった。


 が、しかし、グラスはコロコロと転がり、中の日本酒が深紅のジュータンに黒い染みを作っていく。


「(まさか……この程度の酒で、酔ったとでも言うのか……?)」


 驚いた様に目を見開き、自分の手を見つめる玉藻前。


「(違うっ! コレは、まさかっ!?)」


 切れ長な瞳の先で、ぷるぷると震える右手。

 自分の意思をまったく受け付けず、満足に指も曲げる事の出来ない手のひらへ、呆然と目を向ける玉藻前――


「ふぉふぉふぉっ。ようやく効いてきましたか」

「っ!!」


 ハート伯爵の下卑た笑いに、玉藻前は全てを理解した。

 そして、それを裏付ける様に、ハート伯爵は言葉を(つづ)っていく――


「食事を取らないと言い出した時には、薬を盛っているのがバレたのかと思いヒヤヒヤしましたよ。まあぁそれも、一番強い薬が盛られている酒に口を着けたので、ひと安心しましたけどね。ふぉふぉふぉ」


 玉藻前が、薬は盛られてないと判断した日本酒(おさけ)。しかし、そこにもきっちりと薬が盛られていたのだ。


 しかも、よりによって一番強い薬が……


「(なぜ……? いや、よくよく考えれば、分かりそうなモノじゃな。罠にかかるまで、そんな事にも気付かんとは……ワシも耄碌(もうろく)したもんじゃ)」


 手だけでなく、全身の自由が徐々に奪われていく中、玉藻前は自嘲する様に笑みを浮かべた。


 症状的には、筋弛緩剤の過剰摂取に近い状態であろうか。息するのも辛く、呼吸が荒く不規則になっていく玉藻前……


「さて。最近はだいぶ涼しくなって、夜も長くなりましたからな。朝までたっぷりと可愛がって上げますよ。ふぉふぉふぉ」

「(男と肌を合わせるのも嫌いじゃないではないが、千年ぶりの男がこんなブタでは興ざめじゃ……正直、勘弁してもらいたいものじゃが……)」

「ですが、その前に――」


 伯爵は口元にイヤらしい笑みを浮かべながら、足元に置かれていた小型の天秤を取り出し、それを玉藻前の眼前に置いた。


 彫刻が施され、皿には古代文字が刻まれている古びた天秤……


「そ……れは……?」

「ふぉふぉふぉ。コレは古代の魔道具を密輸している商人から手に入れた物でしてな。『誓約の天秤(ライブラ)』と言うのですよ」

「せ、せい……やく……」

「はいぃ。コチラの皿に乗るのは、貴女(あなた)の誓う誓約。そして、コチラの皿に乗るのは――貴女の魂です」


 まるで、玩具の自慢をする様に嬉々として話すハート伯爵へ対し、玉藻前は訝しげに眉を顰めた。


「た、ましい……じゃと……?」

「ええ。この天秤に対して誓った誓約は絶対なのです。もし誓約を破れば天秤が傾き、貴女の魂は消滅する。ふふふ……」

「(なるほど、誓約を強要する魔道具か……下衆(ゲス)なブタにお似合いの、下衆な魔道具じゃな……)」


 呼吸もままならず、霞んだ視界で伯爵を睨みつける玉藻前。しかし、当の伯爵は、それを受けながす様に下卑た笑みを浮かべると、玉藻前の顔へと手を伸ばして、いやらしくその頬を撫でた。

 そして、額に汗を浮かべ、苦しげな表情を見せ玉藻前の顔へ、その丸々とした顔を近づける伯爵。


「さて、ここで一つ、貴女に選ばせてあげましょう」

「選ばせせる……じゃと……?」

「はい。素直にワタシの物になる事を誓うか、それとも素直になるよう、調教を受けてからワタシの物となると誓うか……どちらが良いですかな?」

「………………」

「それに、ほら。そのままでは息をするのも大変でしょう? ワタシの物になると誓えば、この解毒剤も。ふっふっふっ……」


 目にサディスティックな色を滲ませ、紫色の液体が入った小瓶を取り出し口角を釣り上げる伯爵……


「…………」

「…………」


 僅かな沈黙……

 その(かん)も、ハート伯爵は答えを()かす様に、玉藻前の白い頬を撫で回していた。


 ハート伯爵の言葉、行動、そして下卑た笑み……

 その全てに嫌悪感を(いだ)き、玉藻前の全身に虫唾が走る。


 そして……


「………………ペッ!!」


 これが答えだとばかりに、玉藻前は自分の倍はあろうかという丸々とした顔にツバを吐きかけた。


 その唾液が、ツーッと頬を伝い、伯爵の口元へと流れ落ちる。


 ハート伯爵は、その唾液を舌を伸ばしてペロリと舐め取り、玉藻前の頬を撫でていた手を後ろへと引いく。


 そして――


「ふんっ!」

「くっ!!」


 伯爵は、引いたその手のひらを、玉藻前の頬へと勢いよく叩きつけた。


 パンッ! という乾いた音と共に、椅子から転げ落ちる様に倒れて込む玉藻前……


「ほっほっほっ。おとなしく、ワタシの物になっていれば、痛い思いはしなくて済むものを……まあ、そういう気の強い女を調教し、屈服させるのも嫌いではありませんが――ねっ!!」

「かはっ!?」


 更に倒れ込む玉藻前の腹部へ、ハート伯爵は容赦なくつま先をメリ込ませる。


「こほっ、かはっ、かはっ、こはっ……ぐっ!」


 そして、蹴られた腹部を押さえ咳き込む玉藻前の頬を踏み付け、苦痛に歪む顔を愉悦(ゆえつ)に浸りながら見下ろすハート伯爵。


「しかしまぁ、その綺麗な身体にあまり傷をつけてしまうと、そのあとの(たの)しみで興が冷めてしまいますからなぁ」


 そう言って取り出したのは、先端に真っ赤な水晶のはめ込まれた短めの杖。やはり『誓約の天秤(ライブラ)』同様、ご禁制の密輸品である。


「これは『稲妻の杖』と言いましてな。魔道士などが使えば、イカヅチを喚ぶという代物なのですよ。ただ、ワタシの様に魔法を使えない者でも――」

「ぐ、があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?」


 ハート伯爵の持つ杖の先端が触れた瞬間、玉藻前の身体に電流が走った。

 悲鳴をあげ、その美しい顔が歪む光景を、興奮気味に歪んだ笑みで見下ろしているハート伯爵。


「どうですかなぁ? 身体に稲妻が流れる感想は?」

「………ちょ、ちょうど良い……気付(きつ)けじゃな。肩凝りにも良さそ、ぐあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁーーーーっ!!」


 身体を仰け反らせ、悲痛な声上げる玉藻前……

 そして、自分の意思とは関係なく動いた(こぶし)が、先ほど床に落としたワイングラスを叩き割った。


 砕けた破片が手に突き刺さり、玉藻前の右手を赤く染める。

 玉藻前は、流される電流を堪えながら、その割れたワイングラスと血に染まる右手に目を向けた。


 思うように動かない身体を、なんとか気力で制御する玉藻前。そして、割れたグラスの破片を人差し指と中指で挟むと――


「くっ……」


 指先に神経を集中させ、その破片を伯爵に向けて飛ばした。


 伯爵の丸い顔を掠める様にして飛ぶグラスの破片。玉藻前がささやかな抵抗とばかりに飛ばした破片は、伯爵の頬に赤い一筋の傷を付ける。


 伯爵は驚きに目を見開き、恐る恐る自分の頬に手をやった。

 そして、赤く染まった、己の手のひらを見た瞬間――


「ち……血ぃ~~~。いてえよ~!」


 雄叫びを上げながら、『稲妻の杖』を投げ捨て玉藻前へと馬乗りになる伯爵。


「いてえよ~、いてえよ~っ!!」


 発狂し、そして狂乱して、玉藻前の頬を両手で力一杯ひっ叩きだした。


「(こんな所まで、ハートさまそっくりじゃとは……とはいえ、(イカヅチ)を流され続けるより、幾分かはマシじゃの)」


 いくら、人よりも数倍は重いとはいえ所詮は素人。しかも、頭に血が登り、ただ力任せに打たれた張り手など、妖狐玉藻前にとっては大したダメージになりえない。


 何度となく頬を張られ続けながらも、冷静に状況の分析をしていく玉藻前――


「(薬が完全に抜け切るのは、半日といった所か。まあ、この程度の男とあの護衛の者を殺すくらいなら、一刻(いっこく)(二時間)――いや、半刻(はんこく)(一時間)ほども回復させれば充分かの。とはいえ、それもこの拷問を続けられていれば、どこまで伸びるが分からんが……しかし、彼奴(あやつ)がこの状況を察して――)」


 そこまで考え、玉藻前は内心で苦笑いを浮かべた。


「(いや、彼奴(あやつ)が来るはずもなし……そも、ワシと奴は生命(いのち)を的に闘った者同士。今でこそ馴れ合っておるが、それでも彼奴にワシを助ける義理もなければ理由ない。来るはずもない者の助けを期待するなど、ホンにワシも耄碌したもんじゃ……)」


 殴られ続けながら、玉藻前は自嘲気味に笑みを浮かべる。


 が、しかし――


 ドッカァァーーーーンッ!!


 突如、庭の方から大きな音が鳴り響き、その振動が屋敷の方まで伝わって来た。


「(ま、まさか……彼奴が……和沙が来たと言うのか……?)」


 驚きに目を見開く玉藻前。そして、ハート伯爵も同じ様に殴る手を止め、驚きに目を見開いる。


「な、何事だっ、何が起こったっ!?」


 驚愕と恐怖の入り混じった、細い目で辺りを見回すハート伯爵。


 不測の事態に(おのの)き、静寂が流れる。

 そんな中、遠くから複数の人間が争う音が――妖狐の聴覚でのみ聞き取れる声が、玉藻前の耳に届きだす。


「そこをどけぇ~! って、コラァ、キサマーッ! どこを触ってんだっ! えっ? あまりに平ら過ぎて、どっちが胸か背中か分からないって? ふざけんなっ、コンチクショーッ!!」


「(まったく……あいも変わらず、やかましい娘じゃのう……)」


 内心で呆れるように、そんな事を思いながらも、血に染まった口元をほころばせる玉藻前。


 そして、その声が、その喧騒が、その彼女のよく知る霊気が、徐々にこちらへと向かって近付いて来る――


「だから、まとわり付くなぁ~! そしてソコに触れるなぁ~っ! そこは、背中じゃなくて、乙女の清らかなおっぱいだぁぁぁぁぁぁぁ~っ!!」


 そんな叫びが上がると同時に、頑丈そうな扉が吹き飛び、数人の男達が勢いよく飛ばされて来た。


 そしてなぜか、その男達と一緒にラグビーボールがコロコロと転がって来たのだった……

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