第13章 領主さまの素顔 03
「ここに至っては、仕方ありません――今すぐにでも、伯爵邸に踏み込みましょう」
「はい……出来れば、しっかりと足場を固め、増援を呼んでから踏み込みたかったのですが、いた仕方ありません。一刻も早く、タマモ殿をお救いしなくてはっ!」
いまいちテンションの上がり切らない私に対して、二人だけで盛り上がるクリスちゃんとティアナさん。
「カズサ殿っ! こんな事に巻き込んでしまった上、こんなお願いをするなど図々しいという事は百も承知。ですが、どうか私達に力を貸して下さいっ!」
「いや、まあ……手を貸すのは構いませんけど……そんなに慌てなくても大丈夫じゃないんですか? だって、あのタマモちゃ――」
「何を悠長な事をっ!?」
「は、はいっ、すみませんっ!!」
勢いよくテーブルを叩いて詰め寄るティアナさんに、思い切り仰け反り、反射的に謝罪する私……
てゆうか、危ない危ない……あと少し仰け反っていたら、後ろに倒れて後頭部を強打していたよ。
「確かにカズサさん、そしてタマモさんの強さは、よく存じています――」
テーブルの上に乗りだして詰め寄る、ティアナさんの後ろ――ベッドに座るクリちゃんが、護衛の美人騎士さまとは対照的に、掠れた声を絞り出す。
「しかし、タマモさんとて人間……油断する事もあるでしょう」
いえ、タマモちゃんは人間じゃありません。
「それに、タマモ殿は伯爵の悪い噂など知りはしないはず。であれば、領主という地位を信用し、安心しているはず」
いえ、バリバリ警戒してましたよ。
「更に厄介な事に、伯爵には元Sランク冒険者が――歴戦の強者である護衛が、二人も付いているという話です」
いえ、その程度の戦力では、とてもタマモちゃんには太刀打ち出来ません。
「しかも、タマモ殿は、晩餐に誘われたのでしょう……もし、その食事に身体の自由を奪う様な薬でも盛られていたとしたら……」
いえ、仮にも犬神の妖狐が、毒を嗅ぎ分けられない訳が――って、もう拾い切れないよっ!
助けてぇ、思いもぉ~んっ!!
二人が入って来てから、ずっとダンマリを決め込んでいた思慮の知有る神に助けを求める私。
しかし、思金から返って来た言葉は、私の予想に反する言葉だった……
『カズサ……玉藻前は、本当に無事だと思いますか?』
はあぁ? ナニ言ってるの思金……?
私の『カズサ、心のツッコミ』をちゃんと聞いてた? 無事じゃない要素なんて、何処にもないじゃん。
『とりあえず、さくら先生のおじいさんが詠む俳句みたいなネーミングセンスは置くとして――』
置くな。ちゃんとツッコめ。
『であれば、突っ込みます。とても、分かりにくいです、カズサ。ワタシが『さくら先生』と『俳句』というワードを出さなければ、おそらく半分以上の人が理解出来なかったと思います。更に――』
ごめんなさい……それ以上ツッコまないで下さい……(涙)
『御意。では、話を戻します。カズサが心の中でした反論は、確かに間違ってはいませんし、珍しく的を射ています』
珍しくは余計だ。
『御意』
でっ? なら、なんで無事じゃないかもなんて思うの?
『カズサの反論は、あくまで日本でならという話です。しかし、ここは異世界です』
それが、なに? 異世界だってタマモちゃん、ちゃんと闘えていたじゃん。
『確かに……闘いになれば、戦闘力と言う面では問題はありません。しかし、――――――――――――』
戦闘力は問題ないという思金。だだ、
その後の言葉を――『しかし』に続く言葉を聞いた私は、一気に顔色を青ざめさせた。
そして――
「くっ!!」
いきなり立ち上がると、勢いよく部屋のドアを開き走り出す。
「カ、カズサさんっ!?」
「カズサ殿っ!?」
背後から私を呼び止める声。
しかし、私はその声に応える事なく、木製の階段を四段飛ばして一気に駆け下りると、食堂を抜け表へと飛び出した。
精霊術による街灯のおかげだろうか。すっかり日もくれているはずの街中には、まだたくさんの人が出歩いている。
そして運よく、宿屋の前にはお客さん待ちの辻馬車が一台だけ止まっていた。
ちなみに辻馬車とは、現代で言うタクシーみたいな乗り物。
二人載りの人力車みたいな車を馬で引く乗り物で、御者のおじいさんは車の後ろに取り付けた椅子に座って運転する仕様になっている。
急いで御者のおじいさんに駆け寄る私。
「おじいさんっ! ハート伯爵の家まで大急ぎでお願いっ!」
「ん? 領主さまのお屋敷かい? そうさなぁ……あそこまでなら、前金で30ベルノだな」
当然、料金メーターなど存在しない辻馬車。運賃はかなりアバウトだ。
とはいえ、30ベルノと言えば、日本円で約300円。かなり良心的な価格である。
良心的な価格ではあるのだけど――
私ってば、お金を持ってねぇぇぇぇぇぇぇぇ~~っ!!
し、仕方ない、ここはクリスちゃんにお借りして――
そう思って、踵を返そうとした瞬間。背後から御者のおじさんに向け、すぅーっと一枚の金貨が差し出された。
慌てて振り返る私。そして、そこにあったのは――
「ク、クリスちゃん……」
そう、そこにあったのは、ニッコリと微笑んで金貨を差し出すクリスチーナお嬢さまと護衛の美人騎士さまの姿。
「お、おい……金貨なんて出されも困るよ……そんな大きなお金、釣り銭なんて用意してないんだから……」
金色に輝く硬貨を受け取り、表情を曇らせるおじさん。
これはタクシーに乗って、ワンメーターで一万円札を出すようなものなのかな?
硬貨を返そうとするおじさんに、当のクリスちゃんは無言で首の後ろへと手を回した。
そして、ネックレスのチェーン外すとドレスの中に隠れていたペンダントトップを引っ張りだし、おじさんの方へと突き出すクリスちゃん。
「そ、それは……ま、まさか……」
驚愕に目を見開き、額からは滝の様な汗を流しながらペンダントへ――向かいあう二匹の竜が刻まれたペンダントトップへ目を向けるおじさん――
「お釣りはいりません。そして、多少の速度超過はわたくしが許可します。ですから、彼女を大急ぎで伯爵邸に送り届けて下さい」
「かっ、かしこまりましたっ!!」
クリスちゃんの言動に、おじさんは態度を急変させ、慌てて立ち上がると直立で頭を下げた。
「クリスちゃん……あなたって……」
「その事は、後で――わたくし達は増援を手配してすぐに追いますのから、カズサさんは先に伯爵邸へ向かって下さい」
少し困った様な表情を浮かべながらも、必死に笑顔を作ろうとするクリスちゃん。
まっ、確かに今はそんな事を追求している場合ではないな。
「うんっ! 分かったよ」
「カズサ殿、ご武運を」
「はいっ!」
ティアナさんからの声援を背中に受け、馬車に乗り込む私。
「おじさんっ! 豆腐屋さんの86なみにぶっ飛ばしちゃってっ!」
「おうよっ! 意味は分からねぇけど、ぶっ飛ばすからしっかり掴まってなっ!!」
馬車が馬の嘶きと共に急発車。クラクション代わりのベルを鳴らしながら、二輪の馬車が夜の街中を疾走していく。
タマモちゃん……無事でいて……