第13章 領主さまの素顔 02
トントン……
うつ伏せに枕へ顔を埋める私の耳に、控え目なノックの音が届く。
「あ、あの~~、カズサさん。入ってもよろしいですか?」
おずおずと、ドアの隙間から顔を覗かせるクリスちゃん。そして、その後ろには、控える様にして立つティアナさんの姿も見えた。
「あっ、はい。どうぞ」
「では、失礼します……」
慌てて起き上がり、私がベッドへと腰を下ろすと、遠慮がちに部屋へと足を踏み入れるクリスちゃんとティアナさん。
気まずい雰囲気――
お互い、上手く目を合わせる事が出来ずに、重い沈黙が流れる。
ちゅうか……なにやら、少々既視感を感じる展開だな……
まあ、せっかくクリスちゃん達が勧めてくれて、応援までしてくれた冒険者試験が、あんな結果になった訳だし。仕方ないと言えば仕方ない。そもそも、私がやらかした失態な訳だし。
「ところでカズサ殿――」
そんな重い空気を歯牙にかける風もなく、全く変わらぬ様子で一歩前に出るティアナさん。
しかし、今はその空気の読めなさが、大変にありがたい。さすが、年長さん。亀の甲より年の功だ。
「ん? なにやら失礼な事を考えてませんでしたか?」
「い、いえ、別に……」
正面からジト目を向けるティアナさんから、そっと視線を逸らす私……
さ、さすが、年長さん。良い勘をしていらっしゃる。
とゆうか、既視感が少々じゃなくなって来たぞ。
まったくっ! コピペを使って楽してんじゃないよ、創造主っ!
「なら良いのですが――ところでカズサ殿。タマモ殿が部屋にいらっしゃらない様なのですが、ご存知ありませんか?」
「タマモちゃんですか? 何でも、領主さまから晩餐に誘われたとかで出掛けてましたよ。だから、夕食はいらないそう――って、あれ?」
ここで、既視感終了。
昨日は、落ち込む私を励ましてくれた二人だったけど、今日はなぜか私の言葉に驚き、そして顔を青ざめさせている。
「え、え~と、カズサ殿……つかぬ事を聞くが、その領主とは、ハート伯爵の事か?」
「はい、そうです。あのハートさまって、ちょっ!? え、ええぇぇーーっ!?」
話の途中で、思わず驚きの声を上げる私。
そう、私の話す言葉の途中で、突然クリスちゃんが崩れ落ちる様に、その場にペタリと座り込んでしまったのだ。
いや、座り込んでしまっただけじゃない。
呆然と虚空を見つめるその瞳からは涙がとめどなく溢れ、頬を伝いポロポロと流れ落ちているのだ。
「ちょっ、まっ!? ク、クリスちゃんっ!! いったい、どうしたのっ!?」
急変する事態に驚き、若干裏返った声を上げる私。そして、慌ててベッドから立ち上がると、ヘタリ込むお嬢様に駆け寄った。
しかし、完全に茫然自失のクリスちゃん。
肩を揺すってみても、まったく反応を示さず、何もない空間に涙で濡れた虚ろな瞳を向けているだけだった。
「わたくしの……せいだ……わたくしが、深く考えもせずに冒険者などに誘ったばかりに……」
無表情で無感情、そして平坦な声で、ボソボソと呟きだすクリスちゃん……
いや、突然、泣きながら自分のせいとか言い出しても、まったく意味が分からないし……
もう一度、そのガックリと落とした肩に手を伸ばそうとする私。
しかし、ティアナさんがその行為を制するよう、差し出した私の手に、そっと自分の手を添えた。そして、悲しそうな表情を浮かべた顔を、ゆっくりと横に振るティアナさん……
「失礼します、お嬢様」
そう一声かけ、ティアナさんは、ヘタリ込むクリスを横から支える様にして立ち上がらせる。そして、されるがままのクリスちゃんをお姫さま抱っこで抱え上げると、そっとベッドの上へと座らせた。
「……………………」
事の成り行きにまったく付いていけず、呆然と立ち竦む私――
そんな私に向け、ティアナさんは深呼吸をする様に一つ息をはくと、ゆっくりと口を開いた。
「カズサ殿――まず最初に、私達は貴方達へ謝らなくてはなりません」
そう言って、ティアナさんは深々と頭を下げた。
いやいやいやいやっ!
コチラとしては、感謝する事は多々あるけど、謝罪される様な事は、まったくないと思うのですが……?
そのあと、さすがに泣き濡れるクリスちゃんの隣りに座るのは気が引けて、備え付けの安っぽい椅子に腰を下ろした私。
そして、小さな丸テーブルを挟んだ対面に腰掛けたティアナさんから、謝罪の理由について聞かされた。
まず、冒険者試験については、自分達に闘技場へ出向く用事が有ったので、そのついでに勧めてくれたという事だ。
まっ、それはタマモちゃんの予想通りという事だろし、驚く事ではなかった。
そして、クリスちゃん達の用事というのは、闘技場に顔を出すハートさまの様子と容姿を確認するという事らしい。
何でも、あのハートさま。裏では麻薬やご禁制の密輸、殺人に人身売買と、私腹を肥やす為なら何でもアリアリの悪徳領主さまなのだそうだ。
ただそれも、私やタマモちゃんの予想通り――いや、予想よりも、当社比で25%増しくらい悪い奴かもしれないかな……?
で、クリスちゃん達は、そんな悪徳領主さまの違法行為の証拠を集めて、ハートさまを告発するつもりだったらしい。
だがしかし……
ここでクリスちゃん達の誤算だったのが、私やタマモちゃんが冒険者試験で予想以上に目立ってしまった事。そんなタマモちゃんを、ハートさまがとても気に入ってしまわれた事。
そして、まさかこんなにも早く、ハートさまがタマモちゃんに接触して来るとは思っていなかった事だった……
「薬漬けにされ廃人となった者。陵辱の限りを尽くされ、奴隷商人に売られた者……ハート伯爵の女性に対する悪い噂は枚挙に暇がありません」
ほうほう、それは大変けしからんですなぁ。
真剣な表情で話すティアナさんに対して、若干他人事な私。
確かにそんな奴は許せないし野放しにも出来ない。クリスちゃんが手伝ってくれと言うなら、喜んで手を貸しもするだろう。
しかし、切羽詰まった様に顔を青ざめさせる二人に対して、私はそこまで危機感を持ってはいなかった。
いや、だってねぇ……
今現在、危機に陥っている――とゆうか、危機に陥っているとクリスちゃん達が思い込んでいるのって、あのタマモちゃんだよ。
白面金毛九尾の狐。傾国の大妖怪、妖狐玉藻前――
正直、タマモちゃんよりも、ハートさまの心配をするべきだと思うけど。