第12章 試験が終わって……
「えぐえぐ……えぐえぐ……」
冒険者試験を終え、宿屋に戻り一人枕を濡らす私……
「どこが一人じゃ、まったく……?」
うつ伏せに枕へと顔を埋める私を見下ろし、タマモちゃんはため息混じりに肩を竦める。
窓の横の壁に寄りかかり、呆れ顔を浮かべるタマモちゃん。その左手首には、五色の宝石が嵌め込まれたブレスレットが輝いていた。
Eランク冒険者――冒険者になった証として、ギルドから支給されるブレスレット。
そのブレスレットには五つの小さな宝石を嵌め込む場所がある。そして一つ昇進するたびにギルドから宝石が贈与され、それを埋め込む仕様になっているのだ。
つまり、五色の宝石はSランク冒険者の証なのである。
ちなみに、この宝石には盗難防止の魔法がかけられていて、本人以外が身に着けると、宝石はその輝きを失うそうだ。
では、私の腕のブレスレットはと言えば……
「しくしく……しくしく……」
「ええ~いっ! 泣くな、鬱陶しい……」
「だってぇ、だってぇ~」
「だから泣くなと言うに。甘えた声で泣くのが許されるのは十代までじゃ」
いや私、バリバリの十代なんですけど……
「だいたい、あんな馬鹿デカイ斧を振り回す魔道士が、どこの世界におると言うのじゃ」
うっ……
『だから、職業を記入するときに、それで良いのですかと確認したのです』
うううっ…………
二人からの波状攻撃ならぬ波状口撃に、言葉を詰まらせる私……
そう、私のブレスレットには、一つの宝石も着いていない――つまり、試験は不合格だったのだ。
そして、落第の理由は二人の言う通り、クラスの虚偽記載。私の闘い方が、あまりにも魔道士らしくないという事らしい。
確かに、冒険者の昇格試験は、登録するクラスによって試験内容が変わるのだ。百歩譲って、それを納得するはやぶさかではない。
しかし……しかしだっ!!
不合格を告げられた時の状況を、もう一度思い出す私――
頬をヒクヒクとさせながら、引きつった笑みを浮かべる受け付けのお姉さん。
『ま、まあ、気を落とさずに……明日も試験はありますので、次は狂戦士で受験してみて下さい……』
と、そんな事を言いながら、最後まで私と視線を合わせず受け付けのカウンターへ、そっと不合格通知を差し出したのだった……
「くすん……言うに事欠いてバーサーカーって……こんな可憐な乙女を捕まえてバーサーカーって……」
「いや、アレはどう見ても狂戦士じゃったろ?」
『はい。完全に狂戦士でした』
うるさいよ、そこっ! 涙に濡れる乙女を慰めるつもりがないのなら帰れっ!
「ちくせう、ちくせうっ!! こうなったら、明日は弓兵で登録してやろうか? そして、バビロニアの宝物庫の如く武器を片っ端から錬成して、それを弓矢代わりに飛ばしまくって――」
「やめておけ。アレを弓兵と呼べるのは、あの独特な世界観の中だけじゃ」
呆れ気味に肩を竦めるタマモちゃん。
まあ、確かにその通りだけど……
「そもそも、和沙。お主は剣も使えるのであろう? おとなしく、剣士辺りで登録すればよかろう?」
「いや、確かに剣も使えるけど……ほら、女剣士って、こう……なんかクールなイメージでしょ? このごろ流行りの女の子で、おしりの小さい可愛い系な私のイメージじゃないというか、それはキャラが違うというか――」
まっ、その他にも、剣士を避けたい理由があるんだけど。
「あんな馬鹿デカイ斧を振り回しといて、キューティー系が聞いて呆れるわ……」
だから、それがギャップ萌えっ!!
ヒキヲタ気取っているくせに、なんでそれが分からないかなぁ~。
「まっ、なんでもよいわ。ワシはちと出掛けてくるぞ」
窓の外へと目をやっていたタマモちゃんは、おもむろに歩き出すと、後ろ手に軽く手を振りながらドアの方へと向かった。
「どこ行くの? もうすぐ、クリスちゃんが夕食の誘いに来る時間だよ」
「その夕食に誘われての。じゃから、天然小娘にはワシの分のメシはいらんと言うとってくれ」
「誘われたぁ~!? ちょっ! 誘われたって誰にっ!?」
とゆうか、コッチにクリスちゃん達以外の知り合いなんているの?
まさかっ、男かっ!? 抜け駆けかっ!? 私達の女の友情はそんなに脆い物だったのかっ!?
夕方の河原で殴りあったあと、日本に帰るまでは男を作らないとお互い硬い約束を交わしたのは、ウソだったのかぁぁぁーーっ!!
ベッドから顔を上げ、驚きの声を上げる私に、タマモちゃんは少しだけげんなりとした顔をして振り返った。
「そんな約束した覚えはないが……まっ、相手はハートさまじゃよ」
「はあぁぁぁ~っ!?」
更に驚きの声を上げる私。
ハートさまって、あのおデブの領主さま? まあ、男には違いないけど、そんな人が何で……?
私が訝しげに眉を顰めると、軽くため息をついてゆっくりと口を開くタマモちゃん。
「試験のあと、領主の使いのと名乗る者から言伝を受けての。何でもワシを、護衛として召抱えたいそうじゃ」
ああっ、なるほど。タマモちゃんを護衛としてスカウトしに来たって事ね。Sランクの冒険者ともなると、仕事も向こうからやって来るわけか……
まっ、お誘いして来たのが、あのおデブさんじゃあ全然羨ましくないけど。
「そんな仕事、受けるつもりなどないが、とりあえず話だけでもと晩餐に誘われての。仕方ないから、タダメシ食ろうて丁重に断ってくるわ」
うっ……
お貴族さまの晩餐は、ちょっと羨ましいかも……
「でも、大丈夫ぅ……? あのハートさま。ニコニコ笑って人が良さそうにも見えてたけど、その実ケッコー腹黒そうだったよ」
「ほおぉ、よお見ておるではないか。お主の人を見る目も中々じゃのう」
からかう様な笑みを浮かべるタマモちゃん。
そりゃあ、まあ……私も色々あったし、小さい頃から人の視線を気にして生きて来たからね。
「とはいえ、腹黒さならワシも負けておらんしの。それに、化かし合いでキツネがブタに負けては面目が立たんわ」
自慢する事じゃないと思うけど……まっ、そりゃそうか。
このキツネさんは、何千年も権力者相手に化かし合いをして来たわけだし。領主さまとて、口で勝てるわけがない。
だからと言って、力ずくでどうにかしようと思っても、それこそSランク冒険者を1ダース――いや、1ダースを10セットくらいは用意しないと歯が立たないだろう。
「じゃあ、行ってくるわ」
「はいはい、行ったんさい。お土産、よろしくね」
「一服盛られたメシでよければの」
冗談めかしてそんな事を言いながら、静かに部屋を後にするタマモちゃん。
てゆうか、鼻が利くんだから、盛られてない様なトコを選んで持って来てよ、まったく……
そんな事を愚痴りつつ、私は倒れ込む様に、再び枕へと顔を埋めたのだった。