第10章 試験開始 02
「す、凄まじい、闘いでしたね……」
「は、はい……さすがカズサさんの従姉です……」
玉藻前の圧倒的な強さに沸く観客席の中。クリスチーナとティアナは、驚きを隠せずに目を丸くしていた。
恐らく、観客の半数以上は、玉藻前がオークに嬲られる姿を期待していたはず。しかし、その期待をいい意味で裏切る凄まじい闘いに、観客達はそんな事などすっかりと忘れて盛り上がっていた。
そんな、異様な盛り上がりを見せる観客達の前に、玉藻の前と入れ違いで出て来たのは、クリスチーナとティアナのよく知る人物。
二人が彼女と初めて出会った時と同じ、少々奇抜な衣装を身に纏った常広和沙である。
「カズサさぁ~んっ、頑張って下さぁぁぁ~~いっ!!」
異様なほどの歓声の中、とてもその声が届く事などないと分かっている。それでもクリスチーナは、声を張り上げ和沙に声援を送った。
「えっ!?」
届かない。届くはずのない声援。
しかし、和沙はその声援に応えるように、コチラへと目を向け、大きく手を振ってみせた。
立ち上がり、無邪気に手を振り返すクリスチーナの隣――ティアナは驚きに言葉を失っていた。
「(本当に、彼女達は何者なのだ……?)」
※※ ※※ ※※
『本日最後の冒険者実地試験。Eランク冒険者カズサ氏の魔道士Sランク昇進試験を行います』
盛り上がる観客席からの声援を受け、闘技場を進む私。
昔の私はならきっと、こんな大観衆の前に出たら足が竦んでしまっていただろう。
しかし、AWSの被験者に選ばれ、大衆の前で闘う事はもちろん。プロパガンダ的にメディアなんかにも顔を出しているうちに、すっかり慣れてしまったようだ。
「まっ、素直に感謝は出来ないけどね……」
そんな事を思って苦笑いを浮かべる私に、思金からヘッドセットを通して声が届く。
『カズサ。左手32度。中段より四段上の席にクリスチーナとティアナの姿を確認。クリスチーナから、頑張って下さいとの事です』
思金の示す方へと目を向ける私。そして、群衆の中に周囲から若干浮き気味の上品なドレスを発見。純白のドレスを着たお嬢様が、口に手を当てて声を張り上げている姿が見えた。
この大歓声の中、とても私には聞き取れないけど思金にはちゃんと聞こえているようだ。
そして私が手を振ると、同じ様に手を振り返してくれるクリスちゃん。
「せっかく応援してくれているんだ。ちょっと気合入れて行ってみようか」
そう言って、左手のひらを右の拳でパチンっと叩く私。
そして、タマモちゃんの時と同様に、中央へ高い鉄柵が現れると、反対側の鉄格子が開いた。
一斉に鉄柵目掛け駆け寄るオークさん達。
更にタマモちゃんの時と同様、性欲丸出しで鉄柵に群がって、奇声を上げヨダレを垂れ流すオークさん達……
その醜悪な姿に、嫌悪感が湧き上がり全身に虫唾が走った。
うっわぁ……確かにコレは、もし××されそうになったら『くっ……殺せ』とか言いたくなるわ……
『さすが性欲の権化と言われるオークですね。女性と見れば、その容姿は関係ないようです』
「まったくだねぇ……おい、コラ。今、とんでもなく失礼な事を言わなかったかい?」
『いえ、別に』
まるで90年代のモロヤン顔でガンを飛ばす私。しかし、思金は、そんな私の身体を張った顔芸をアッサリとスルーしてくれやがりやがった。
『それで、何か武器は使いますか?』
「斧っ!」
スケバンな今の気分的には、桜の代紋が入ったヨーヨーとか使いたいところでだけど、さすがにこの人数を相手にするには分が悪すぎる。
『お、斧……ですか?』
「そう、私の身長より大きい戦斧――あっ、でも刃先は潰しておいてね」
いくら二次元で幾人もの姫騎士達を毒牙にかけ、孕ませまくった乙女の敵であるオークさんとはいえ、試験なんかで殺してしまうのは気がひけるしね。
「分かりました……構成原子の解析開始」
私は大斧の形状をイメージしながら、肩当てから伸びて来たグリップを掴むと、それを一気に引き抜いた。
粒子化された私の霊気が収縮し、イメージした通りの形状に固定される。
「お、おい……魔道士がバトルアクスだって?」
「とゆうか、あんな大きな得物を、あの小さな身体で振り回せるのか?」
「あんな重量武器を持っていたら、素早く動けないだろ? あっと言う間にオーク共に囲まれ、嬲り殺されちまうぞ……」
私の出した、ちょっぴりキュートなバトルアクスを見て、ざわつき始める観客席――
しかし、想像通りの反応に、私は口元へ笑みを浮かべた。
『試験のルールは先程と同じ、三十分以内にオーク100匹を殲滅、戦闘不能とさせる事。また、魔道士昇進試験の為、三十分のあいだ降参せずに生き残れば、それでも合格となります。また、試験開始前の強化魔法、遅延魔法、また呪文の詠唱は禁止です』
タマモちゃんの時とまったく同じルールの説明を聞きながら、私は大きく息を吸い込んだ。
まっ、タマモちゃんじゃないけど、三十分以内にオーク100匹討伐なんてぬる過ぎる。私の目標は、一分以内に全員を殺さず戦闘不能にさせる事だ。
ギルドの設定するイージーモードを、頭の中でハードモード――いや、エクストラハードモードに切り替える。
やっぱ、格闘ゲーマーとしては、このくらいの設定でないと燃えないっしょ。
腰を落とし、バトルアクスを構えて、鉄柵の向こうにいるオークさん達を睨みつける私……
『それでは、試験開始ですっ!!』
銅鑼の音と共に鉄柵が開き、オークさん達が一斉に向かってくる。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~っ!!」
私は、思い切り大地を蹴り、オークさんの群れ目掛け、一直線に向かって行った。