第10章 試験開始 01
試験開始のアナウンス、そして銅鑼の音と共に闘技場を仕切っていた鉄柵が開かれた。
同時に、妖艶な姿を晒しながら無防備に立つタマモちゃんの目掛け、オークさん達が一斉に襲いかかる。
「醜いのう……その様な下劣で醜悪な姿、見るに耐えんわ」
眉を顰めながら、オーク達に向けスッと右手のひらを差し出すタマモちゃん。
「群れねば何も出来んブタ共がっ! ワシに歯向かうなど千年早いわっ!!」
裂帛の気合一閃!
タマモちゃん差し出した手のひらから、巨大な炎の塊が一直線に伸びる。
「ぐわっ!」「ぐうっ!?」
その炎が、闘技スペースを囲む様に張られた障壁へと衝突し、障壁を展開していた魔道士さんが吹き飛ばされた。
「ふむ。あの程度の衝撃にも耐えられるとは……力加減が難しいのう」
「ってーっ!! タマモちゃんっ、やり過ぎっ!! もっと出力を落としてっ!!」
弾き飛ばされた魔道士さん達が慌てて立ち上がり、障壁を再展開させる姿に目をやりながら私は声を張り上げた。
「まっ、人間など何人死のうと気にはせんが、それで試験に落ちたらつまらんしのう。戦い方を変えるか――ちょうどいい具合に数も減ったし」
自称、穏健派妖怪さんは、何やら物騒な事を言いながら口角を吊り上げ、妖しい笑みを浮かべた。
突然の出来事に、静まり返る観客席と動きを止めるオークさん達。
そして、不敵に笑うタマモちゃんと、その観客席までの間にいたオークさんの群れは、モーゼの十戒の如く真っ二つに割れていたのだ……
いや、割れていたと言う表現は適切ではない。割れたのではなく、群れの中央部にいたオークさん達が――群れの約1/3が一瞬にして消失……ではなく焼失したのだ。
あまりの事に息を呑む観客席の皆さまと、怯える様な表情を見せる残りのオークさん達。
「まっ、元々この様な下賤の輩。ワシ自ら相手をするまでもないしのう」
そう言ってタマモちゃんは、肌蹴た胸元から二枚の御札を取り出した。
「うわっ……タマモちゃん、えげつなっ。とゆうか、おとなげなっ……」
ドン引きする私の前で、取り出した御札を飛ばすように『ふぅ』っと息を吹きかけた。
青白い発光と共に宙を舞いう御札。そして、その御札が地面へと落ちると同時に、そこから二匹のキツネさんが現れた。
深紅の炎を纏った、虎ほどはあろうかという二匹のキツネ――
いや、正確にはキツネが炎の纏っているのではなく、炎がキツネを象っているのだけど。
蘇る苦い思い出……
タマモちゃんとの最後の決戦。私と一緒に出動した学園の生徒達が――最新の退魔装備を施した名も知らぬ学友さん達が、あのキツネさんにたくさん殺されていたのだ。
乱戦だったので正確な数は分からないけど、少なくとも三年生達、二クラスほどは、確実にこの二匹のキツネさんに壊滅させられていたはず……
思い出と言うには最近の出来事過ぎるけど、苦い記憶には違いない。そんな記憶を引きずり出されて、私は思い切り顔を顰めた。
ただ、私の顰め顔とは対象的に、妖しく冷たい微笑みを見せるタマモちゃん……
「さあ、征くがよい、狐火達。醜い豚どもを消し炭にしておやり」
タマモちゃんの合図と共に、走り出すキツネさん。
そしてオークさん達は、キツネさんの牙、そして爪に触れただけで激しい炎に巻かれ、次々に燃え上がっていく。
「ふふふ……さすが、脂の乗った豚どもじゃ。よお、燃えよるわ」
恐怖に逃げ惑うオークさん達。しかし、狭い闘技場では、素早く疾走るキツネさんから逃げ切れる訳もなく、次々にその炎の餌食とされていった。
中には最後の抵抗とばかり、手にする剣を振るう者もいるけど――
「まっ、火を斬れるわけがないよね……」
実体のない炎の塊である、タマモちゃんの狐火。オークさんの振るう剣は、何事もない様にキツネさんの身体をすり抜けていくだけだった……
「ホント、おとなげないんだから……」
私がポツリと呟くと同時に、二匹のキツネさんは最後に残ったオークさんへと襲いかかる。
成す術もなく炎に巻かれ、一瞬にして消し炭と化すオークさん。
あまりに現実離れした光景に静まり返る観客達を前に、二匹のキツネはタマモちゃんの元へと戻り、すぅ~っとその姿を消した。
「さて、試験官の方? これで試験の方は終了でよろしいですか?」
外面の良さ全開なタマモちゃんのよく通る声が、静かな闘技場に響き渡る。
キツネのくせに猫かぶってんじゃないよ、まったく。
『し、失礼しました。タマモさん、魔道士Sランク試験終了です』
アナウンスのお姉さんの拡声された声と共に、歓声が湧き上がる観客席。
『試験終了までの所要時間、1分12秒っ! Sランク試験の最短記録を大幅に更新しましたっ!!』
拍手と歓喜の声に包まれながら、タマモちゃんは優雅に一つ頭を下げると上品な足取りでコチラへと戻って来る。
「おとなげな……」
私のジト目のこもった第一声に、肩を竦めるタマモちゃん。
「そう言うな。ワシも全盛期の二割の魔力でやっておるのじゃ。とても手加減など出来る余裕などないわ」
ウソつき! とても余裕のないような闘いじゃ無かったよ! 余裕の塊だったよっ!!
「お主こそ、余裕をかまして足元を掬われんようにのう。『くっ、殺せ』とか言い出しても、ワシは助けんからな」
「大きなお世話です。てゆうか、悪いけどタマモの出した最短記録。早々に塗り替えさせても貰うから」
「そのようなモノに興味はないわ。好きにするが良い」
ヒキヲタを気取っているくせに、最短記録に興味がないとか、ゲーマーの風上にもおけねぇ!
見ておれよ、タマモちゃんのタイムが1分12秒なら、私は秒殺してくれるわ。
そう決意して、私は闘技場へと足を踏み入れた。
『そう、私達の闘いは、これからじゃ』
てぇーっ! わざわざ念話を使って、不吉な事を言うなっ!!
まだ、終わらないからねぇ~っ!!