第9章 魔法少女 02
「どうにか座る事が出来ましたね、お嬢様」
「はい」
ほぼ満員の観客席。どうにか二人分の席を確保したティアナとクリスチーナは、ホッとひと息つきながら腰をおろした。
観客達が総立ちで、大型獣と大剣を持つ剣士に歓声を送る中、二人は静かに辺りを見渡していた。
石造りの円形闘技場。観客席の最前列には、一定間隔ごとに魔道士を配置して魔力障壁を張り、観客席へ被害が出ない様になっている。
「でも、凄い人気ですわね……毎回、この様に賑わっているのでしょうか?」
あまりに人混みに慣れていないクリスチーナは、その熱気に当てられ、若干顔を青ざめさせながらポツリと呟いた。
「いえ、いつもは、この2/3くらいだそうです」
「そうなのですか? ではなぜ……?」
「それは……カズサ殿とタマモ殿のせいらしいです」
二人のエントリーを代わり済ませたティアナ。その足で、街を周り軽く少し聞き込みをしていたのだが、そこではカズサ達の冒険者試験の噂が一気に広まっていた。
どこから漏れたのか、エントリーからわずか数十分で街中に広まった噂話し……
そもそも、Sランクの受験者など年に数人しかいない。それだけでも話題性としては十分だ。そこに来て、その受験者と言うのが女性。
しかも、玉藻前に限っていえば、昨日から街中で噂になっていたらしい。
見た事もない妖艶な装いに、あの美しい容姿だ。それも当然なのだろう。
そして、Sランクの試験と言えば、合格率二割を切る最難関。その落第者の殆どがモンスター達に嬲り殺されているのだ。
そう、ここにいる殆どの者は、和沙と玉藻前がモンスターに嬲られる姿を観に来ているのである。
そんな事を考え、ティアナは周りの男達を忌々しげに睨みつけた。
「なるほど……そう言うことですか……」
「はい……」
ティアナの少ない言葉から、全てを察したクリスチーナ。
まだ幼さの残る年齢に対して、大人顔負けの聡明さ……
その、一を聞いて十を知る聡明さがあったればこそ、今回のお忍び旅行が決行されたという事をティアナは改めて実感した。
「でも、皆様方には残念ですが、恐らく――いえ、絶対に、その期待に添うような事にはなりませんわ」
「はい。あのお二人なら、必ずや」
「そして――――貴方の思う様にも、もうさせません」
そう言って、クリスチーナは厳しい目付きで正面を見据えた。
その視線の先――反対側の観客席の貴賓席に座る、大きなお腹を張り出した人物を睨みつける様に……
『続きまして、冒険者実地試験。Eランク冒険者タマモ氏の魔道士Sランク昇進試験を行います』
魔力で拡張された声が闘技場へ響くと同時に、今までにない程の歓声が湧き上がった。
そして、闘技場の左右を分ける様に、高い鉄柵が現れる。
その鉄柵に区切られた右手側、入場門が開かれ白い着崩した着物の女性――玉藻前が姿を見せた。
冷やかしや蔑みにも似た歓声の中を、長い黒髪を靡かせ優雅に進む玉藻前。
「タマモさぁーーん! 頑張って下さいぁぁぁーーいっ!!」
大きな声を張り上げるクリスチーナ。
しかし、この大歓声の中にあっては、カキ消され彼女の耳までは届くまいとティアナは思っていたが――
「えっ?」
玉藻前は、この群衆の中から瞬時にクリスチーナとティアナを見つけだし、こちらに顔を向けると上品に微笑んで見せた。
「(本当に、彼女は……いや、彼女達は何者なのだ……?)」
驚きと訝しみ、半々がこもった目を玉藻前へと向けるティアナ。
『そして、タマモ氏の試験相手はコチラッ!』
アナウンスと共に、左手側の通用門が開かれ、簡易な革鎧と使い古した様な剣を持つ者達が一斉に飛び出して来くる。
中央に敷かれた鉄格子へ群がるように張り付き、奇声を上げながら玉藻前へと飛びかからんとする、異形の者達……
その現れた異形の者達に、更に熱気が上がり爆発するほどの歓声に包まれた。
が、しかし……
逆にクリスチーナとティアナは、目を見開いて一気に顔を青ざめさせた……
「ば、馬鹿な……女性冒険者の試験にオークが相手だと……」
繁殖力が強く、性欲の権化とも言えるオーク。
女性冒険者の試験でオークとの対戦など、ティアナは聞いた事が無かった。
それでも、冒険者とて外へと出れば、一人でオークの群れに出会う事がないともいい切れない。前例はないが規定違反には当たらないだろう。
ただ……
「それだけではありません。ティアナ、彼らの手首を見て下さい」
「えっ? 手首で――なん……だと……」
クリスチーナの言葉に従い、ティアナはオーク達の手首に目を向ける。そして、そのあり得ない光景に、彼女は一瞬言葉を失った。
ティアナの視線の先、クリスチーナの言うオーク達の手首には、揃いの腕輪が嵌められていたのだ。
「魔道士の試験で、相手に魔除けの腕輪……これは、明らかに冒険者試験の規定に違反しています」
確かに、一人でオークの群れに出会う事がないともいい切れない。しかし、知能がそれほど高くないオークが、群れ全員に魔除けの護りを着けているなどという事は、まずあり得ない。
「おのれ、ハート伯爵……どこまでも、卑劣な真似を……」
ティアナは、反対側の貴賓席で下卑た笑みを浮かべる男――ハート伯爵を、忌々しげに睨みつける。
これは明らかに、試験と見せ掛けて彼女を嬲り殺しにする為のもの。そして、集まっている観客もそれを観に来ているのだ。
ハート伯爵が、私腹を肥やす為――闘技場へ人を呼ぶ為の見せ物。恐らく、試験の噂を流したのも彼であろう。
その考えに至り、ティアナは悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「しかし、今回ばかりは、相手が悪かったようですよ、伯爵――」
「お嬢様……?」
ティアナとは違い、闘技場の右端――先程、玉藻前が出て来た通用門に目をやっているクリスチーナ。
今は鉄格子が降ろされているけど、その格子の向こうには彼女のよく知る女の子の姿が見える。
彼女に――クリスチーナに初めて出来た同年代の友達。常広和沙の姿が……
「今は、彼女達を信じましょう」
「はい、お嬢様」