第9章 魔法少女 01
「では、コチラに必要事項の記入をお願いします」
役場で身分証を発行した私達。早めの軽い昼食を済ませ、冒険者ギルドの受け付けへとやってきた。
私達が身分証を受け取るまでの間に、ティアナさんが冒険者試験のエントリーを済ませておいてくれたので、後はこのエントリーシートに記入して出番を待つだけなのだけど……
「むむむっ……読めんっ!」
受け付けのお姉さんから受け取った羊皮紙を見て、思いきり顔を顰める私……
そこに書かれていたのは、アルファベットの様に単純な文字ではなく、かと言って漢字ほど複雑な文字でもない。
全くの初めて見る文字だ。
「まったく、この娘は……」
インクの着いた羽ペンを手に困り果てていると、早々に記入を終えたタマモちゃんが横からスッと、私の記入用紙を奪い取った。
「え、え~と……タマモちゃんは、読めるの?」
「まあのう。昨日は、お主らと出会う前に図書館も回っておったからのう。そこで、だいたい覚えたわ」
ぐぬぬ……
私達なんて、英語すら殆ど読めないというのに……
「して、お主は何のクラスで登録する?」
「んっ、クラス? 一年三組」
即答する私に、思いきりジト目を向けるタマモちゃん。
そんな目をしなくても、分かってるよ。純情乙女の小粋なジョークだよ。
そう、ここで言うクラスとは職業の事。
今朝、ティアナさんも言っていたけど、この登録するクラスによって戦う敵も変わってくるのだ。
ちなみに、そのティアナさんとクリスちゃんはと言えば、一足先程に闘技場の方へ向かい、観客席から応援してくれるそうである。
「クラスねぇ……魔法少女なんていうのは無さそうだから、やっぱ魔法使いとか魔道士とかかな」
『えっ!?』
「はぁ!?」
私の答えに素っ頓狂な声をあげる、思金とタマモちゃん。
『本当に、それで良いのですか?』
「えっ? 何か変かな……?」
『い、いえ……カズサがそれで良いのであれば、構いません』
「あ、ああ……まぁ、そうじゃな……それと、魔法使いと言うのも無い様じゃから、魔道士にしておくぞ」
「んん?」
二人の態度が腑に落ちず、私はキョトンと首を傾げる。
「はい、承りました。では、右手の扉から置くに進んで下さい。通路を進みまして、左手にある最初の扉が控え室。そのまま進むと闘技場になってます」
エントリーシートを提出して、受け付けのお姉さんの言う通りに通路を進む私達。お姉さんが言った通り、左手に控え室の扉が見えて来たけど……
「ねぇ、タマモちゃん。ちょっと、闘技場も覗いてこようよ」
「ん? そうじゃな。順番までボケっと待っておるのも退屈じゃし、他の者の闘いを見るのも一興かのう。それに、この街の領主とやらの顔も見ておきたいしの」
そう言って私達は控え室を通り過ぎ、そのまま通路を直進した。
ちなみに、タマモちゃんの言う、領主の顔。さっき、お昼ごはんを食べている時に他のお客さんが話しているのを聞いたのだけど、冒険者の試験には、毎回領主さまも観に来るそうなのだ。
確か、名前はハート伯爵さま。どんな人なのだろう?
クリスちゃんといい、ティアナさんといいい、私の知るお貴族さまは美系率が高い。
この流れで行けば、やはり美系のイケメンの可能性が高いはず。
しかるに、試験でいいところを見せれば、私の美しく優雅な闘いっぷりに一目惚れして玉の輿なんて事にも…………ぐへへへへっ。
『カズサ……妄想が、ダダ漏れです。そして、よだれは拭いてください』
おっと、イケねぇ……
私が手の甲で口元を拭っていると、観客達の歓声と共に大きな鉄格子の門が見えてきた。
なるほど。順番が来たらこの門が開いて、ここから闘技場に入るわけか。
頑丈そうに出来た鉄の格子を見回しながら、小走りに近寄る私。
「うわぁ……」
鉄格子越しに見える風景に感嘆の声が上げる。
ローマのコロッセオみたいな円形の闘技場。観客席は、ほぼ満員。そして、彼らの視線の先では甲冑姿の男の人が、インド象ほどはあろうかという大型のモンスターと戦っていた。
紫紺の毛を生やし、大きな角を持つイノシシみたいなモンスター。
「有名RPGに出てくるベヒモスさんに似てるね?」
「名称は知らんが、似た様なもんなんじゃろ」
そんな、ベヒモスさん(仮)と戦っているのは、フルプレートメイルに大きな剣と楯を持つ、厳つい顔のおじさん。
ベヒモスさん(仮)の攻撃を巧みに躱しながら、着々とダメージを与えている。
「一人で戦っておると言う事は、Aランクの試験かのう?」
一人で複数のモンスターと戦うという、Aランク以上の試験。怒り狂い襲いかかるベヒモスさん(仮)の後方には、4匹の仲間が息絶えた様に横たわっているのが見える。
どうやら、あの一匹がラストのようだけど……
「まっ、優勢ではあるし、あのまま闘っておれば負ける事はないじゃろうが――あの程度の動きでAランクとはのう」
呆れ気味に肩を竦めるタマモちゃん。
だから、自分を基準に考えちゃダメだって……
「てゆうか、そんな事より、玉の輿――じゃなくて、ハートさまは? ハートさまは何処にっ!?」
試験そっちのけで、観客席を見渡す私。
「ん? アレではないか?」
「どれっ!?」
タマモちゃんの指差す方――私達から見て右手の観客席にある、まるでVIPルームの様に隔離された一画へ、期待に満ちた目を向け……
「………………」
「………………」
「………………てゆーか、まんまハートさまだね、アレ」
「………………うむ。世紀末に出てくる様なハートさま、そのものじゃな。アレは」
ビミョーな表情で、仮にも領主のお貴族さまを『アレ』扱いの私達。
期待から一転。テンションだだ下がりな私の目に映るのは、上品な服がはち切れんばかりに張り出した大きなお腹。どこにあるのか分からないクビに巻かれたスカーフ。そして、細い目を更に細めてニコニコと笑うスキンヘッドの人物。
とゆうか、人物? いや――
「とりあえず、私の中では人類としての認識からは外れたわ……」
「ちょっと待て。妖かし側とて、あの様な醜い肉塊はいらんわ。責任持って、人類側で引き取らんか」
「ええぇぇ……」
心底、不服そうな表情を浮かべる私。いや、不服そうではなく、大いに不服なんだけど。
てゆうか、妖怪さん達の中には、アレよりもおデブさんがいるでしょうに……
「とりあえず、控え室に帰ろっか?」
「そうじゃな」
がっくりと肩を落とし踵を返す私達。するとその後ろで、ひときわ大きな歓声が上がった。
多分、プレートメイルのおじさんが、ベヒモスさん(仮)を倒したのだろうけど……まっ、どうでもいいや。