第8章 冒険者 02
「お話は分かりました。そして今、この様なお話をするという事は、この街がその闘技場のある街で、すぐにでもその試験が受けられるという事でしょうか?」
「タマモ殿の慧眼、感服致します」
「はい。タマモさんの仰る通り、この街には闘技場があります。そして、冒険者の試験はいつでも受けられるという訳ではなく、満月の日とその前後一日だけ。そして、ちょうど折よく今宵は満月――つまり直近の試験日は、昨日、今日、明日の三日間なのです」
「もし、お二人にその気があるのでしたら、ぜひ協力をさせて頂こうと思いまして」
「ええ。カズサさんには、返し切れないご恩がありますし、なによりお友達ですから」
穏やかな口調で話すティアナさんと、ニッコリと微笑むクリスちゃん。
確かにこの話――今の私達に取って、とてもおいしい話ではある。おいし過ぎて、もし知らない会社からの掛かって来た電話で聞かされていたのなら、何も言わずにガチャ切りするレベルだ。
しかも……
『ウソを言うておる様には見えんのう』
そう、二人からは、まったくウソの気配は感じられない。それに私だけならともかく、隣に座るウソの達人まで騙すほどの演技力は持ち合わせていないだろう。
まっ、そもそも、あの世間知らずなクリスちゃんに、真面目を絵に描いた様なティアナさんが人を騙すなんて出来る訳が――
『しかし、ウソはついておらんでも、別の思惑はありそうじゃな』
えっ?
口元に手を当て、考え込む素振りを見せながら呟いたタマモちゃんの言葉に、私は一瞬耳を疑った。
別の思惑って……
『今の話、全てが本当の話であり、協力すると言うのも本心じゃろう。じゃが、全てを語ってはおらん。意図的に何かを隠しているようじゃ』
そう断言するタマモちゃん。
数千年の間、時の権力者達に寄り添いながら人の裏側を見続けたタマモちゃんの言葉だ。恐らく間違いはないのだろうけど……
その隠している事って、何か分かる?
『そこまでは分からん……じゃが、悪意などは全く感じられん。恐らく、ワシらが試験を受ける事で、彼奴らにも何かしらの利が――いや、違うな。彼奴らは彼奴で、闘技場なり試験なりに、何か秘密にしたい用事でもあるのじゃろう。じゃからそのついでに誘ったか、あるいは内緒で動いてワシらにその事を突っ込まれるのを恐れたか……まあ、そんなトコじゃろうよ』
なぁんだ……まあ、別に騙そうとしてるわけでも、私達に危害を加えようというわけでもないなら問題ないや。
とゆうか、さっきの会話だけでそこまでは分かるとは……
タマモちゃん……恐ろしい子……
『なんじゃ? グラスの仮面は読んでおらんかったのではないのか?』
えっ? コレって元ネタは、グラスの仮面なの?
『知らんで使っておったのか。まったく……これじゃから、ゆとり娘は……』
ぐぬぬ……てゆうか、学校には行かないで引きこもっていたから、ゆとり教育は受けてないしっ! ゆかり教育なら受けたけどっ!!
『自慢出来ることか、それは……? そも、ゆかり教育は18歳未満が受けていいのもんじゃ無かろうろよ?』
…………………………てへっ♪
『てへっ♪ ではない、戯けがっ! 良い子が真似したらどうする気じゃ? だいたい、お主は――』
悪の軍団の元頂点から、公序良俗についてお説教される私っていったい……?
とりあえず、良い子は真似しないで下さい。ゆかり教育は、18歳になってから。おねえさんと約束だっ!
『まあよい。、それはともかくじゃ。この話、どうするよ?』
どうするって……悪意がないなら断る理由はないと思うけど。
『違いない』
アイコンタクトならぬ、念話コンタクトで意思を確認する私達。
タマモちゃんは、二重人格ばりの外面の良さで上品に微笑み、クリスちゃんにそっと頭を下げた。
「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」
「はい。試験、頑張って下さい♪」
試験かぁ。試験というとイヤな思い出しかないけど、今回のはどちらかと言えばスポーツテストに近い感じで、ちょっぴり楽しみだな。
「ときにティアナさん。参考までになのですが、Sランクの試験ですと、どの程度の敵と戦う事になるのでしょうか?」
「えっ? ま、まさか……いきなりSランクに挑むおつもりですか?」
「はい。そのつもりです」
何事もない様に肯定の言葉を発するタマモちゃんに面食らい、目を丸くする二人。
まっ、タマモちゃんは武闘派には見えないし。それどころ、見てるだけなら深窓のご令嬢に引けを取らないくらいにお上品な雰囲気だし。
「し、失礼……そうですね。どの職業で登録するかにもよりますけど、例えば剣士などでしたらファングウルフ50匹を15分以内にと言うと所でしょうか」
『ファングウルフとな……? お主は知っておるか?』
ティアナさんの口から出た固有名詞に、表情を崩す事なく念話で尋ねるタマモちゃん。
その問いに、私はファングウルフさんの特徴を思い出して行く。
え~と……牙が二本だけムニョ~ンと伸びた狼さん。
『ほうほう』
そんで、思金が言うには、虎くらいの強さだって。
『虎ぁ? 虎とは普通の虎か? 白虎なぞじゃのうて』
いやいや、四神50匹を15分で倒せる人類なんて存在しないから……
ちなみに四神とは、中国の神話に出てくる、天の四方を守る聖獣で、北を護る玄武、南を護る朱雀、東を護る青龍、そして西を護る白虎の事である。
まあ、普通の虎というか……アムール虎と同じくらいだって。そんで、クリスちゃん達が私を命の恩人とか言ってるのは、その狼さんの群れに襲われている所にちょうど出くわして、私がそれを追っ払ってあげたからだよ。
その群れも確か、50匹くらいじゃなかったかな?
『はい、52匹です。ちなみに所要時間は、二分四十二秒でした』
『なんとまぁ……散々と驚かすもんじゃから、どんな試験かと思っておれば、随分とぬるい試験じゃのう』
そりゃあ、魔王みたいなタマモちゃんから見ればそうでしょうよ。
「では、朝食を済ませましたら、役場の方に出向いてカズサさん達の身分証を発行してもらいましょう。ティアナ、発行の手続きが済んだら、出来あがるまでの間に冒険者試験の手続きをして来て下さいな」
「かしこまりました、お嬢様。役場とギルドは隣の建物のようですので、すぐに行って参ります」
「よしなに」
「よろしくお願いします」
本日のスケジュールも決まり、色々と動いてくれる事になったティアナさんに、タマモちゃんと私は揃って頭を下げた。
てゆうか、仮にも侯爵家のご令嬢に、こんな使い走りみたいな事をさせてもいいのだろうか……