第7章 イメージ 02
「のう、和沙よ。お主、ワシに最後の攻撃を仕掛ける間際、そこの思慮の知有る神より、異世界に飛ぶかもしれぬと聞かされたのではないか?」
「えっ……? う、うん……聞いたけど……」
「なれば、それを聞いてどう思うた?」
「ど、どうって……」
私は、あまり思い出したくない敗北の記憶を、頭の隅から引っ張り出していく。
「異世界に行って、人生をやり直すというのも面白いかもしれない……とか?」
「面白いかもしれない……か。違うな」
「ち、違うって……何が?」
「確かに、思い浮かべたのはその程度の感情だったのかもしれん。じゃが、蔑まれ、忌み嫌われながら生きて来たお主じゃ。深層意識では人生をやり直したいと、強く望んでおったはず」
「………………」
見透かした様な事を言うタマモちゃん。
しかし、私にはそんなタマモちゃんへ返す言葉が見つからな――いや、見つからないんじゃないな。返す言葉がないんだ。
正に、妖狐九尾の狐――玉藻前の言う通りなのだから……
私の無言を肯定と受け取ったのか? タマモちゃんは何事もない様に話を続けていく。
「そして、異世界と聞いたお主が、深層意識で描いたのがこんな典型的な異世界――いや、お主だけではない。時空に歪みが生まれ、そこへ飲み込まれておる時、ワシ自身も異世界へ飛ばされるのかと思うた。まっ、ワシは異世界に行きたいなどと望んではおらなんだがな。しかし、その時に思い描いた異世界とは、やはりこんな世界じゃった」
つまり、この世界は異世界に飛ばされる時に、私とタマモちゃんが想像した世界観そのままの世界という事か……
「ましてや和沙。お主がその首飾りの使い手に選ばれたのは、霊力が高いからだけでなく物事を素早く正確に、そして明確にイメージする能力が飛び抜けておる所じゃろ? 更にその首飾りには、そのイメージを増幅させ伝達――」
『つまり、何が言いたいのですか、玉藻前? まさかこの世界が、アナタとカズサの空想が造った世界だと言う気ですか?』
ここまで、静かに話を聞いていた思金が、タマモちゃんの話を遮る様に口を挟んだ。
AIに近く、常に冷静沈着だった思金。その思金が、まるで苛立ちを隠す様な強い口調の言葉を発した事に私は目を丸くする。
「まさか。その様な事は言いわせんよ。というより、其方もワシの言いたい事に気が付いたのではないか?」
『確かに、アナタの言いたい事は理解出来ました』
「それにしては、随分ご機嫌斜めではないか? ワシの言いたい事が理解でき、それに気付かなんだ己を恥じておるのかえ?」
『何とでも言って下さい。ワタシは常世思金神の知識と能力を受け継いでいるとはいえ、人工的に作られたデバイス。恥などという感情も概念もありません』
と言いながら、とても不機嫌そうに話す思金。
てゆーか、思金が言い負かされるとか初めて見た。さすが、人を騙して数千年。妖狐九尾の狐さんだ……
でもでも……思金はタマモちゃんの言いたい事が理解出来たみたいだけど、私は全く理解が出来ていないんですけど……
そんな、心の声が届いたのか。タマモちゃんは、軽く肩を竦め、ゆっくりと口を開いていく。
「まっ、結論から言えば、ワシとお主は偶然この世界に飛ばされたのではなく、ワシとお主の描くイメージがその首飾りにより増幅され、数多ある平行世界からそのイメージに近いこの世界を引き寄せたのじゃよ」
「!?」
タマモちゃんから告げられた現実に、私は驚き目を見開いた。
私とタマモちゃんが……引き寄せた……?
そんな事が可能なの? いや、でも……0.000000001%を引き当てたなんて言われるよりは、現実味があるかもしれない。
てことは、つまり――明確で正確にイメージが出来るのならば、逆も可能。日本へ帰る事も可能ということか。
『とはいえ、可能性として低くはありませんが、まだ仮説の段階です。実証する証拠はありませんし、検証も必要です』
「検証などワシの魔力が回復するまでにすれば良い。どうせすぐには回復せんのじゃから――」
なるほどね……
とにかく、これで方向性は決まった。あとはタマモちゃんの魔力をどうやって回復させるかという事だけど――
「……サさん。え~と……カズサさん? 聞いておりますか?」
「えっ!? は、はいっ! とても美味しいです」
朝食を食べながら、昨夜の話し合いを思い出していた私。
不意に名前を呼ばれている事に気付き、慌てて返事を返した。
「何が『美味しいです』ですか、和沙? せっかくクリスチーナさんが、わたくし達の為にお話をして下さっているのですから、真面目に聞きなさい」
そんな事を言いながら、私の頭をポカリっと叩くタマモちゃん。
ぐぬぬ……
なんだ、この二重人格並みの外面の良さは? ホントにあの性悪キツネと同一人物か……?
『上流階級の人間に取り入るのは、ワシの十八番じゃからのう。このくらいの演技なぞ、造作もないわ』
わざわざ、念話なんてしてこなくても知ってるっちゅーねんっ!
タマモちゃんの念話に対して、心の中でツッコミを入れる私。
ただ、そんな私に対してタマモちゃんは、一瞬だけ口元に不敵な笑みを浮かべた。
「返事はどうしました、和沙? それと、クリスチーナさんに、きちんと謝罪をなさい」
ぐぬぬぬぬ……
確かに、話を聞いて無かったのは事実だし、言っている事は正論だけど、この腹黒キツネに正論で殴られるのは、ムショーに腹が立つ。
「まあまあ、タマモさん。わたくしは気にしておりませんので、あまり怒らないであげて下さい」
「ええ。カズサ殿も、慣れぬ環境にお疲れなのでしょう」
「本当に、不調法者で申し訳ありません……この子ときたら、いくつになっても子供なのですから……」
って、アンタは私のオカンかっ!?
などと声を上げられる雰囲気でもなく、お上品な会話に違和感なく溶け込むタマモちゃんを、私は頬を膨らませながら横目で睨み付ける。
「フフフッ。お二人は、本当に仲がおよろしいのですね」
クリスちゃん。本当にそう見えるなら、一度眼科に行った方がいいよ。この世界に眼科があればだけど。
「はい。家庭の事情で、ずっとこの子の姉代わりをしておりましたから。小さな頃は『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と言って、ずっとわたくしの後を付いて回っていたのですよ」
「まあ♪」
「フフッ、微笑ましいですねぇ」
タマモちゃんの作り話に笑みを浮かべる二人を前に、隣に座る私の頭をそっと抱き寄せるタマモちゃん。
「ええ。ホント、昔から甘えん坊でした」
誰が甘えん坊だっ!? さっきから、適当な設定を盛りまくりおってっ!!
そして、SAN値が下がるから、横乳を頬に押し付けるなっ!!
『何を言う。本来なら金子を取ってもよいくらいじゃぞ。ワシの乳房には、金子どころか国を丸々差し出す男子もおったというに……』
くっ……も、もぎたい……今すぐにでも、もぎ取ってやりたい……
「さて、この子も照れておりますゆえ、昔話はこの辺でご容赦を」
照れてないっちゅーねん!
「はい。続きは、また今度お聞かせ下さい」
「是非に。では、クリスチーナさん。申し訳ありませんが、冒険者の件から、もう一度ご説明を願えませんか?」
「かしこまりました――」
再び、よく通る綺麗な声で、ゆっくりと語り始めるクリスちゃん。
聴き逃して、またイジられるのも勘弁なので、私は静かにその話へ耳を傾けた。