第7章 イメージ 01
「カズサさん。冒険者の資格を取る気はありませんか?」
明けて翌日の朝。一緒に朝食を取っていたクリスちゃんが、突然そんな事を言い出した。
私とタマモちゃんの身分証についての話をしていて、その流れで出て来た冒険者の話題。
昨日は街についてすぐにゴタゴタを巻き込まれ、身分証を作るヒマが無かった私。その事を思い出し、私から振った話題なのだけど――
『カズサ。人のせいにするのはよくありません。昨日のゴタゴタ――街壁前全裸事件は巻き込まれたのではなく、明らかにカズサが主犯です』
う、うるさい……そして、妙な事件名を付けるな。
心の中で思金にツッコミを入れながらクリスちゃん、そしてティアナさんの話しに耳を傾ける私。
でも、冒険者……冒険者の制度があるのか……
やっぱり、タマモちゃんの仮説が正しいのかもしれない。
私は昨夜の話し合い――日本へ帰る方法を探すと決めた後に話し合った内容を思い出す。
『それで、玉藻前。一口に日本に帰ること言いますが、何か手があるのですか?』
「ふむ。さしあたっては――ワシの魔力を回復させる事じゃな」
「『!?』」
傾国の大妖怪から出た言葉に、私と思金は一気に警戒を高める。
現状――今のタマモちゃんなら、戦闘になっても負ける事はないだろう。
つまり、現状では私の方が優位な状態で話し合っているけど、もしタマモちゃんの魔力がコチラに来る直前の状態まで戻れば、その立場は一気に逆転――
「そう警戒するな……ワシの状態が完全に戻っても、お主の優位は変わらんよ」
「え?」
「そうであろう? 常世思金神よ?」
キョトンと目を丸くする私をスルーして、私の首に掛かるペンダントへと話を振るタマモちゃん。
『確かに……正面からの戦いであれば、コチラの優位は変りません。しかし、何かしらの策略を巡らせて来るのであれば、その限りではない』
「ふふふ……いかない妖狐のワシとて、思慮の知有る神たる其方を出し抜き、欺けると思うほど自信家じゃありはせんわ」
互いを牽制し会う様に話す二人……
私は、そんな二人の間に、慌てて割って入った。
「いやいやっ! 完全状態のタマモちゃんに、私コテンパンだったじゃん。しかも、切り札だった草薙の剣もないしっ!」
更に言えば、バックアップしてくれる司令部もないのだ。これでは、勝負にすらなりはしない。
しかし、思金は私の考えを即座に否定する。
『いえ、カズサ。前回とは状況が全く違います』
「それは分かってるよ! そして、前回よりも不利な状況だよっ!!」
『いえ、前回よりも圧倒的に有利な状況です』
「何処がっ?」
『マナの濃度がです』
えっ……
『コチラに来てすぐ、カズサ自身も思ったはずです。このマナの濃度なら、玉藻前に勝てたと』
思金の言葉を受け、コッチに来て初めてAWSを起動させた時に考えた言葉が私の頭を過ぎる。
――日本にもこれくらいたくさんのマナがあれば、玉藻前にも勝っていたかも……
た、確かに、そんな事を考えていた。
「まっ、逆に魔力を糧とするワシに、このマナは鬱陶しいばかりじゃがな」
寄ってくる羽虫でも追っ払う様に、タマモちゃんは眉を顰めて顔の前で手を振っていた。
「つまり、タマモちゃんが完全体になっても、私に分があるって事?」
「完全体って――ワシを人間を吸収して強くなる人造人間みたいに言うでないわ」
更に眉を顰めるタマモちゃん。
さすが、私と同じ引き篭もり。押さえるべき作品は、ちゃんと押えている。
『とはいえ、魔力を回復させてどうするつもりですか? 今の状態ならともかく、魔力が回復したアナタを日本に連れ帰る訳にはいきませんよ』
「それは問題ない。コッチの世界に飛ばされた原因――ワシと和沙の魔力衝突を再現させるつもりでおる。そうなれば、ワシの魔力は今の状態程度に戻っておるじゃろう」
魔力衝突の再現……?
ま、まあ、同じ事をすれば、回復させた魔力も今くらいまで戻るだろうけど……
『まさかと思いますが、玉藻前……アナタの考える日本へ戻る方法とは、それなのですか?』
「そうじゃ」
思金の問いに、あっけらかんと答えるタマモちゃん。
ただ、その答えには思金だけでなく、さすがの私もガックリと肩を落とした。
「タマモちゃん……さすがに、そのやり方には無理があるよ……」
「何故じゃ?」
「何故って……多分、魔力を衝突させれば、時空に歪みは出来ると思うけど、その出口がたまたま日本に繋がるなんてあり得ないよ」
『めずらしく的を射た、カズサの意見に同意します』
めずらしくは余計だよ!
『日本から飛ばされた後、無限とも言える平行世界の中で、人間が生命を維持出来る空間に出る事が出来たこと自体が奇跡に近い。なのに、同じやり方でピンポイントに日本に戻るなど、まず不可能です』
そう、奇跡――
思金によれば、無限にある平行世界で、人間の生命が維持出来る世界は0.000000001%しかないと言う。
それを引き当てただけでも奇跡なのに、その無限にある平行世界から、逆に私達の暮らしていた日本に戻る可能性などどのくらいあるか想像も出来ない。
いや、0.000000001%の時点で想像も出来ないけど。
しかし、タマモちゃんは、そんな私達に対して呆れる様に肩を竦めた。
「やれやれ……思慮の知有る神よ。ワシは少々、其方を買い被っておったようじゃ……」
『何が言いたいのですか?』
明らかに侮辱……いや、挑発する様な言葉に対して、あからさまに不満の声を漏らす思金。
ただ、タマモちゃんは、そんな思金をスルーして私の方へと目を向けた。
「のう、和沙よ。お主、この世界に来て、まず何を思った? いや、この世界の事をどう思う?」
「どうって……?」
タマモちゃんの漠然とした質問。
そんな聞き方をされれば、当然コチラも漠然とした答えしか返せない。
「典型的なファンタジー世界……かな」
「典型的のう……」
私の返す漠然とした答えに、ニヤリと口角を吊り上げるタマモちゃん。
「正にその通りじゃ。剣と魔法の中世世界。更にエルフがおりドワーフがおる。そして、魔物がおり、竜族に魔族がおる。正に日の本において、数多の物語りに語られておる典型的なファンタジー世界。多くの日の本の民が思い描く、テンプレ的なファンタジー世界じゃ」
まあ、日本のファンタジー系の物語と言えば、こんな世界――1974年にアメリカで販売された、某テーブルRPGの世界観をベースにしたものが殆どであろう。
「では尋ねるが、無限とも言うべき平行世界の中から、日の本の人間が思い描くファンタジーの世界観そのままの世界へ飛ばされた事が偶然だと思うか?」
「えっ……? ぐ、偶然じゃない……の?」
『………………』
タマモちゃんの問いに疑問符を浮かべる私と、口を挟む事なく、黙ってタマモちゃんの話しに耳を傾ける思金。
そんな私達を楽しげに眺めながら、タマモちゃんは更に問いを重ねた。