第6章 逃げ込んだ先―― 04
『ああっ、やめて下さい、カズサ。壁に穴が空いてしまいます』
「壁よりも私の頭の心配をしてっ!」
涙目で首に掛かるペンダントへと抗議の声を上げる私。
そのまま、そのペンダント――思金をむんずと掴み、鬼の形相で睨み付ける。
「日本に帰るよ、思金っ! 今すぐ、最速でっ、最短でっ、真っ直ぐにっ、一直線にぃぃっ!!」
『お、落ち着いて下さい……』
「これが落ち着いていられるかっ! 早く日本に帰る方法を教えろっ!! うちの娘達を消す為なら、私はもしかして魔王も倒せるかもしれないっ!!」
『はぁ、まったく……』
正に鬼気迫る勢いで詰め寄る私に、思金は呆れる様な声を出した。
『玉藻前。言の葉で人の心の一番弱い所を突き、惑わせる話術……さすがですね』
「まっ、妖狐じゃからのう。木の葉、言の葉を操るは、狐の真骨頂じゃ」
『しかし、少々やり過ぎです。ウチのカズサは、アナタの思っている以上に単純――もとい、純粋なのですから』
「ふむ、ワシもこの単純娘――もとい、純情娘に対して少々煽り過ぎたと反省しておる」
おいおいチミ達。何やらとても失礼な事を言っとりゃせんい?
『カズサ。確かに玉藻前の言う事には一理あります。ただ、そこまで慌てなくても大丈夫です』
「というと?」
『現在、カズサは恐らくMIA――戦闘中行方不明と言う扱いになっているはずです』
「MIAなんて、実質戦死扱いじゃんっ!」
『肯定。しかし、カズサの場合は状況が違います。カズサがこちらに飛ばされた時の次元に出来た歪みは、司令部でも当然感知しているはず。であれば、帰還の可能性も考慮しているはずです』
「更に言えば、ワシが消えたとて抗戦派の連中は、負けを覚悟で最後まで戦うじゃろう。じゃから人間共もしばらくは、呑気に追悼の儀などしとる暇などないであろうよ」
た、確かに……それに、戦争が終結して即平和と言うわけにはいかないだろうし……
「じゃあ、私のお葬式まで、どのくらいの猶予があると思う?」
『先ほど、玉藻前も言っていましたが、日本のお役所仕事は無駄にキッチリしており、無駄に時間もかかります。そして、このままカズサが帰らない、もしくは帰れない場合、カズサの追悼式は戦後処理のプロパガンダに使用される事になるでしょう。であれば、玉藻前が討たれた日と同じ日――カズサのMIA認定一周忌に合せるのが、最も効果的なはずです』
なるほど……日本人はやたらと記念日が好きだからなぁ。充分にあり得る話だ。
つまり、猶予は一年って事ね。
「でも、なんか……それって私の死を、いいように利用されまくりで、ちょっと腹が立つね。ご立腹だよ」
『カズサも今は内閣調査室の人間。宮仕えなのですから、そのくらいは我慢して下さい』
「うっ……」
そう言えば、私って公務員なんだったっけ……
「しかし、悪い話ばかりではなかろうよ? お主はワシを討ち、日の本を救った英雄じゃ。政治喧伝に利用されると言う事は、日の本に帰ればテレビに新聞に引っ張りダコと云う事。金子にも不自由する事なく、男なぞ選り取り見取りになるじゃろうよ」
よ、選り取り見取り……だと……
それはすなわち、憧れの超セレブな逆ハーレム生活という事か?
『カズサ。よだれと……ついでに鼻血を拭いて下さい』
おっと、イケねえ。ずずずっ……
私は鼻を啜り手の甲で口元を拭ってから、おもむろに立ち上がると、その手を腰に当て胸を張った。
「ま、まあ……私は帰るつもりなんて全く無かったけど、タマモちゃんがそこまで言うのなら、同じ元引きこもり仲間として協力してあげる事もやぶさかではないよ――うへへへへっ」
「チョロ……此奴、近年稀に見るチョロインじゃな……」
『ホントに……ワタシはこの娘の将来が、本気で心配です……』
「なんか言った?」
「いや、別に……」
『いえ、別に……』
私のジト目から、そっと視線を外すタマモちゃんと、そっと気配を消す思金。
とはいえ……
ここまで、タマモちゃんに会話の主導権を握られ、乗せられる様に話を進めてしまったけど――
『やはり、踏ん切りがつきませんか?』
「う……うん……」
確かに日本の事は心配だし、色々と処分しなくてならない物はある。だからと言って、日本に帰りたいかと問われると、正直ビミョーだ。
決して、生まれ故郷である日本が嫌いなわけでもないし、英雄として持て囃やされるのも嫌ではない。何より、愛希にも会いたい……
ただ、冷静に考えれば考えるほど、その帰りたい気持ちを、今まで受けてきた精神的外傷が真っ黒く塗りつぶしてしまうのだ。
「まっ、帰ると言うても、今日明日に出来るものではかいからのう。ゆっくりと考えれば良いわ。それでももし日の本に帰りたくないというのであればワシ一人で帰るし、和沙の私物はワシがこっそりと処分しておいてやろうぞ」
「ホントに?」
「ああ。ワシが日の本に帰るのを、お主が手伝うと言うのであればな」
「帰ってから、ヤッパリ世界を征服するとか言い出さない?」
「くどい」
まあ、そういう事なら、手伝うのはやぶさかではないかな。
「うん、分かった。タマモちゃんを手伝うよ」
私がそう言って右手を差し出すと、タマモちゃんも口元に笑みを浮かべ、その手を握り返して来くる。
こうして利害の一致した私達は、日本へと帰る手段を模索し始めるのだった。