第5章 再会 02
「って、何これっ、ヤバっ!? チョー美味しいんですけどっ!!」
分厚く切られたロースト肉を頬ばり、私は歓喜の声を上げた。
「そちらは、イノシシのモモ肉をローストしてワインで煮込んだモノのようですねですね」
「カズサさん。コッチのパイ包みと焼き牡蠣も美味しですわよ」
「ありがと♪ では遠慮なく」
更にクリスちゃんから差し出されたお皿を、ホクホク顔で受け取る私。
正直、あまりの美味しさに、人前に出る躊躇いや葛藤など、異次元の彼方に吹き飛んでしまった。
中世の文化レベル。加えて、宿屋の1階にある酒場と兼用の料理屋だ。最悪は、カエルの唐揚げとかトカゲの姿焼きなんかも覚悟していたけど、これは嬉しい誤算。現代の高級フランス料理にも比肩するレベルの美味しさである。
まあ、高級フランス料理なんて食べた事ないけど。
『で、カズサ? 誰の食が細いのですか?』
中々のハイペースで食事を進め、空の皿を積み上げる私へ呆れ気味に尋ねる思金。
ふっ、何を愚かな事を……
いくら食が細かろうと、花の乙女にとって甘いモノ、高級なモノ、そして美味しいモノは全て別腹なのだよ。
「それではカズサ殿。食事中ではありますが、頼まれていたこの国の情勢についてのお話してもよろしいですか?」
「えっ? あっ、はい」
早々に食事を済ませたティアナさんの申し出に、私へは慌ててフォークを――
「あっ、カズサさんは、食事をしながらでも結構ですわ」
「え、え~と……いいのかな……?」
「はい、構いません」
そういう事なら、お言葉に甘えて――と言っても、せっかく私の為に説明してくれると言うのだ。食べるペースをダウンして、私は話を聞く体制を整える。
「では、この大陸についてですが――」
ゆっくりと、分かりやすく噛み砕いて説明を始めるティアナさん。その話を要約すると、こんな感じである。
まず、この大陸はジェルブラテトラ大陸と呼ばれ、北の『ノーザライト王国』、南の『サウラント王国』、西の『ウェーテリード王国』、東の『イーステリア王国』と言う四つの王国が支配しているそうだ。
その中でこの街は、最大の国土面積を持ち、全ての王国と隣接しているノーザライト王国にある、ハート伯爵領カノープスの街と言う街らしい。
続いて、この大陸の情勢はと言えば現在、南のサウラント王国へと西のウェーテリード王国が国土を求めて侵攻し交戦中との事。
しかし、国境付近での小競り合いは絶えないけど、侵攻した側のウェーテリード王国が不利な状況が続き、実質は休戦状態が続いているらしい。
では、このノーザライト王国はと言えば、やはり東のイーステリア王国と交戦中。
大陸最大の国土面積のノーザライトに対して、イーステリアの国土は最小にして、背後の海以外は全てノーザライトと隣接。つまり、完全に囲い込まれている状態だ。
もし、これが戦略シュミレーションゲームなら、早々にリセット、リトライという状況である。
「ここまで来ると、イジメだね……」
ティアナさんが広げた地図を見ながら、私の口からは思わずそんな言葉が漏れた。
ただ、その漏れた言葉に、顔をしかめるクリスちゃんとティアナさん。
「あっ……」
よく考えれば、これは当然の反応だった。現状が有利な状況とはいえ、戦争をしていたと言うのなら、こちらにも少なからず被害はあったはずなのだから。
もしかしたら、その戦争で大切な人を亡くしているのかもしれないし……
思わず出てしまった平和ボケの無神経な発言――いや、失言に、私は慌てて立ち上がって頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ! そういうつもりじゃ――」
「いえ、いいのです。頭を上げて下さい」
「で、でも……」
おずおずと顔を上げた私に、少し困った様な笑みを見せるクリスちゃん。
「事実、カズサ殿が言った通りなのです。なので、気にせずに座って下さい」
「は、はあ……」
身を縮める様に椅子に座り直して、恐る恐る二人に目を向ける私……
ずっと引きこもっていたので仕方ないとはいえ、今は対人スキルの低さが呪わしい。
「先ほど、ティアナも言っていましたけど、実際カズサさん言う通り、これはもう戦争ではなくイジメ――一方的な虐殺になっているのです」
「このままでは、遠からずイーステリアは全滅。滅んでしまうでしょう」
全滅に滅ぶって……
少し、大袈裟じゃないかな。日本も戦争で大負けしたけど、復興してるし。
思わずそんな言葉が口を出そうになった。
ただ、次にクリスちゃんの口から出た言葉で、そんな考えは戦争を知らない平和ボケしたお気楽JKの思考なのだと思い知らされる。
「この場合の全滅、そして滅ぶと言うのは、決して比喩ではなく、ノーザライト王国の上層部は、イーステリア王国の民を皆殺しにするのもやむなしと考えているのです」
「なっ……み、皆殺しって……」
あまりに物騒な物言いに、頭の中が真っ白になった。
そんな私の頭の中を、二人の言葉が通り過ぎて行く……
「投降も降伏も許されない。イーステリアもそれが分かっているので、最後まで抵抗するでしょう。それこそ、最後の一兵まで……」
「その事実を知ったわたくしは、いても立ってもいられず、何かこの戦争を止める手段はないものかと、お忍びの旅を決めたのです」
そ、そんな戦争ってあるの……?
侵攻した先の非戦闘員――民間人まで殲滅してしまったら、そこに何が残るというのだろうか……?
『なるほどのぉ……大方、そのイーステリアとやらは、人ならざる者の国なのであろうよ――』
突然聞こえて来た第三者の声……
『ヒトという種は、己と違う者、己よりも強い力を持つ者を容認し、受け入れる事の出来ぬ愚かな種――ほんに、臆病で傲慢な種族じゃな』
いや、違うっ! これは声じゃないっ!?
『要警戒。魔力を使用した念話を検知しました』
ヘッドセットから聞こえる思金の機械的な声と同時に、私は勢いよく立ち上がり辺りを見渡した。
「カ、カズサさん……?」
「いきなり、どうなされた……?」
突然の行動に目を丸くする、対面に座る二人。
しかし、今はそんな事に構っている状況ではない。私は、陽気にお酒や食事を楽しむお客さん達の顔を一人一人確認していく……
『どこを見ておる。コッチじゃ』
『カズサ、後ろです』
思金の声よりも早く、反射的に後ろへと振り返る私。
けど……
振り返った先にいた、見覚えのある顔を――見覚えのある不敵な冷たい微笑を見た瞬間、身体が凍り付き足がガクガクと震え出した。