第5章 再会 01
「えぐえぐ……えぐえぐ……」
クリスちゃん達に案内された宿屋のベッドで、ひとり枕を濡らす私……
「私……汚れちゃった……もう、おヨメに行けない……」
『何を大袈裟な。見られても、それ以上減りようがないモノではないですか』
「それを言うなら『見られても、減るものじゃない』だよっ!!」
ガバッと上体を起こし、怒りを顕にテーブルの上へと置かれた思金に目を向けた。
「それに、減りようはある! せっかくAまで育ったのに、AAに戻ったらどうする? 私の胸が低くなったら、歴史が変わってしまうかもしれないんだぞっ!!」
『クレオパトラですか、アナタは……? それに、カズサのトップ77センチのぎりぎりAカップがAAカップになったところで、歴史に全く影響はありません』
「乙女の秘密を、簡単に曝露するなーっ!」
「それに、そのAカップというのも、月の物が来る前の胸が張っている時に測ったもの。実際のサイズは――」
「くはっ! そ、そういう生々しい話はやめろぉ~。そして、現実を突きつけるなぁ……」
思金の痛恨の一撃に、再びベッドへ倒れ込み、枕へ顔を埋める私。
くすん……
金もいらなきゃ男もいらぬ、あたしゃも少し乳欲しい……
……ごめん、ウソ。やっぱり、お金も彼氏欲しい。ただし、イケメンに限る。
『カズサ。理想が高いのは結構ですが、高すぎるのはいかがなものかと。その控えめな胸を見習って、少し謙虚になった方が良いのでは?』
ホントに失礼だなチミは。そして、控えめ言うな。好きで控えているわけではないんだぞ。
トントン……
うつ伏せに枕へ顔を埋める私の耳に、控え目なノックの音が届く。
「あ、あの~~、カズサさん。入ってもよろしいですか?」
おずおずと、ドアの隙間から顔を覗かせるクリスちゃん。そして、その後ろには、控える様にして立つティアナさんの姿も見えた。
「あっ、はい。どうぞ」
「では、失礼します……」
慌てて起き上がり、私がベッドへと腰を下ろすと、遠慮がちに部屋へと足を踏み入れるクリスちゃんとティアナさん。
気まずい雰囲気――
お互い、上手く目を合わせる事が出来ずに、重い沈黙が流れる。
まあ、あんな事のあった直後だ。仕方ないと言えば仕方ない。そもそも、私がやらかした失態な訳だし。
「ところでカズサ殿――」
そんな重い空気を歯牙にかける風もなく、全く変わらぬ様子で一歩前に出るティアナさん。
しかし、今はその空気の読めなさが、大変にありがたい。さすが、年長さん。亀の甲より年の功だ。
「ん? なにやら失礼な事を考えてませんでしたか?」
「い、いえ、別に……」
正面からジト目を向けるティアナさんから、そっと視線を逸らす私……
さ、さすが、年長さん。良い勘をしていらっしゃる。
「なら良いのですが――ところでカズサ殿。先ほど、なにやら話し声が聞こえていたのですが、誰かいたのですか?」
ティアナさんは、そんな事を聞きながら、部屋の中をキョロキョロと見回した。
「いえ、誰もいませんよ。下の声じゃないんですか?」
「そ、そうですか……」
今ひとつ腑に落ちない様子で首を傾げながら、それでもクリスちゃんの斜め後ろへと控える様に下がるティアナさん。
狙ってやったのか、天然なのかは分からないけど、気まずい雰囲気はだいぶ和らいだみたいだ。
ちなみに下の声とは、下の階の事。ゲームやアニメなどではよくある設定であるけど、この宿屋もご多分に漏れず、1階が食堂兼酒場になっているのだ。
「ところで、カズサさんのお召し物。改めて見ても、とても可愛らしいですわ」
「あ、ありがとう……」
褒められて嬉しくない訳ではないけど、出来れば話をそちらの方に戻さないで欲しい……
「わたくしも、その様な衣装。一度着て見たいです」
「いけません、お嬢様。その様な、ハレンチな衣装など」
ハ、ハレンチとなっ!?
「お嬢様がお召になるには、スカートの丈が短過ぎます。高貴な生まれであるお嬢様の下着が公衆の面前で晒される様な事態、万が一にもあってはならぬ事です」
え、え~と……とりあえず、下賤な生まれでごめんなさい。
とはいえ、その心配はない。何故なら私やクリスちゃんのキャラを考えれば、私達は揃って鉄壁キャラであるのだから。
ちなみに鉄壁キャラとは、どんなにアグレッシブに動こうとも、どんな強風が吹こうとも、世界に働く見えない力よって一定の高さ以上捲れない、重力無視機能の付いた鉄壁スカートと呼ばれるスカートを穿いたキャラを指す。
いわゆる、パンチラ要員キャラやお色家担当キャラの対極に位置する清純派キャラである。
『クリスチーナが清純派である事には同意。しかし、公衆の面前で全裸を晒すカズサが清純派とは、どの口が言うのですか?』
全裸じゃないよっ! ニーソックスと革靴は履いてたよっ!!
『全裸よりそちらの方が、よりマニアックではないですか?』
そうだけどもっ! 確かに、その通りだけどもっ!!
「あ、あの~、カズサさん……どうかなさりましたか?」
「えっ? い、いや、なんでもないよ」
ヘッドセットを通した思金のツッコミに、思わず表情が険しくなってしまった私。そんな私の顔を心配そうな顔で覗き込むクリスちゃんへ、私は慌てて愛想笑いを返した。
「と、ところで……お二人揃ってどうしたんですか?」
早々に話題の転換を図る私。
「そうでした。そろそろ、いいお時間なので、夕餉のお誘いに参りました」
ゆ、ゆうげ……? ああ、夕食の事か。
確かに窓の外は日が沈み、夜の帷が広がっていた。
まあ、お腹が空いている様な気はするし、食べられる時に食べておかなくてイケないというのも分かってはいる。
でも食欲があるのかというと、正直なところ全くない――いや、食欲以前に、今は人前へ出たくないのだ。
公衆の面前で裸を晒したのである。思春期女子なら当然の感情だろう。
立ち上がる事に踏ん切りが付かず、躊躇っていた私……
そんな私の心の中にある葛藤を察する様に、優しく微笑むクリスちゃん。
「カズサさん。昼間の事でしたら大丈夫ですよ」
「はい、カズサ殿。先ほどの件、警備の者達はもちろん、審査待ちで並んでいた者達にも、厳しく箝口令を敷きましたので話が広がる事はありません。ですので、部屋を出てもカズサ殿が奇異の目で見られる事はありませんよ」
か、箝口令って……
このお嬢様は、どこまで権力を持っているのだろう……?
まあ、奇異の目に晒されるなど、子供の頃から慣れてはいる。ただ、いくら慣れているとはいえ、自分から晒されに行くほど上級者でもなければ、メンタルだって強くもない。
事実、その目から逃げる為に、私はずっと引きこもり生活していたのだから。
とはいえ、私の為に箝口令をまで敷いてくれたと言うのだ。無下にしたとあっては、バチが当たるというものだろう。
「わかりました。食事に行きましょう」
「はい♪」
満面の笑みを浮かべるクリスちゃん。
ここまで気を使ってもらったのだ。食欲はないし、食の細い私だけど、少し無理してでもちゃんと食べておかないと――