第4章 お友達 03
「お嬢様ぁ~っ! カズサ殿ぉ~っ!!」
ゆっくりとしたペースで歩みを進め、城壁へと近付いて行くと、門から続く五十人程の大行列の最後尾で手を振るティアナさん姿が見えた。
小走りに、コチラへと駆け寄って来るティアナさん。
そう言えば、厳正な入領審査があるって言ってたなぁ。コレは待たされそう――
「お嬢様。入領手続きと馬車の受け入れ準備、完了しました」
って、終わってんのかいっ!!
ま、まあ、待たされないのはいい事だけど、この短時間でどうやって?
しかも、よく見るとティアナさんの後ろでは、警備の兵隊さんみたいな人達が片膝を着いてクリスちゃんに頭を下げているし……
「カズサ殿。申し訳ないが、馬車を詰め所の横まで運んでもらえますか?」
「えっ? は、はい、分かりました……」
事の成り行きに、付いていけない――事はないけど、若干遅れ気味な私へ話を振るティアナさん。
って、詰め所……? 門の横にある小屋の事かな。
審査待ちの行列を横目に、馬車を引いてティアナさんの後へ着いて行く私。
てゆうか、並んでいる人達の視線がちょっと痛い……
ビックサイトの大型イベントで、徹夜で並んでいる大行列を横目に、サークルチケットで先に入場する時の気分っていうのは、こんな感じなのだろうか……?
そんな、しょうもない事を考えながら、街壁に沿うように馬車をゆっくりと横付けさせる私。
「こんな感じ……ですかね。じゃあ、もう車輪を消しちゃっても大丈夫ですか?」
「問題ありません、カズサ殿。ありがとうございました」
「だそうだよ。お願い、思金」
『御意』
ヘッドセットから返事が届くと共に、光を帯びてゆっくりと霧散してゆく車輪。
そしてその、馬車がゆっくりと沈んでいき、地面へと降ろされていく光景に周囲から感嘆の声が上がった。
「とても乗り心地の良い車輪でしたのに……少し残念ですね」
「全くです……」
寂しそうな顔で残念がる、クリスちゃんとティアナさん。
はてさて、この世界の馬車の車輪がゴムタイヤになるのは、いったい何年先になるのやら……
いや、待てよ。この世界でゴムタイヤを製造して、シェアを独占すれば大儲けが――
『不可能です。この世界の産業レベルでは、とても原材料が手に入るとは思えません』
くっ……タイヤ王に私はなる! という夢が、いきなり頓挫してしまった……
夢破れて、肩を落とす私の傍らクリスちゃんが歩み出ると、警備の人達が集まり、背筋を伸ばして整列した。
「皆さん、ご苦労様です」
「「「「「はっ!」」」」」
クリスちゃんの、スマイル付き労いの言葉に、揃って敬礼を返す警備兵さん。
続いて、そんなお嬢さまスマイルを浮かべるクリスちゃんの隣へとティアナさんが歩み出る。
「今回、我らのカノープス訪問は、お忍びです。よって、我らの素性については例え上官や親兄弟であっても、決して口外しないようお願いします」
「「「「「はっ!」」」」」
いや、だから……全然、お忍びに見えないんですけど。
ティアナさん達の後ろ姿に、頬を引きつらせて力なく笑う私。
そんな、上流階級オーラを全開に発していたティアナさんは、警備兵さんを解散させると、私の方へと振り返った。
「カズサ殿は、街へ入る前に着替えるのですよね? 人払いさせますので、そちらの詰め所を使って下さい」
「えっ? い、いえ、大丈夫です。これって――AWSって言うんですけど、外せば自動で前の服装に戻る仕様になってますから」
「まあ、凄い」
「おおっ! その様な事が出来るとは……さすが異国の魔道具です」
驚き、そして感心する様な声を上げ、期待に満ちた目を向けて来る二人。
あまりジロジロと見られるのは少々照れくさいんですけど……
とはいえ、今更『やっぱり詰め所を使わせてくれ』とか言い出せる様な雰囲気でもない。
仕方ない。ココは、ものづくり日本の技術力を見せ付けて上げようではないか。
『よろしいのですか?』
「ん? なんか、マズいかな?」
ヘッドセットから聞こえる思金の問い。
私は内心、首を傾げながら、その問いに小声で問いを返した。
『い、いえ……カズサがよいのであれば、構いません。ただ、ヘッドセットがなくなると同時翻訳が出来なくなのるで、コレはパージせず残しておきます』
なにやら歯切れの悪い思金の返しへ更に首を傾げながらも、私は首に掛かる深緑のペンダントを握った。
「AWSパージ。急々如律令」
全身が光の粒子に覆われ、一瞬にして変身前の状態に戻る私。
「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉーーっ!!」」」
警備兵の皆さん。更には、審査待ちの行列に並ぶ皆さん方から、驚嘆と歓喜の声が一斉に湧き上がった。
見たかっ! ものづくり日本の技術力! そして、長年日本の男どもに変わらず愛され続けている、セーラー服のキュートさをっ!!
正に人気コスプレイヤーにでもなった様な気分で、私は腰に手を当て胸を張った。
と言っても、元は引きこもり少女だった私だ。
コスプレどころかイベントにすら参加した事などないので、本物のコスプレイヤー達の気持ちなどは当然わからないけど……
まっ、それでも、男の人達の視線を一身に集めるというのは中々に気分が良い。これがコスプレのイベントなら、ローアングル撮影すら許可してしまいそうだ。
「え、え~と、カズサさん……」
「そ、それが、普段の格好なのですか……?」
そんな鼻高々の私に、若干頬を赤らめながら、戸惑う様な声を絞り出すクリスちゃんとティアナさん。
あれ? どっか、変かな……?
まさかっ! スカートが折れ曲がって、パンツ丸出しになってるとかっ!?
私は、慌てて視線を下げ――
「な、なん……だと……?」
視線を下げた瞬間、私の身体は凍り付いた様に固まってしまった。
そして、その視界に飛び込んで来たあまりにも凄惨な惨状に、血の気が一気に引いて顔を青ざめさせる私……
そう……大袈裟ではなく、これは正に凄惨な惨状だ。なぜなら、下げた視界の大半が肌色で埋め尽くされていたのだから……
硬直した身体とは対象的に、混乱する頭をフル回転させ、この惨劇の原因究明を図る私……
AWS――オーラウェアシステムは、ウェアを解除すると同時に、装着前の服装へと戻る様になっている。
つまり、装着時にセーラー服を着ていれば、当然にしてセーラー服姿へと戻る訳だ。
しかし、水浴びの途中で裸のまま装着すれば、当然にして……
……
…………
………………
………………なるほど、謎は全て解けた。真実はいつも一つだ。
『だから、よいのですかと、確認しましたのに……』
「いやぁぁぁああぁぁあああぁぁぁあ~~~~っ!!」
ヘッドセットから、思金のため息が混じった様な声が届くと同時に、中世ヨーロッパを彷彿させる街壁前へ、うら若き乙女の悲鳴が響き渡ったのだった……