第4章 お友達 01
お互いの自己紹介を済ませた私達。
ドレスのお嬢がクリスチーナさんで、ポニテの巨乳騎士さんがティアナさん。
どうやら、どこぞのお貴族さまご令嬢よる、お忍び旅行の最中だったらしい。
とゆうか、こんな豪華な馬車に上品なドレス。更には、少々露出の高い甲冑の美人騎士さまを護衛に付けておいて、お忍びとは……
私は、上流階級と庶民の感覚の違いに、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
ただ、苦笑いの原因はそれだけじゃない……
瓜二つと言っていい程に愛希とそっくりなクリスチーナさん。しかし、その上品な口調や仕草、そして性格の違いに、全くの別人だという現実をまざまざと見せつけられた事も大きい。
ちなみに、そのお二人は何をしているかと言えば、ファングウルフさんに無残にも殺されてしまったオジサンと馬の埋葬を終え、今はコレからどうするかを話し合っている所だ。
まあ、埋葬と言っても、その穴を掘ったのは私で、後でバイト代を請求するつもりでいるけど。
とはいえ――パンチ一発で掘った穴。オジサンと馬の分でパンチ二発のバイト代。
いくらくらいが適正価格なのだろうか?
「ねぇ、思金。さっき、この世界の通貨はベルノって言っていたよね?」
話し合いをする二人を横目に、簡易なお墓の前で手を合わせていた私は、小声で思金に問い掛けた。
「それって、貨幣価値はどのくらい?」
『日本円に換算して、およそ10円が1ベルノ程度。しかし、生活水準は日本と比べかなり低いので、親子四人の一般家庭におけるひと月の生活費が、およそ五千ベルノ程度です』
「え~と……それって、一家四人が月五万円で生活してるって事?」
『はい』
なるほど……となると、穴掘り二つで千円とか請求したら、法外かな? じゃあ、三百円くらい――
「カズサ様。少々よろしいでしょうか?」
「えっ? あっ、はいっ!」
お墓の前にしゃがみ込み、うんうんと頭を捻っていた私。背後から、上品な口調の穏やかな声で名前を呼ばれ、慌てて立ち上がった。
「カズサ様。ご相談したい事があるのですが、お話だけでも聞いて頂けないでしょうか?」
「は、はあ……ソレは構いませんけど……クリスチーナさん。出来ましたら、その『様』付けはやめて貰っていいですか?」
ポリポリと頬を掻きながら、私は引きつった笑みを浮かべた。
庶民生活が骨の髄まで染み込んでいる私。『様』付けとかされると照れくさいと言うか、背中が痒くなると言うか……
それに、愛希とそっくりな顔で、そんな余所余所しい喋り方をされるというのは少し胸が痛い。
「左様ですか。では、カズサさん。わたくしの事も、気軽にクリスと呼んで下さい」
「分かったよ、クリスちゃん」
「ちょっ!? カ、カズサ殿っ!!」
「ひっ!?」
クリスちゃんの後ろに控えていたティアナさんから、突然あがった大きな声に私は思わず身を竦めた……
ちなみに、このカズサ『殿』も、やめて欲しいと頼んだのだけれど、『主の恩人に対して、相応の礼を取るのは騎士の務め』とかなんとか言って、やめて貰えなかったのだ。
「貴女が私達の命の恩人で有ることは、重々承知しているし、感謝もしています。しかし、クリスチーナお嬢様に『ちゃん』付けとは――」
私へ詰め寄らんばかりに、前へ出ようとするティアナさんを、軽く手を上げて制するクリスちゃ――いや、クリスチーナお嬢様……
「良いのです、ティアナ」
「しかし、お嬢様っ!!」
「下がりなさい」
「はっ!」
渋々ながら、頭を軽く下げて後ろへと下がるティアナさん。
「カズサさんは、わたくしに初めて出来た同年代のお友達ですもの。それに、『クリスちゃん』。わたくし、とても気に入りましたわ」
「さ、さいですか……気に入って頂けたらのなら何よりです。クリスチーナお嬢様……」
「クリスちゃん! です」
「は、はい。クリス……ちゃん」
「はい♪」
ニッコリと微笑むクリスちゃん。
てゆうか、いつの間に友達になったのだろうか……? お嬢様のコミュニケーション能力、マジパネェ……
「そ、それで……相談したい事とはなんでしょうか……?」
「はい、実は――」
早々に話題転換を図る私。
クリスちゃんは眉尻を下げ、申し訳なさそうな表情で話し合いの結果について語り始めた。
ここから街まで約4キロ。横転し、車輪の破損した馬車は、このままここに置いて行くしかない。というのが、まず確定事項。後日に人足を手配して、街まで運んで貰うそうだ。
更に、馬車に積んである荷物に関しては、街まで行って別の馬車を手配し、その馬車で運んでもらうしかないとの結論。
まあ、私からしても、妥当な選択だと思う。
ただ、ここで一つの問題が発生する。
この、馬車に積んである荷物。詳しくは言えないそうだけど、お貴族さまの秘密の品など、かなり重要な物も多いらしい。
街で馬車を手配し、戻って来るまでの間に盗まれでもしたら大問題。
かと言って、クリスちゃんを残しティアナさんが一人で街に行った場合、もし野盗や魔物が出た時にクリスちゃんでは対処が出来ない。
そして、逆もまた然り。クリスちゃんが街へ向かったとしても、途中で野盗や魔物が出た場合、やはり一人では対処が出来ないのだ。
となると――
「私に、ここでお留守番をしていて欲しい――と言う事かな?」
ふむ、もしそこに報酬が発生するのなら、喜んでやらせて頂きます。自慢ではないが、自宅警備は得意分野。そのスキルはプロ並みであると自負している。
しかし――
「いえ、『私』ではなく『私達』ですわ。わたくしも残りますので、出来ましたらカズサさんにはその護衛をお願いしたいのです」
「すまない、カズサ殿。貴女を疑う訳ではないのだが……この荷を、昨日今日会ったばかりの者に任せる訳にはいかんのだ。ただその分、護衛料ははずませて頂くので、お願い出来ないだろうか?」
ええぇ……
この天然お嬢さまと、二人きりになるのぉ……?
報酬の確約は出たけど、正直コミュ障気味の私としては、この天然気味なお嬢様と二人きりになるのは勘弁して欲しい。
「え、え~と……私がクリスちゃんに何かするかもとかは、考えてないんですか? 例えば誘拐したりとか、拘束してその間に荷物を持ち逃げしたりとか……」
「カズサさんは、そんなこと致しませんわ」
「な、なぜ、言い切りますか?」
「だって、友達ですもの」
ニッコリと微笑み、断言するクリスちゃん。
ふむ、友達だと言うのなら、その友として言わせて頂こう。クリスくん。キミはもう少し人を疑う事を覚えた方がいい。でないと私は、キミの将来がとても心配だよ。
などと、面と向かって言えるはずもなく……
さて、困ったぞ。
私は何か良い代案はないかと、辺りをキョロキョロと見回した。
そして目に止まったのは、大型ワンボックスカーほどはあろうかという馬車。
横転し、二つある車軸がポッキリと折れ、木製の車輪自体も修復不能なほどに破損している、屋根付きの豪華な馬車……
「ねぇ、思金――」
私は呟くような小さな声で、思金に問い掛けた。