第3章 森の中の出会い 02
「きゃあぁぁぁぁぁーーーっ!?」
響き渡るお嬢さまの悲鳴。
ただ、悲壮な表情を浮かべるお嬢さまとは対象的に、私は口元へ笑みを浮かべた。
「外門頂肘っ!」
狼さんごと噛まれている左手を後ろに引き、カウンターでお腹に右肘を叩き込んだ。
吹き飛ばされ、白目を向いて地面を転がる狼さん。
私は、噛まれていた左手を確認する様に、手のひらを閉じて開いてと繰り返してみる。
「え……っ?」
「なんとも……ないのか?」
お嬢さまと騎士さまから漏れる驚きの声。
ついでなので、ここでAWSに搭載された他の機能についても説明しておこう。
まず、今のがお約束とも言うべきバリアフィールド。
バリアの性能は、込められた霊力に比例して上がっていく訳だけど――私の場合、全霊力を防御に集中させれば、10式戦車中隊からの一斉射撃にも耐えられるそうだ。
まあ、ドクターの計算による理論上の話しで試した事はないし、試したくもないけど。
そして、もう一つ。AWS最大の特徴が、八咫の鏡を元に作られたショルダーガードだ。
「思金。思ったよりも強くない。迎撃はやめて前に出るよ」
『御意。何か使いますか?』
「そうだな……たまにはヌンチャクとか使ってみようかな」
『はぁ~。また、そんな思いつきで……カズサは、一つの武器を極めようとは思わないのですか?』
「私が極めもしょうがないじゃん。私は極めた人の動きをイメージするだけだよ」
『確かに……構成原子の解析開始』
左のショルダーガードにはめ込まれた大きな赤水晶が輝き、そこから棒状に霊力が収縮して形状化していく。
水晶から生える様に伸びたその棒を、ゆっくりと引き抜く私。現れたのは30センチ弱の棒と、そこから伸びたチェーンに繋がる同じ長さの棒――ヌンチャクだ。
そう、このショルダーガードの機能は霊力の物質化である。
私が物質の形状と能力をイメージし、それを構成する原子を思金が解析。それを元に霊力を原子変換し、結合させて物質を錬成する――正に、科学と魔術が融合した錬金術である。
私は威嚇をする様に、手にしたヌンチャクをクルクルとリストスピンさせながら狼さん達を見渡した。
初めて見る武器に、警戒し後ずさる狼さん達。
その後退に合わせて大地を蹴り、私は一気に間合い詰めて行く。
「ほぁたっ! あたたたたたたたたたーっ!!」
世紀末の救世主さんみたいな掛け声を上げながら、霊力で錬成されたヌンチャクを振り回し、狼さんの群れを一方的に蹴散らしていく私。
まあ、以上の機能が、AWS搭載された大まかな機能である。
聞くだけなら、ほぼ無敵のチート能力に聞こえるかもしれないけど、実は大きな欠点もある。
それは、このAWS搭載された全ての機能が、装着者の霊力で動いていると言う事。
魔法使いがMPを使って魔法を使う様に、魔法少女計画の結晶であるAWSは、霊力を使って全機能を作動させているのだ。
イメージトレースシステムは、イメージする動きが複雑であればあるほど多くの霊力を消費するし、バリアフィールドも強度を上げれば、その分だけ多くの霊力を消費する。
だから、それらのペース配分を間違えば、霊力の欠乏症により戦闘中に失神してしまう事だってありえるのだ。
特に物質化などは、木や鉄の様に単純な素材ならともかく、干将・莫耶やエクスカリバーなどと言った伝説的な武器を錬成しようとすれば、錬成の途中でブラックアウトしてしまだろう。
事実、訓練中にはペース配分が分からずに、何度も失神してしまったし……
ちなみに、私が失神するとDr杉田さんが、
『いかんっ! 急いで人工呼吸だっ!』
とか言って、駆け寄ろうとしていたらしい。そしてそれを毎回、愛希がドクターを張り倒して止めてくれていたそうだ。
ありがとおぉ、愛希。愛してるよぉ~。
とはいえ――
「すっご~い。物質変換までしたのに、霊力の減少を殆ど感じない」
『この世界における、マナ濃度の影響です。カズサが霊力を使用した先から、その分の霊力が自然回復しています』
何それ、ヤバい♪
さすがに、伝説の武器なんかは無理だろうけど、漏斗をたくさん錬成して、そんでもってそれを目標を囲む様に浮遊させ、『俗物がっ!』とか言いながら……
いや、コレは私のキャラじゃないな。
じゃあ、『さかしいよっ!』とか言いながら、漏斗の尖端から霊気の塊をビーム状に一斉射撃することも――
『それは不可能です。現在のカズサでは、明らかに霊力の容量オーバー。回復する前にブラックアウトしてしまいます。そして、戦闘中に中二病全開の妄想は控えて下さい』
うっ……ち、中二病……
確かに正論かも知れないけど、思考をトレースするのはホントやめて欲しい……
それに、戦闘中とか言っても――
「これで、ラストだしっ!」
高く飛び上がって襲い来る、最後の一匹。私は、その狼さんより高くジャンプすると、その頭部を正面から太ももで挟み込んむと――
「フランケンシュタイナーーーッ!!」
そのまま、バク転する様に後方へ回転し、狼さんの頭を地面へと叩きつけた。
そして、スクっと立ち上がり、Vサインを出し勝利のポーズを決める私。
「見たかっ! 某3D格闘ゲームのネットコミニティで、栃木のこころちゃんと呼ばれていた私の『八極の舞い』をっ!!」
『こころちゃんは、フランケンシュタイナーなど使いませんけどね』
ホント一言多いね、チミは……
「す、すごい……ファングウルフの群れを、あっと言う間に皆殺しにするなんて……」
驚きに目を見開いて、掠れた声を漏らす騎士さま。
なるほど、この狼さんは、牙狼って言うのか……なんの捻りもない、見たまんまの名前だね。
とはいえ――
「皆殺しとか、人聞きの悪いこと言わないで下さいよ」
「えっ?」
私は頬を膨らませて騎士さまに抗議すると、死屍累々と横たわるファングウルフさん達を見渡した。
「どう、思金? 一応、手加減はしたし、必要なら霊力治療もするけど……」
『骨格、臓器、脳へ支障をきたすダメージのある個体は、確認出来ません』
「そっ、良かった」
安堵の息をついてから、そのまま大きく息を吸い込む私。
そして――
「震脚っ!」
私は右足に霊気を込め、強く地面を踏みしめた。
波紋の様に地面に広がる私の霊気。その波動に当てられ、飛び起きるファングウルフさん達。
うんうん。確かに致命的なダメージがある子はいないみたいだ。
そもそも、このヌンチャクも、鉄や硬い木ではなくゴム製のヌンチャクだし。
「さあ、狼さん。あなた達じゃあ、私には勝てない。だから、ここにはもうエサはないよ。それでも向かって来るなら――――次はない」
ヌンチャクを肩にかけ、指をポキポキと鳴らしながら、これみよがしに殺気にも似た霊気を放つ私。
低い唸り声を上げ、鋭い眼光を向けていたファングウルフさん達は、一匹、そしてまた一匹と森のへと消えていく。そして、群れのボスと思しき一匹――額にバッテン傷のある狼さんが森へ向かうと、残りもそれに従う様に森へと走り去って行った。
「ふうぅぅ~」
私が、大きく息をはき、バリアフィールドの出力を必要最低限に下げだところで、手の中にあったヌンチャクも霧散していく。
「え~と、怪我はないですか?」
私はニッコリと微笑んで、後ろへと振り向いた。
「あ、ああ……大丈夫。助かった、礼を言う」
「本当に、助けて頂き、ありがとうございました」
「えっ…………?」
戸惑いながらも返事を返す騎士さま。
しかし、その騎士さまの後ろに隠れていたお嬢さまがひょっこりと現れ、丁寧なお辞儀から顔を上げた瞬間、私は思わず固まってしまった。
「愛……希……?」
今まで騎士さまの陰で、よく顔が見えなかった女の子。その上品な笑みが、親友だった愛希と瓜二つだったのだ……