第3章 森の中の出会い 01
「思金っ! 今のはっ!?」
私は慌てて水から上がり、ペンダントを手に取った。
『十代半ばと思われる女性の悲鳴。距離はおよそ250メートル』
「状況のサーチは出来る?」
『御意』
私は思金に指示を出しながら、とりあえず急いで靴を――いや、靴の前にソックスが先か。って、濡れてて履きにくい!
『サーチ完了。九時の方角、中型野生動物の反応多数。その野生動物に囲まれる形で、十代半ばの女性が一人、二十代前半の女性が一人、四十代半ばの男性が一人――いえ、男性の生体反応は消失しました』
生体反応消失っ!? その野生動物に襲われたって事っ!?
くっ……ここの選択肢はどうするべきか――
①君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。
②義を見てせざるは勇無きなり。
いやいや、どちらを選ぶにしても状況確認は、しておかなくては。
私はとりあえず靴を履くと、下着と制服を抱えペンダントを握り締めた。
「AWS起動っ、急々如律令っ!」
腕の中から制服が消え、代わりに全身が光の粒子に包まれていく。そして、映像で見せられなのが残念なくらいのキュートでセクシーな変身シーンと共に、戦闘用の衣装が装着されていった。
いつもより、霊力の消費が少ない? 思金が言っていた、大気中のマナの濃度が高いおかげかな?
いや、今はそんな事より……
「で、思金。九時の方角ってどっち?」
『右斜め前方です』
「了解っ!」
と、言ってはみたものの、森と茂みで道なんてありはしない。
しゃーない、多少霊力は消費するけど。
「よっと」
私はAWSの両足へ霊力を込めながらジャンプして、木の枝に飛び乗った。そして、そこから木の枝を飛び移りながら、私は最短ルートで目的地へと向かって行く。
うん。やっぱり霊力の消費が少ないし身体も軽い。
日本にもこれくらいたくさんのマナがあれば、玉藻前にも勝っていたかも……
そんな事を思い、苦笑いを浮かべた時だった。いきなり森が開けて、そして大地が無くなった――
「おおおおおっととととっ! 危ない、危ない……」
大地の無くなった先は、切り立った崖。
その崖に危うく落ちそうになった私は、正に崖っぷちで踏みとどまった。
崖の高さは、だいたい20メートルちょい……四階建ての学校の屋上くらいだと思う。
そして眼下には街道があり、そこには思金の言った通り多数の野生動物の群れが見える。
せり出した二本の大きな牙を持つ大型犬――いや、犬と言うより狼かな。
そして、その狼に囲まれる形で、倒れた馬車と二人の女性。馬車を背にヘタリ込む綺麗なドレスの女の子と、その女の子を守る様に立つ、剣を構えた騎士みたいな格好のお姉さん。
そして――
「うっ……」
眉間にシワを寄せ、思い切り顔を顰める私……
その二人の女性の傍らでは、馬車を引いていた馬と御者らしき中年のオジサンが狼達に食べられていたのだ。
私が魔法少女計画の被験者に選ばれてから、玉藻前と対峙するまで約二ヶ月。
その間、玉藻前の復活によって活性化した多数の魔物や妖かしと戦ってきた私。人の死を――それも生きながら魔物に食べられる人間の姿なんかも幾度となく見て来たけど、これは何度見ても慣れるものじゃない。
もっとも、最初に見た時には、胃の中の物を全部吐き出し、更に胃液を吐き出し続けていたけどね……
そういう意味では、取り乱さなくなっただけでも慣れてしまったのかもしれない。
「こんな事には、慣れたくないんだけどなぁ……」
『何か?』
「何でもない。それより、あの狼さんの数と能力は分かる?」
『数は52。こちらの世界の固有種ゆえ正確な能力は分かりませんが、内包魔力量から野生動物と言うより魔物に近いようです。骨格や筋肉量、そして魔力量から推測して、アムールトラと同程度の強さかと』
大型犬くらいの大きさしかないのにアムールトラって……
アムールトラ、通称『シベリアトラ』。単独でヒグマすら狩り、捕食する最強の肉食獣。
そんな、アムールトラと同程度の強さを持つ狼さん達に囲まれている二人。それでも、騎士みたいな格好のお姉さんは、気丈に剣を構え、狼さんに向けて振るっていた。
とはいえ、後ろの女の子を庇った状況では打って出る事も出来ずに、防戦一方のお姉さん。
おそらく、この状況も長くは続かないだろう……
てか、異世界の女騎士さまは、どうして揃いも揃ってみんな巨乳なのだろう? お約束なのか? ホント、もげればいいのに……
『カズサ。あの女性の胸がもげた所で、カズサの胸が大きくなる事はありませんよ。そして、今はそんな事を考えている場合でもありません』
「分かってるよっ!」
確かに今はそれどころじゃなくて、この状況をどうするかという事。
さっき頭に浮かんだ選択肢を思い出す私。
①君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。
②義を見てせざるは勇無きなり。
………………って、迷う事もないか。
何より、馬車の豪華さと女の子の綺麗なお嬢様ドレス。そして、そのお嬢様を護る騎士さま。正に『文句の付けようのないお金持ち』である。
現在、無一文の私が、お金持ちに恩を売っておいて損はないでしょう。
と、いう訳で――
「とおぉうっ! 義を見てせざるは勇無きなりキィィィィーークッ!!」
私は崖の上から大きくジャンプ。そして、お姉さん目掛け飛び掛かっていた狼さんを蹴り飛ばし、両者の間に立ちはだかった。
「キ、キミは……?」
正義の味方の登場に、綺麗な金髪をポニーテールで束ねた騎士さまが驚きに目を見張った。
「話は後で。狼さんは私が相手しますので、お姉さんはお嬢さんを守っていて下さい」
「いや、しかし……」
瞳に戸惑いの色を見せ、一歩踏み出すお姉さん。
言葉が通じる。思金の言っていた、同時翻訳がちゃんと作用しているようだ。
しかし……
ち、ちくせう……近くで見ると、ホントにデカイ。しかも、足を踏み出しただけで揺れたし。
やっぱり、見捨て帰ろうかなぁ……?
『カズサ。アホな事を考えてないで下さい。攻撃、来ますよ』
「分かってるっ! そして、私の思考をトレースするなっ!」
遠目の間合いから私の首筋目掛け、牙を剥き飛び掛かって来る狼さん。
私は両手を合わせて、狼さんの喉元へ滑り込ませると、顎を持ち上げる様にその手を上へとあげる。
そして、そのまま流れる様に足を踏み出して――
「裡門頂肘ぅーっ!!」
ガラ空きの喉笛に、肘打ちを叩き込んだ。
『カズサ。次、後ろです』
「はいは~い」
飛び後ろ回し蹴りの要領で、右回りに旋回して飛び掛かってくる狼さんを迎え撃つ。
「あっ!?」「ダメッ!?」
騎士さんとお嬢さまから、短い声があがる。
そう、私の右脚が、狼さんの鼻先ぎりぎりを通過してしまったのだ。
しかし……
「旋風脚っ!!」
空振りに見えた右足の蹴り。しかし、右足を振り抜いた勢いそのままに、狼さんの首筋へ本命の左足の蹴りを振り下ろした。
「よしっ、ジャストミート♪」
吹き飛ばされる二匹の狼さん。
突然現れた乱入者。そして、その乱入者に仲間がやられた事で狼さん達は一気に殺気立ち、一斉に鋭い眼光をコチラへと向けて来た。
「さあ、狼さん。どんどん掛かって来なさい♪」
そんな狼さん達を挑発する様に手招きをする私に向け、一斉に襲い掛かってくる狼さん。
しかし、その野性的な敏捷性を誇り迫り来る狼の群れを、私は流れる様に華麗な動きで迎撃していく私――
そうっ! 何を隠そう私は、中国拳法の達人だったアルよっ!!
――などと言う事は、当然ない。
コレは、AWSの特殊機能の一つであり、私がAWSの被験者に選ばれた最大の要因たる機能。イメージトレースシステムなのだ。
イメージトレースシステムとは、装着者がイメージした身体の動きが、思金を経て手足の甲にある赤水晶へと伝達され、そのイメージ通りにウェアが動いてくれるという機能である。
このシステムの肝は、いかに全身の動きと身体の流れを素早くイメージ出来るかという事。それが出来れば、武術の達人並の動きが可能な上、更に霊力を上乗せすればアベン◯ャーズ並の動きも可能になるのだ。
まぁもっとも、身体の流れをイメージし切れず――例えば人体の構造上、あり得ない形で防御しようとすれば、関節があらぬ方向に曲がってポッキリといったりする物騒な代物でもある。
ちなみに、なぜ私が被験者に選ばれた要因なのかといえば……まあ、簡単な話しだ。
長年の引きこもり生活で、バトル漫画やアニメを網羅し、かつ対戦格闘ゲームを人並み以上にやり込んだ私。特に、某3D格闘ゲームでは、オンラインの大会で栃木県代表、更には全国でもベスト8に入る実力である。
それらのアニメやゲームキャラ達の身体の動きや流れをイメージするなんていうのはお手の物だ。
『カズサ、右後方から来ます。躱し切れません』
「躱せないなら――」
即座に振り返り、私の首筋目掛け牙を剥く狼さんへ向け、左の拳を突き出した。
せり出した二本の大きな牙の間を抜け、口の中へ吸い込まれる私の左手。
しかし、狼さんの牙は、当然その二本だけではない。せり出した牙の間にある細かく鋭い牙を、私の腕に突き立てる狼さん。