第2章 異世界よこんにちは 02
「うわああぁぁ~~♪」
突然、森が開け、その先に現れた幻想的な光景に、不満など異次元の彼方へ吹き飛んでしまった。
「すっご~いっ! なに、このディ◯ニー映画出てくる様な、綺麗な湖は……」
水面は木漏れ日を受けキラキラと輝き、湖畔には花が咲き誇る湖。
今にも、鉄の斧と金の斧を交換してくれる女神様が現れても不思議じゃないほど神秘的な湖だ。
女の子としては汗の匂いも問題だけど、喉の乾きも限界に近付いていた私は目を輝かせて小走りに水際へと駆け寄った。
とはいえ、見ず知らずの湖に来て、いきなりその水に口をつけるほど乙女の警戒心が低くはない。
私はペンダントを外すと、そこに付いている勾玉を水に浸した。
「どう? 思金……?」
一応、水の濾過のやり方とか、漫画なんかで読んで知ってはいるけど……
「水質良好。そのまま飲料水として使用しても、問題ありません」
「よしっ!」
私は、小さくガッツポーズをすると、その水を両手ですくった。
飲料水とするには少々生ぬるい気もするけど、喉を潤すには充分だ。
「ぷは~っ! この一杯の為に生きてるって感じ」
『オヤジ臭い……』
「なんか言った……?」
『いえ、別に』
右手に持つペンダントにジト目を向けながらスクっと立ち上がり、私は辺りを見回した。
「ちなみに、周囲に人の気配は?」
『半径200メートルに、人体の反応なし』
「よしっ!」
私はもう一度小さくガッツポーズをして、髪を後で一つにまとめていたリボンをほどいた。
水がそのまま飲める湖。そして周囲に人影なしとなればやる事は一つ――
私はおもむろに制服と靴、そして下着を脱ぎ捨てると、その上にペンダントを放り投げた。
「じゃあ、思金。人が近付いたら教えてね。ひゃっはぁ~っ! 身体を消毒だぁぁ~~っ!!」
生まれたままの姿で湖へと飛び込む、テンションマックスの私。
汗でベタついた肌が冷水に晒され、先の戦闘の汚れが透明度の高い綺麗な水に洗い流されていくのが分かる。
「きゃあぁ~っ♪ 冷たいっ! 気持ちいい~っ!」
『カズサ。いくら汚物を消毒するためとはいえ、先ほどの世紀末的な掛け声は年頃の娘として、どうかと思います。そして、ワタシを汚物の上に放り投げるのもやめて下さい』
「穢れを知らぬ乙女の身体を汚物言うなっ! そして私のパンツを汚物扱いするなっ!!」
「さて、コレからどうしよう……?」
ひとしきり身体の汚れを洗い流した私は、湖面に仰向けでプカプカと浮かびながら、ポツリと呟いた。
晴天の青い空を眺めながら、この先の将来設計に考えを巡らせる私――
『異世界に行って、人生をやり直すというのも面白いかもしれない……』
玉藻前と対峙していた時には、そんな事も考えていた。しかし、水浴びで頭が冷え、冷静になってみると全く考えがまとまらないのだ。
というのも――
「選択肢が多すぎ……」
長年の引きこもりで、どっぷりとサブカルチャーに浸っていた小中学生時代。
漫画にラノベにアニメ、そしてゲーム――異世界に転生した偉大なる先人達の成功譚は、あまりに多い。正直、食傷気味なほどだ。
むしろ、日本人が異世界転生したバッドエンドストーリーは殆ど存在しない。
そう言う意味では、異世界に来た地点で私の将来は勝ち組が確定してると言っていいだろう。
あとは、いかに楽をして大金を稼ぐかという事だけど……
薬局屋さん、和食屋さん、喫茶店に居酒屋さん――いや、居酒屋さんは、年齢的にムリか。
それから、ダンジョンマスター、鑑定士、冒険者、軍師、もしくは、のんびりと農家なぞ――は、虫やミミズが苦手な私には向いてないな。
いやいや、そもそも私が身体を動かすのではなくて、現代日本の知識で商品を企画。その知的財産権で暮らすのが、一番効率が良いのではないか?
スマートフォンはないけど、私にはスライムさんトコの大賢者さんに勝るとも劣らない知識を持つ思金さまがいらっしゃる訳だし。
商品の製造開発など、お手の物なはずだ。
『カズサ。大賢者とは人間に対する称号。仮にも神の、それも八百万の神々の中でも『思慮の知有る神』と謳われる常世思金神の知識と能力を持つ私を、人間などと比べないで欲しいです』
「それは失礼つかまつった――それと、私の思考をトレースするのはやめてね……」
顔を向ける事もなく、チョー棒読みで謝罪と要望を口にする私。
ああ……空が青い。
『ときにカズサ。一つ不思議なのですが、聞いてもいいですか?』
「なぁ~にぃ~……」
『先ほど森で目覚めた時、その粗末な胸部が――』
「粗末言うなしっ!」
仰向けに浮いていた私は、水面に顔を出す胸を隠すよう、湖の中に肩まで浸かった。
『御意。では、大きく張りのある美しい胸部と言う事で』
その、あからさまなお世辞も、逆にムカつくんですけどっ!
更に鼻の下まで水に浸かり『ぶくぶく』とさせながら、そんなアイコンタクトを送る私。しかし、そんな私の抗議をスルーして話を進めていく思金。
『その美しい胸部が丸出しになっている事に羞恥したカズサが、なぜ今は全裸でも平気でいられるのですか?』
そんな事も分からないとは……
思金の知能を宿しているとはいえ、所詮はAI。人の感情の機微――とくに、思春期女子の複雑な乙女心は理解出来ないようだ。
「いいかい、思金くん。それはだね――」
私はおもむろに立ち上がると、腰の高さまである水面から上半身を覗かせ、セクシスィ~ポーズを決めて見せる。
「夏の海は、女を『だ・い・た・ん(ハート)』にさせるモノなのよ」
まっ、正確には海でなく湖だけど。
『カズサ。そういう突っ込みどころの分からないボケはいいですから――』
「ボケじゃねぇーしっ!」
「きゃあぁぁぁぁぁーーーっ!!」
私の突っ込みと同時に、遠くから絹を引き裂く様な悲鳴が微かに聞こえてきた。