第1章 深い眠りの中で見た夢
私、常広和沙は、子供の頃から特異な子だった――
生まれ付き強い霊力を持って生まれた私は、普通の人が視えないモノが視え、聴こえない声が聴こえていたからだ。
そんな私だから当然、学校では気味悪がられ、避けられ、そしてイジメられた……
そして、その不和は学校内だけでは収まらなかった。小学校の高学年の頃、私の体質を気味悪がって、パパが私とママを捨て家を出て行ったのだ。
不意に訪れた家庭崩壊――
幸い、ママはアパレル関係の小さなデザイン会社で社長をしていたので、経済的に困窮する事はなかった。
ただ、その頃からママも泊まり込みが増え、家にあまり寄り付かなくなった……
そんな事があり、中学にあがる頃にはすっかり不登校となっていた私。
毎日、暗い部屋に閉じこもり、嫌な事から逃避する様にネットの海を彷徨い、漫画やアニメ、ゲームに没頭した。
そして、その年になれば、子供の時には見えなかった事が色々と見えて来るようにもなるし、大人の情事――ではなく、大人の事情も考える様にもなる。
ママが家に帰らないのは、他所にいい人が出来たのではないか? もし、私がいなければ、その人と再婚して幸せになれるのではないか? いや、そもそも私がいなければ、パパと別れる事はなかったのではいか……?
そんな事を考え、自殺を考えた事なども一度や二度ではない。
ただ、そんな私にとって、唯一の光であったのが親友である三浦愛希の存在だ。
自身が神社の一人娘で、多少の霊感を持っていたというのもあるのだろう。私を気味悪るがる事なく、普通に接してくれた唯一の友達……
愛希は学校が終わると、毎日の様にウチへと寄ってくれた。
そして、その日に学校であった事などを楽しそうに話してくれたのだ。
私にとって、そのひと時が――愛希の話す他愛もない日常が、どんな名作のゲームやアニメよりも楽しい時間だった。
そして時は流れ、中学の卒業を目前にした私に、ある転機が訪れる。
出席日数が圧倒的に足りない私は、当然にして高校への進学などとっくの昔に諦めていた。
とはいえ、伊達に一日の大半をモニターの前に座り、キーボードを叩いていた訳ではない。私のPCスキルを持ってすれば、食べて行くのに困る事はないだろう。
そんな未来設計を描いていた私の元へ、新設されたばかりのとある全寮制高校から特待生としての打診が来たのだ。
何でも、全国から霊感や霊能力の高い人だけを集めた高校で、なんと愛希もそこへの入学を決めたという。
私は、その話に一もニもなく飛び付いた。
諦めていたとはいえ、アニメやゲームで観た楽しい高校生活に全く未練がなかった訳ではないし、何より親友の愛希もいる。
ましてや、全員が霊能力者だと言うのなら、気味悪がられる事も避けられ、イジメられる事もないだろう。
コレは後から知った話なのだけど、この学校は、傾国の妖怪と言われる『玉藻前』の復活を予兆した日本政府が設立した学校で、内閣調査室が極秘裏に進めている『思金プロジェクト』、通称『魔法少女計画』の被験候補生を集めた学校だったらしい。
魔法少女計画――
何故、政府直属の機関が、そんなふざけた通称を付けたのかと言えば、プロジェクトの最高技術責任者である変態ロリコ――もとい。
プロジェクトの最高技術責任者であるDr杉田さんが、
「この名称が通らなければ、開発を降りる」
と、駄々を捏ねたらしい。
とはいえ、この学校の半数は男子である。もし、被験者が男の子だったらどうするつもりだったのだろう……?
まあ、当時の私に取って、そんな話しはどうでも良かった。
愛希と一緒に学校へ通える。ただ、それがとても嬉しかったのだ。
そして、期待に胸を膨らませ、始まった新しい学園生活。
しかし……
『そこでも私は孤立してしまった……』
有名な神社やお寺の跡取りに、歴史ある陰陽師の家系――
そんな生徒達が集まる学園に置いても、私の霊力の高さは頭一つ抜きん出てしまったのだ。
霊能力者としてエリートの家に生まれた人達にとって、普通の家庭に生まれた私――しかも、引きこもりだった私の方が高い霊力を持っているなど、やはり面白くはないのだろう。
何より決定的だったのは、そんなエリート達を差し置いて、その『魔法少女計画』の被験者に私が選ばれてしまったのだ。
故に私は、そこでも疎まれ、避けられ、孤立していったのだった……
『……サ……てくだ……カズ……』
遠くから聞こえてくる様な無感情で無機質な声。
その聴き馴染んだ声に、深い眠りの淵にあった意識が徐々に覚醒していく。
なんか、凄く嫌な夢を見た気がする……気分が悪い……
ヤダなぁ。起きなくないなぁ。二度寝したいなぁ~。
『カズサ、起きて下さい。カズサ、起きて下さい。カズサ――』
そうは思っていても、ひたすらに私を呼び続ける、思金の機械的な声――
この自立型の目覚しは、厄介な事に停止ボタンがなく、私が起きるまで絶対に鳴り止まないのだ。
そして、更に厄介な機能が――
『カズサが最後におねしょをしたのは、小学校の三年生の冬休み。カズサが初めて買ったBL漫画は、少年騎士がオークに囲まれ「くっ……殺せ」。そして、カズサが初めて自慰行為をしたのは――』
「わーっ! わーっ! わーーっ!! 起きたっ、起きたっ、起きたーーっ!!」
思金の声をかき消す様に、私は声を張り上げた。
そう、更に厄介な機能が、スルーを続けていると私の最高機密をペラペラと暴露し始めるのだ。
くすん……返品したい、この目覚し……
観念した私は、寝返りをうつ様に仰向けになり、ゆっくりと目を開いていく。
射し込む光に眼球が刺激され眉をしかめる私。そして、眠い目を擦り、ぼやけた視界に映る光景に――
「知らない天井……って! 天井ないしっ!?」
ぼやけた視界に映る光景に、慌てて飛び起きて辺りを見回した。
「どうなってるの……?」
そこにあったのは学生寮の天井ではなく、新緑の葉を付けた木々たちであり、ここはどう見ても森の中である。
『目が覚めましたか、カズサ?』
「眠気なんて、一気に吹き飛んじゃたよ……とゆうか、ここドコ……?」
鬱蒼と生い茂る森の中で呆然と立ち竦みながら、私は絞り出す様な声で思金に尋ねた。
『どうやら、|0.000000001%《オーナイン》を引き当てた様です』
「え、え~と……オーナインって……じゃ、じゃあ、ここは……」
『はい。今、カズサの想像している通りです』
そ、想像している通りって、それじゃ……それじゃあっ!!
「ホ、ホントに異世界に来ちゃったのぉぉぉぉーーーっ!?」
新緑の間を縫うように爽やかな風が吹き抜ける中、私の絶叫が辺り一面に響き渡ったのだった……