第二十一章 コンテストのあとに…… 03
「え、えっ? 机仕事は肩が凝って――」
「ちっが~うっ!」
「そのあとじゃっ!!」
「え、え~と……お、温泉でも行って――」
「温泉だとぉぉぉぉぉぉぉーーっ!?」
「温泉じゃとぉぉぉぉぉぉぉーーっ!!」
オレとラーシュアの絶叫に、ビクンッと身を震わせるトレノっちとアルトさん。
「ど、どうしたのですか、お二人とも……?」
オレ達の徒ならぬ様子に、さしもの元宮廷魔道士さんですらも、おっかなびっくりと言った感じである。
とはいえ、あまりの衝撃で、そんなに二人の様子などにかまっている余裕などないオレとラーシュア。
「こ、この世界にも……温泉があるのか……?」
「あ、ああ……あるぞ……」
「お、おい、巨乳騎士よ……どこじゃ? どこに温泉があるのじゃ?」
「ちょ……ちょっと待て……そして、巨乳騎士言うな……」
詰め寄るオレ達の気迫に押され、トレノっちは顔を引きつらせて後ずさった。
コッチの世界に来て、早二年半。温泉の存在など聞いた事がなかったぞ……
「ちょ……ホ、ホント落ち着け、お前たち……なっ?」
「落ち着いてる場合かっ!」
「そうじゃ、おっぱいっ!! 今すぐ教えねば、王都が灰燼に帰すと思うがよいっ!!」
「ひぃぃぃっ!?」
『巨乳騎士』から只の『おっぱい』へと格下げされたにも関わらず、王都どころか大陸全土を灰燼に帰す程の気迫に、顔を青ざめさせるトレノっち。
「え、え~とだな……ココから一番近い場所と言えば……街道を北へ進んだ先。エルグ山の麓にあるグランデの街が一番近いか……?」
グランデの街――
確か、王都へ向かう街道沿いにある街だな。
以前、姫さまに見せてもらった、王国の地図を頭に浮かべるオレ。
こう見えても仕事柄、地形や地名を頭に叩き込むのは得意な方なのだ。
のんびり馬車での移動なら三、四日。しかし、オレとラーシュアの足なら二日もあれば――
「よし、分かった。では、オレとラーシュアは、しばらく旅に出るから、あとの事はよろし、ぐえっ!?」
「ふむ。路銀もたんまりあるで、なごっ!?」
「そういう訳じゃ。国王には、探さないでと伝えてく、ふにっ!?」
シッタっと手を上げ踵を返したオレ。パンパンの麻袋を掲げて踵を返したラーシュア。そして、何処から湧いたのか? いつの間にやらオレの左腕に自分の腕を絡ませて踵を返したシルビアが、揃って近衛騎士と元宮廷魔道士に襟首を掴まれ引き戻される。
「待て待て待て待てっ! って、姫様まで、いつの間にっ!?」
「なぜ止める、トレノっ!? シズトが新婚旅行に連れて行ってくれると言うのじゃぞっ! それにグランデの街と言えば、庶民の間で新婚旅行の行き先として一番人気の場所ではないかっ!?」
新婚旅行じゃないけどな。
てゆうか、コッチの世界にも新婚旅行の風習があるのか……?
しかも、新婚旅行に一番人気の温泉街っていうと、そのグランデの街とやらは一昔前の熱海みたいな立ち位置の街なのかな?
「いえ、姫様が行くと言うのであれば止めませんし、行くこと自体には賛成です。しかし、行くのであればキチンと準備を整えてからにして下さい。そっちの二人はともかく、姫様を着の身着のままの旅に行かせるなど認められません」
「それにご主人様達もです。ちょっと落ち着いて下さいませ。お店だってあるのに、何も言わず旅などに出たら、また小姑さんに怒られて生死の境を彷徨う事になりますよ」
「「「うっ……」」」
二人の冷静な諫言に言葉を詰まらせるオレ達。
た、確かに少々熱くなりすぎたようだ……
しかし、日本人にとって桜の花、富士山、そして混浴――ではなく温泉とは、正に心の拠り所。
二度と巡り会えないと思っていた、その混浴――ではなく温泉があると聞いたのだ。多少、我を忘れて取り乱しても仕方ないであろう。
とはいえ、ステラを置いて行くなんて出来んのも確かだ……
「お~い、シズトさ~んっ!!」
と、噂をすればなんとやら。何やら慌てた様子で桜並木の方から土手を駆け降りて来るステラ。
そして、その両サイドには何故かビキニアーマを着た猫耳巨乳お姉さん達の姿も……何かトラブルでもあったのか?
まあ、それはさておき。
駆け寄る三人の巨乳――その、計六個の胸が大きく上下に揺れる光景は、さながらW杯決勝戦のスタジアムに巻き起こる応援ウェーブの如く、って痛い痛い……
「主の……いくらなんでも、鼻の下を伸ばし過ぎじゃ」
再び、黒の和ゴスと紫のチャイナ服さんに、グリグリと足を踏まれるオレ――
いや、両足だけでない。更に今回は、背中と二の腕にも抓られた様な痛みが走っている。
てゆうか、騎士のトレノっちはともかく、シルビアは王女様のくせに握力が強すぎないか……?
身体中を襲う激痛を堪えながら、ムリヤリ貼り付けた笑顔で、駆け寄る巨乳達を出迎えるオレ。
「え、え~と、シズトさん……? 額から滝の様な汗が流れてますけど、大丈夫ですか?」
「気にしないでくれ。それに滝は大量のマイナスイオンを発生させるからな。気持ちが落ち着いて、精神が安らぐらしいぞ」
「まいなすいおん?」
キョトンと首を傾げるステラ。
ちなみに、オレを取り囲んでいる桜花亭の綺麗どころ達には、そのマイナスイオンもあまり効果が無いようだ……
「そんな事よりもステラ。慌ててたようだけど、何かあったのか?」
早々に話題転換を図るオレ。
「そうでしたっ! 大変なんです! 大変なんですよ、シズトさんっ!!」
「上でよぉ、暴動が起きそうになってんだよ!」
「それで、シズトくんとラーシュアちゃんに、急いで来て欲しいのよ」
慌てるステラと、更にそこへ言葉を繋げるミラさんとプレオさん。
しかし、その言葉にオレ達は揃って眉を顰め首を傾げる。
いや、暴動なんて起ったら大変だし、当然その前に鎮めなくてはならないのだろうけど――
「え、え~と……何でオレ達が……?」
「うむ、別にイヤと言うとる訳ではなく、暴動の鎮圧に手を貸せと言うのであらば、手伝うは吝かでないのじゃが……しかし、非力で可憐な美少女のワシに、出来る事などあるまい?」
この、オレの足を踏み付けるロリっ娘が、非力で可憐な美少女かどうかはさておき。
そう、暴動が起きそうだと言うのに、何故ここに来たのか?
そして、組織委員長のシルビアや王国騎士のトレノっちではなく、何故オレとラーシュアを指名したのか?
オレ達の正体を知らないステラやミラさん達にとって、オレはただの料理人でしかないし、ラーシュアに至っては、頭脳はともかく見た目は小さな子供でしかないのに……
そんなオレの素朴なに疑問へ答える様に、ステラがおずおずと口を開いた。
「それがその……その騒ぎの原因が、シズトさんとラーシュアちゃんらしいんです」
「「はあぁぁっ!?」」
ステラの言葉に、揃って素っ頓狂な声を上げるオレとラーシュア。