第二十一章 コンテストのあとに…… 01
「ふぇっっしょん!!」
日もすっかり傾き、西の空が茜色に染まる中。河川敷に集まる人混みから少し外れた所で、その人混みを眺めながら豪快なくしゃみをかますオレ。
「コ、コラッ、主っ! 唾を飛ばすなっ! 汚いではないかっ!?」
そしてオレの隣に立ち、ホクホク顔で麻袋を覗き込んでいたラーシュアから非難の声が上がった。
てか、誰のせいだと思ってる!? そもそも、お前がステラに遠距離攻撃を教えたのが原因じゃねぇか?
「主は日の本の政治家か? 自分の事を棚に上げて、何でもかんでも人のせいにするでないわっ」
「あんな連中と一緒にするな。そして、人の考えを読むな」
そう、あのあと何とか自力で岸まで泳ぎ着いたオレ。
心と身体の準備が出来ていない状態でいきなりの寒中水泳とか、なんの罰ゲームだよ。まったく……
「心と身体の準備とか、何を言うておる? 常在戦場は武士の心構えであろう?」
「武士じゃねぇーし。そして、もう一度言うが人の考えを読むな」
それに、たとえ常在戦場の心構えがあったとしても、寒中水泳など二度とゴメンだ。
やはり水泳は夏! 乙女達の色とりどりな水着に囲まれた夏の海にかぎる。
「色とりどりとな? 主は、紺色で統一されたスクール水着が好みかと思おておったぞ?」
「ふむ、あえて否定はしないし、もしそれが旧式スク水なら尚のこと良い。そして、最後の警告だ。人の考えを読むな」
仏の顔も三度までだ。お前も仏法の守護鬼神、天龍八部衆の一柱だと言うのなら、仏の顔を立てろ。
「そんな事より主よ……いくら童貞を拗らせておるとはいえ、スク水好きなどと公言しては、変態公子とキャラが被ってしまうぞ」
「ブチンッ……」
「それに、言動が段々と似て来ておるしな。もし、キャラ被りとなれば、容姿の差で主の方がお払い箱じゃ」
「カチィーン……」
言いたい放題のラーシュア。
オレは溢れる殺気を抑える事もせず、冷ややかな目で黒のロリッ娘を見下ろした。
「おいコラ、ラーシュア……誰と誰が似てるって……?」
「ん? 童貞と変態がじゃ」
「テメッ! マジ殺すぞっ! そして、変なルビを振るなっ!!」
オレは声を荒らげると、腰の高さにあるラーシュアの鼻先へ人差し指を突き付けた。
「いいか? よく聞け……真正ペド野郎のレビンみたいな奴は、凹凸のない、幼児体型が着るスク水に惹かれるのだろうがオレは違う。オレは、凹凸のハッキリした大人の女性があえてスク水を着るというキャップに惹かれるのだ。分かるだろ? この二つには、山よりも高い壁と海よりも深い溝があるんだよ」
「ふむ、なるほどなるほど、サッパリ分からん……」
「なぜ分からんっ!? 例えば、セクシーダイナマイトなアルトさんがスク水を着てるトコを想像して――」
「呼びましたか? ご主人様」
物分りの悪いロリっ娘へ向け、事の崇高さを説いていたオレの背後から聞こえてきた第三者の声……
その聞き覚えのある声にオレは、まるで壊れたブリキ人形の様にギギギギィ……と、ゆっくり振り返った。
「ア、アルトさん……いつから……そこに……?」
「はい、つい今しがた……それよりも、何のお話をしていたのですか?」
「セ、セカイジョウセイト、ケイザイノハナシヲ、ショウショウ……」
「主よ……カタカナ言葉は、読みづらいから止めよ」
うるさい黙れ。あんな話をしてるのが女性陣にバレて、オレのピュアなイメージが壊れたらどうする?
「さすが、ご主人様。世界情勢や経済の仕組みにも精通なされているとは」
「い、いや~、それほどでも……」
「それはさておき、ご主人様? スク水という物がどういった物かは分かりませんが、もしご主人様が望むのでしたら、いつでも着させて頂きますよ」
くっ、聞かれていたのか……?
アルトさんのイタズラっぽい笑みから視線を逸らし、ついでに何とか話も逸らせないモノかと辺りを見回すオレ。
そして、そんなオレの目に入って来たのは、人混みの先にある簡易なステージ。
ちょうど見覚えのある赤い髪の少女が、その舞台上へ上がって行くのが見て取れたのだ。
よしっ! ナイスタイミングだ、姫さま。
「ア、アルトさん、もう始まるみた――」
湧き上がる歓声の中、オレは話を逸らす絶好の好機とばかりに喜び勇んで振りかえ――
「ここが、こうなっておってな。そして、この部分には中に入って来た水が抜ける様に穴が開いておる」
「フムフム……」
喜び勇んで振り返った先。
そこで目にしたのは、木の枝で地面の土に絵を描きながら何や解説しているラーシュアと、それを真剣な表情で覗き込んでいるアルトさんの図……
「おいコラ、何してるロリッ娘?」
「ん? 泣きぼくろの奴が、スク水とはどうゆう物かと聞くでな。こうして説明しておった」
「中々に興味深いお話でした」
くっ……この黒い悪魔っ子は……
ちょっと目を離すと、ろくな事しやがらねぇ。
「チミたちっ! 今は、そんな低俗な話をしている場合ではないでしょっ? コレから表彰式が始まるのだから、大会に参加した者とては、ちゃんと見届ける義務があるのではないのかね?」
「あ~、分かった、分かった。その強引な話題転換に乗ってやるわ」
「ホントに参加したのか? と言われると微妙ですけどね」
手にしていた木の枝を放り投げて、気怠そうに立ち上がるラーシュアと、眉尻を下げて苦笑いを浮かべるアルトさん。
ホントに参加したのか? か……
そう、コレから始まるのはB級グルメコンテストの表彰式。そして、賞金と賞品の贈呈式である。
その、優勝者を祝す表彰式を優勝者候補筆頭のオレと次席のラーシュアが、何でこんな人混みから外れた後方で見学しているかと言えば、それは――
オレは、壇上に貼り出された投票結果に目を向けた。と、言っても、ココからでは遠すぎでその順位を確認する事は出来ない。
とはいえ、その投票結果の順位表を作ったのは、何を隠そうオレである。当然、ある程度の順位は覚えていた。
とりあえず、表彰の対象である三位圏内にオレ達の名前はない。
いや、それどころかオレとラーシュアの名前が書かれているのは、右下の最後尾である。そして、その名前の上にはこう書かれていた。
『以下の者。コンテスト規定、第一条第一項に抵触した事により失格とする』と……
ちなみに、コンテスト規定の第一条第一項とは何かといえば、
『大会期間中、全ての暴行行為、そして暴行を誘発する言動を禁ずる。
此れに背いた場合、如何なる理由においても加担した者全てを失格とする』である。
そう、大会組織委員長であるシルビアの目の前で超カメ◯メ波を撃ったステラと、それを誘発したオレは二チーム仲良く失格となったのだ。
まあ正直なところ、オレの言動が暴行を誘発したかと言われると甚だ遺憾ではあるのだが……