第二十章 エピローグ? 02
微かに聞こえて来た小さな舌打ちを耳にしなら、パブロフの犬の如く、条件反射的に二つの大きな果実の間から顔を離すオレ。
そんなオレの目に飛び込んで来たのは、一般来場者の先頭集団。そして、その先頭集団の更に先頭へ立つ、見慣れた二人組……
そう、数々の屋台に目を奪われてペースを落とす先頭集団から抜け出した、王国第四王女さまとその近衛騎士さまである。
後続を引き離しつつ肩を怒らせながら、とこぞの絶唱する戦姫の如く、最速で! 最短で! 真っ直ぐに! 一直線に! 胸の響きを、そしてその思いを伝える為に、こちらへと迫り来るシルビア。
しかし、その鬼の形相で迫り来る王女殿下を、元宮廷魔道士さまは余裕の笑みで迎え撃つ。
「おいっ、雌狐っ! 抜け駆けは禁止じゃと言ったはずじゃぞっ!!」
「抜け駆けとは人聞きの悪い……単に将来のお話をしていただけですよ」
「将来の話じゃと……?」
屋台越しに身を乗り出して詰め寄るシルビアを、大人の余裕でいなすアルトさん。
一瞬だけチラッとコチラへ目をやりイタズラっぽく笑うと、満面の笑みでシルビア達へと向き直った。
「はい。ご主人様との間に出来た子を、独り立ちまでどの様に育てるかと話しておりました」
「うぉぉおおぉぉおぉぉぉ~いっ!!」
アルトさんの爆弾発言に、素っ頓狂な声を上げるオレ。
い、いや、間違ってはいない。確かに言ってる事は間違っていないのだが、何故そんな誤解を誘発させる様な言い方を?
そして、命を大事にと言いながら、何故にそんな命の危機を招くような言い方をするのでしょうか?
しかも、ワザとらしくお腹を擦りながら……
「なん……じゃと……」
フラフラとよろめく様に後ずさるシルビア。
そんな、今にも崩れ落ちそうな主の肩を、トレノっちが支える様に抱き止める。
「お、おおお主ら……あのドワーフ娘が故郷へ帰ったのをいい事に、さ、さ、昨夜は、まさか……」
真っ赤した顔を上げ、どもりながらも懸命に問いを口にする純情騎士さま。
「野暮ですよ、トレノさん。シルビア殿下が婚約者と言うのでしたら、わたしはその側室の一人。閨でご主人様のお世話をするのは当然ではありませんか?」
「で、ででででは、昨夜はホントに……」
真っ赤な顔を更に紅潮させるトレノっちに向け、ニヤリと挑発的な笑みを見せるアルトさん……
「はい、下着姿でご主人様の部屋を訪ねさせてもらいまし――」
「ちょっと待ったぁぁーーっ!!」
アルトさんの言葉を遮り、慌てて間へ割って入るオレ。
「いやいやいやっ! 部屋に来た時には、アルトさん下着姿じゃなかったでしょう? ちゃんと寝間着を着ていたでしょうっ!?」
ま、まあ、透け透けではあったけど。
しかし、来た時に寝間着姿だったか下着姿だったか……
コレは生下着を拝めた時間の長さに関わって来る問題で、オレにとっては重要な論点である。
が、しかししかし……
オレにとって重要な論点が、他の人にも重要かと言えば、必ずしもそうではない訳で――
「へぇ……来た時『には』ですか……?」
そうそう。この様に、人によってはコッチ部分が重要だと思う人も……
…………
………………って!?
「ス、スス、ステラッ!?」
「はい……ステラです」
「い、いいつから、そそそこにっ!?」
「いましがた……」
突如、身も凍る程に強烈な殺気を纏い現れた我が雇い主さま。
野菜の星のスーパーな戦闘民族の如く、溢れる闘気で金色の髪を逆立てた姿にオレは、裏返った声を上げながら後ずさった。
「そんな事よりシズトさん……『来た時には』と言う事は昨夜、アルトさんが寝間着姿でシズトさんの部屋へ行った事と、その後その寝間着を脱いだのは、事実と言う事ですね?」
「い、いや……まあ、そ、それは……」
見た目は中学生、胸部は大人な名探偵ステラの名推理に、思わず口籠るオレ。
しかし、当のアルトさんはオレの隣へと進み出ると、オレの腕を抱き込む様にスルリと自分の腕を絡ませる。
「はい、その通りです。昨夜は燃える様な熱い夜を過ごさせてもらいました」
「ちょぉぉおおぉぉおぉぉぉ~っ!!」
再びの爆弾発言に、オレの素っ頓狂な叫び再び。更には、何事かと集まって来た野次馬達の歓声と嫉妬の籠った怨嗟の声が……
そんな中、更に闘気を膨らませるステラ。金色の髪だけでなくツインテールまでもを、怒髪天を衝く勢いで逆立たせたその戦闘力は、スーパー野菜人を超えてスーパー野菜人2――いや、3なみに進化していた。
「今の話……本当ですか?」
「ちょ、ちょっと待て、ステラッ! 確かに色々と燃えていたし、そう言う意味では熱い夜だったが――」
「では……本当なんですね……?」
「い、いや、あながち嘘ではないが、お前の考えている事とは、まったく違う意味でだな……」
「そうですか、嘘ではなのですね………」
ま、まずい……まったく聞く耳を持って貰えん……
それどころか、ステラの戦闘力はドンドンと増加して行っている。
その戦闘力は2万……2万5千……バカな、まだ上る――いや、このネタは使い古されているので止めておこう。
閑話休題、あの怒りが爆発したら、こんなちっぽけな屋台など跡形もなく吹き飛んでしまう――いや、これがウチの屋台だけというならまだ良いが、恐らく周辺の屋台にも多大な被害が出てしまうだろう。
それだけは、なんとしてでも避けなくては……
それに、事ある毎に女性陣からの攻撃でオレが生死の境を彷徨うという、ヤッ◯ーマンシリーズ並にマンネリなオチばかりでは、そろそろ読者様からお叱りを受けてしまうかもしれん。
何より、ボンテージ美女ならともかく、オレのお仕置きされた姿など誰の得にもならんし。
「いやいや、主よ。日ノ本の民は保守的な者が多いでな。目新しく革新的なオチより、マンネリでも安定感と安心感のある予定調和なオチを好む傾向がある様じゃぞ。それから、そのシリーズの初代はタイ◯ボカンじゃ。じゃから、タイム◯カンシリーズと言うのが正しい。それと、主の苦痛に歪む顔は、腐ったオナゴ共に多少なりとも需要があるかもしれん」
今にも爆発寸前のステラの後ろから、ひょっこりと顔を出し、不敵な笑みで言いたい放題の黒いロリッ娘。
うるさい黙れ。ここは日本ではなく異世界だ。それと、どっちが先かなどというトリビア、今は必要としていない。そして、この異世界という青き清浄なる地に腐海を広めようとするな、ババ様。ついでに、人の考えを読むなと何度言えば分かる。
心の中で一通りのツッコミを入れると、オレはアルトさんπ固めから腕を引き抜き、屋台を飛び越え走り出した。
ここは、三十六計逃げるに如かずである。
オレは野次馬達をかき分け、桜並木に向って進むと、その先にある土手を一気に滑り降りた。
悪いなステラ。ここまで引き離せば、胸に大きな脂肪の塊というハンデを持つキミでは追い着く事など出来んだろう?
河川敷へと降り立ったオレは、口元に笑みを浮べ、後方を確認する様に振りかえ――
「なん……だと……?」
振り返ったオレの目に飛び込んで来たモノ。それは、おおよそ予想外、想定外の光景だった……
土手の上からコチラを見下ろすステラとオレとの距離。コレは予想通りである。しかし、予想外なのはその姿勢だ。
右足を引いて斜に構え腰を落とすステラ。そして突き出した両手首を合わせると、その手をゆっくり後ろへと引いた。
そう、『もしかしたら自分にも出せるかも……』と、恐らく日本男子の9割以上が試した事のあるであろう構え。カメ◯メハの構えである。
だ、誰があんな技をステラに――
「ふむ、もう少し腰を落とし……そう、そんな感じじゃ。後は集めた魔力を球状にイメージして凝縮していけばよい」
「って!? 亀仙人はお前かーーっ!!」
膨れ上がる魔力を制御するステラの隣に立つ黒いロリっ娘に、オレは声を張り上げた。
「違うぞ主。コレは亀仙人の技ではない。波動を飛ばす拳の方じゃ」
「どっちでも同じだーっ!!」
てか、それが波動を飛ばす拳だと言うのなら、以前にステラが使った『天へと昇る龍が如きアッパーカット』を教えたのもコイツか……
って、いやいや! 今はそんな詮索をしている場合ではない。
当のステラは、今にもその魔力の塊を放とうとしているのだから……
「シ~ズ~ト~さ~ん~の~…………」
「ちょ、ちょっと待てっ! 話し合おう、ステラッ! いや、ステラ様っ!!」
「バカァーーーーーーーーッ!!」
引いていた手を、勢いよく突き出すステラ。
と、同時に、オレへと向い物凄い勢いで迫りくる巨大な気の塊――
「結局、このオチかぁぁぁぁぁ~~っ!!」
その巨大な気の直撃に、穏やかに流れるプリモ川へと吹き飛ばされるオレの身体。水面を転げ回り、まるで水切りの石の様に川面を飛び跳ていくオレの身体……
そして、その身体はやがて……
二度と目覚めぬ意識と共に、仄暗い水の底へと静かに沈んで行ったのだった……
――DEAD END
「って!! こんなオチ、認められるかぁぁぁぁぁーーーーっ!!」