第三章 陰膳 04
「ふぅ~、仕方ないですねぇ――でも、ひとり一本ずつですからね」
「ありがとう、ステラ。いやぁ~ホント、ステラは可愛いだけじゃなく、優しくていい子だよなぁ」
「な、何を言ってるんですか、もぉ~。おだてても、何も出ませんよ――あっ、でもシズトさんは育ち盛りだから二本食べますか? フフフン♪」
「チョロッ!?」
ラーシュアの突っ込みも耳に入らないくらい、ご機嫌な軽い足取りで屋台へと向かうステラ。
今にもスキップをしだしそうな勢いだ。
「こんにちは~♪」
「あっ! ステラさん、こんにちはっ! それにシズトさんにラーシュアちゃんも、いらっしゃいっ!」
元気よく挨拶を返す串芋屋台の女の子。
おさげ髪に三角巾をした素朴な女の子で、よく見るとエプロンの下には修道服を着ている。
名前はコロナちゃん。シスター見習いで、ステラとは彼女が小さい頃から仲がよいらしい。
「コロナちゃん、四本ちょうだい」
そう言って、財布を取り出すステラ。
ちなみに串芋一本で五ベルノ――
あっ、ベルノとはこの世界のお金の単位だ。一ベルノが日本円でだいたい十円くらいだから、一本五十円くらいだろう。
まあ、日本に比べれば物価も安いし、失礼だけど生活水準も低い。
それでも、ひと串に里芋が五、六個刺さって五十円なら良心的な価格だ。
しかし、そんな良心価格で販売しているにもかかわらず、財布からお金を取り出すステラを慌てて止めるコロナちゃん。
「そ、そんなっ! ステラさんやシズトさんから、お金は貰えませんよっ!」
そんなコロナちゃんを見て、オレとラーシュアは顔を見合わせて肩をすくめた。
「コロナよ、そう言わずに貰っておけ。だいいち、その芋を育てたのは子供達であろう? それをタダで人にくれてやる権利なぞ、お主にはないぞ」
「そ、それはそうですけど、でも……」
「でも……は、ナシね。はい」
笑顔のステラから、串芋と引き換えに渋々お金を受け取るコロナちゃん。
ちなみに、さっきラーシュアが言っていた『子供達』とは、彼女が暮らす修道院が預かっている、身寄りのない子供達の事である。
いくらこの街が平和そうに見えても、今は戦時中。
両親を亡くした子、親に捨てたれた子……様々な理由から身寄りをなくした子供達を、その修道院が面倒を見ているのだ。
福祉政策などという言葉すら存在しないこの世界。修道院に対する僅かな寄付だけでは、そんな子供達を食べさせて行くのは難しい。
コロナちゃんからそんな話を聞いたステラに相談されて、オレがこの串芋のレシピと里芋の育て方を伝授したのである。
里芋は連作が出来ない欠点はあるけど、幸いな事に修道院には畑として使える土地はたくさんある。
それに、水やりさえ気を付ければ子供達でも比較的簡単に栽培が出来る野菜だ。何より、ひと株から二十個以上の収穫が出来るのは、大きなメリットだろう。
オレ達は受け取った串芋を口へと運んだ。
焦げた味噌の香ばしさと、甘く味付けされた味噌と隠し味で加えた醤油の風味が口の中に広がっていく。
自分で教えておいてこう言うのも何だけど、中々いい味付けだ。
「いいね――芋にもしっかり火が通っているし、甘みもちょうどいい」
「ありがとうございますっ! 他のお客さんからも、こんな味のお芋食べた事がないって、凄く評判がいいんですよ」
嬉しそうにお礼を言って、頭を下げるコロナちゃん。
そりゃあそうだろう。この世界で醤油や味噌を作れるのなんて、オレ達くらいのものだ。
そう、ここで使っている味噌も醤油も、オレ達が――正確にはステラが無償で提供しているのである。
とはいえ、あの店のオーナーはあくまでも彼女であり、オレはタダの住み込み料理人。
そこに口を出す気はないし、身寄りのない子供達への寄付という事ならオレ自身にも異論はない。
「あ、あのぉ、それと……ちょっと言いにくいのですが……そろそろオミソが切れかかってて……また、お願い出来ないかと――」
「うん、いいよ。明日までに作っておくから、取りに来て貰えるかな?」
「そ、それはもちろんっ!」
指をモジモジさせてながら、歯切れの悪い口調でお願いをするコロナちゃん。
しかし、ステラは春風のような優しい笑顔で、そのお願いを了承する。
簡単に言ってくれるなぁ……まっ、実際ステラなら簡単なんだけど。
彼女は以前、父親がやっていた酒場の傍らで、魔法を使って作った保存食や発酵食品――ヨーグルトやチーズなどを売っていたらしい。
ステラの使う魔法は精霊魔法といって、万物に宿る精霊に働き掛ける魔法。その魔法を使う事で、食品の劣化を抑えたり、逆に発酵を促進させたりすることが出来るのだ。
まあ、その魔法があったから、桜花亭も僅か一年半で開業出来たのだけど。
そう、開業にあたり、最初に躓いたのは調味料……
味噌や醤油を自作するなら、まず必要になるのが米麹だ。ただ米麹を作る為には種麹というモノを作る必要がある。
ここまでで、通常一週間から十日は掛かる工程だ。
更に、そこから実際に味噌を作るのには、その麹を茹でた大豆や塩と混ぜ合わせて、十ヶ月から一年は発酵させなくてはならない。
しかし、ステラの魔法を使えば、麹の発酵は数分。味噌の発酵も二、三時間で出来てしまうのだ。
最初にそれを見た時には、あまりの出来事に呆然とし、そして久しぶりの味噌の味に涙した。
もっとも、作り方は知っていても、味噌なんて実際に作った事などはない。
当然、最初から出来の良いものが作れるはずはなく、あの時は納得出来る味になるまで何度も試行錯誤を繰り返したモノだ。
更には、同じように醤油に酢にみりんを作り。はたまた鰹節に煮干に昆布ほか、様々なモノを用意した。
その上で、一年半という準備期間で開業出来たのだから、まさにステラ様々である。
また、余談ではあるが、ステラは物や水を凍らせる事も出来るので、以前は夏場に氷の販売もしていたらしい。そしてその氷は、今もウチの店の冷蔵庫でも大活躍している。
電気のないこの世界では、当然のごとく電化製品なども存在していない。
そこで作ったのが、大きなクローゼットを改良しただけの簡易冷凍庫。内側に磨いた鉄板を打ち付けて保温性を高め、氷で庫内を冷やすだけの簡単な仕組みだ。
確かにこの世界は、日本と比べれば不便な事ばかりである。
それでも、欧米や欧州辺りでエセ日本人がやっている和食屋なんかよりは、ずっとクオリティが高い料理が提供出来ているはずだ。
「ごちそうさま」
「うむ、うまかったぞ。この調子で精進せいよ」
「はい、頑張ります!」
とっ……ちょっと昔を懐かしんでいたら、ステラもラーシュアも食べ終わったようだ。
オレも残っていた芋を口に放り込み、食べ終わった串を回収用のカゴへと放り込む。
「ごちそうさん。美味しかったよ」
「ありがとうございます。また来て下さいっ!」
満面の笑みで、頭を下げるコロナちゃん。
正直ちょっと食べ足りないが、見習いシスターの明るい笑顔に元気を貰ったし、とっとと買い出しを済ませて夜の営業も頑張りますかっ!