第十九章 事後処理 01
「お疲れ様でございました、シズト様」
オレが茫然自失の伯爵を背に執務室の扉を開くと、廊下には仰々しく頭を下げるメイドさん――セレナの姿があった。
「見てたのか……?」
「はい。レビン様へ、顛末を記した報告書を送らなくてはなりませんゆえ」
まっ、そりゃそうか。
ただ、『送る』という事は、彼女自身が届ける訳ではないようだ。
「それに致しましても、見事なお裁きでした」
「お世辞はいいよ」
「お世辞などと……その後の混乱を考え、旦那様を殺す事なく服従させた手並み。何より、暗殺組織の首領を手玉に取る技量。見た事のない剣技と魔術……感服致しました」
そちらの技術に関して褒められるのは、正直ビミョーだけど……それでも、セレナの様な美女に褒められて、悪い気はしない。
「ただ、出来る事でしたら……」
しかし、急に声のトーンを落したセレナは、眉を顰めてドアが開きっぱなしの執務室へと目を向けた。
「このあと、この部屋を掃除する者の事も考えて頂きたく御座いました」
「ご、ごめん……」
セレナの視線を追うように振り返り、オレは頬を引きつらせて苦笑いを浮べた。
荒れ果てた執務室。
じいさんの死体は片付けたけど、壁や机には血飛沫が飛び散り、床には大きな血溜まりと、ついでに伯爵さまの嘔吐物のオマケ付き。しかも、その嘔吐物まみれになった伯爵さまの服も、彼女達が洗濯をするのだろう。
もし、片付けを手伝えなどと言われたら、ソッコーダッシュで逃げ出すレベルの凄惨さである。
オレは見るに堪えない中年オヤジのゲ○から視線を逸し、窓の外に広がる林へと目を向けた。
伯爵邸の裏手に広がる雑木林。暗闇の中、本格的な冬を目前に控え、殆どの葉が枯れ落ちた木々達――
そんな木々の中、ある一点を睨みつける様に凝視するオレ……
「フフフ……」
ふとっ、背後から聞こえるセレナの笑い声。
オレは平静を装い、正面に立つゴシックメイドさんへと視線を戻した。
「なに?」
上品な笑みを浮かべるセレナ。
オレはその笑顔の訳を尋ねるよう、端的に問い掛けた。
「いえ。先程シズト様は『見てたのか……?』などと尋ねられておりましたが、わたくしの目がある事には気付いておられたのでしょう? いえ、わたくしだけでなく、もう一つの目が向いている事にも」
笑顔で答えるセレナに、オレは無言で肩を竦める。
確かに、セレナが見ている事には気が付いていた。
そして、セレナが言うもう一つの目――
雑木林の奥。闇に紛れ、木の影からコチラを窺う目にも……
あの気配の消し方は、恐らくじいさんの手の者――アイサイツの諜報員か何かであろう。
てゆうか、アレに気が付くとは、セレナも中々やるな。
いや、そんな事もよりも――
アイツがアイサイツの者だとすれば、じいさんの死がアイサイツに知られたと言う事だ。
まあ、遅かれ早かれ、知られる事ではあるけど……
首領――束ねる者のいなくなった暗殺組織か……もし、そんな奴らが暴徒化したらと思うと、正直ゾッとする。
ただ、大きな組織の様だし、ナンバー2や幹部クラスがいるだろうから、早晩どうこうなるとは思えないけど……
「なあ、セレナ。アイサイツの本拠地って、どこにあるか知ってるか?」
組織を束ねる要を殺したのはオレだからな。本拠地に乗り込んででも、キッチリ話を付けるのが筋だろう。
そして、もし暴徒化する可能性があるようなら、敵対してでも止めないと。
そんな思いからの問いであったが――
「存じてはおりますけど――シズト様がご心配なされる様な事は、起こらないと思いますよ」
「ん?」
まるで、オレの思考を読んだかの様な答え。
しかし、その答えの意味が理解出来ず、オレは眉を顰めて首を傾げた。
「シズト様は、アイサイツの紋章――あのご老体が胸に施していた刺繍をご覧になりましたか?」
「えっ? あっ、ああ、見たよ……確か、三本首の蛇だったかな?」
「はい。そして、その紋章が示す通り、アイサイツの首領は常に三人。もし、一人が討たれても、すぐに次の者が首領となり均衡を保ちます」
なるほど……思っていたよりも、しっかりとした組織だな。
それなら、じいさん一人が死んだくらいで、組織が崩壊する事はないだろう。
「とはいえ……組織が維持されるなら、それはそれで報復の可能性が――」
「いえ、その可能性もないでしょう」
オレの発した、独り言の様な呟き。
その呟きを、セレナは被り気味に否定した。
「なぜ、そう思う……?」
端的に問うオレに、セレナがいたずらっぽい笑みを見せる。
「あら? シズト様の故郷の暗殺組織は、返り討ちにされた者の仇を取って回るのですか?」
「えっ……」
ニッコリ笑って、質問に質問で返すセレナと、その質問に言葉を詰まらせるオレ。
まあぁ~、そりゃそっか。
大規模な暗殺組織が、前線で死んだ構成員の仇などいちいち取っていてはキリがない。
それに、内調時代のオレ自身も死んだ仲間の仇討ちなんてした事もなければ、そんな発想すらもなかったし。