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戦乱の異世界で、◯◯◯は今日も△気に□□□中!!  作者: 宇都宮かずし
『戦乱の異世界で、和食屋『桜花亭』は今日も元気に営業中!!』編第二部 桜の木の下で……
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第十八章 決着 01

「!!」


 声を上げる間もなく、頚椎の継ぎ目を綺麗に抜けた刀。骨に引っかかる事なく、濡れた畳を斬った様な感触が手に伝わって来る。


 確認する事は出来ないけど、頸を斬られた痛みや苦しみなどは感じさせる事なく逝かせられたはずだ。


 首の皮一枚残して落とされた頭の重みで、座ったまま前のめりに息絶えるじいさん。


 ちなみに、介錯で首の皮一枚残すのは、落した首が転がって、顔が土で汚れない様にするため。そして、身体を分割するのは親不孝になるという儒教的思想と、何より武士の討ち死には前のめりで死ぬのが美しいとさせていたからだ。

 そして、この形を抱き首といい、この形になる様に首を斬るのが介錯人の作法である。


 まあ、このじいさんは武士でもなければ、これは切腹でもないんだけど。


 とはいえ、さすがは暗殺組織のトップ。手下の三人と違って、(いさぎよ)い最後であった。


 しかし……


「う、うわあぁぁぁあぁああぁっ!?」


 そんな、潔いじいさんの対面には、対局的なまでに見苦しく取り乱す伯爵の姿。


 足元に広がる鮮血の海の向こう。部屋中に充満していく血の臭いと凄惨な光景。そして、飛び散った血飛沫を浴び、悲鳴を上げるカルーラ伯爵。


「ああっ、うう……あっ、あぁぁあうあ……ああっ!」


 血飛沫が顔を汚し、更にそれを(ぬぐ)って緋色に染まった両の手。そして、それを見て歯の根が噛み合わぬ程に怯えた表情(かお)を見せながら、言葉にならない声を発し、その血を自分の服に(なす)り付けていた。


「どうした……? 間近で人が死ぬところを見るのは、初めてか?」


 オレは領主らしからぬブサマな姿を晒す伯爵へと歩み寄り、鼻先へ刀を突き付ける。


「さて伯爵。じいさん達の――確かアイサイツって言ったか? 実行犯達へのケジメは付けた。で、次は黒幕の番なわけだが…………覚悟は出来ているか?」

「ひやっ!?」


 鼻の頭に刀の切っ先が触れた瞬間。伯爵は腰を抜かしたままで回れ右。四つん這いのまま、あたふたと逃げ始めた。


 見苦しい……


 手足をもつれさせながらの、遅々として進まぬ逃亡劇。

 内調で仕事(ころし)をしていた頃に、何度も見た後ろ姿……


 当時のオレなら、その後ろ姿に何の感情も(いだ)く事はなかっただろう。

 ただ、この醜いまでに生き汚い伯爵の後ろ姿は、潔く散ったじいさんの……そして、何よりコロナの死を侮辱されているようで、苛立ちが込み上げてくる。


 そう、一言半句の文句も言わず、笑って逝ったコロナの死を……


「なあ、伯爵……? オレがさっき、『オレを殺そうとしたアンタの判断は正しい』。そう言ったのを覚えてるか?」


 必死に手足を動かし、逃げ惑う伯爵の背中に低く問いかけながら、ゆっくりと後を追うオレ。


「確か判断は正しいが、アンタには覚悟が足りない。いいか? 人を非難していいのは、自分も非難される覚悟のある者だけ。人を殴っていいのは、殴り返される覚悟のある者だけ。そして、人を殺していいのは、殺される覚悟のある者だけだ……」

「あっ……ああ、あうあ……」

「その覚悟のねぇ(もん)が、安易に暗殺なんて手段に走るんじゃねぇよ」

「た、たす……たすけ……」


 オレの言葉は、どこまで伯爵に届いただろうか……?


 言葉にならない声を発しながら、大きな机の影までたどり着くと、伯爵は身を隠す様に頭を抱えて縮まり込んだ。


 多分、ほとんど届いていないのだろうな。それどころか、もう冷静な判断も出来ないのだろう。

 そんな所に隠れたところで逃げ切れる訳もないし。かと言って、覚悟を決めた訳でもない。


「ナウマクサマンダボダナン・バヤベイソワカ……」


 オレはその机の後ろに回り込み、怯え身を震わせる伯爵の正面に立つと、呟く様に真言を口にする。


 閉め切られた室内に吹き抜ける一迅の風。その風に煽られ、壁に掛かる燭台に立つロウソク達の火が静かに消えていった。


 風天真言――天部十二天の一人。風を司る風天の真言である。

 照明の消えた、薄暗い執務室。背後の大きな窓から差し込む微かな月明かりが、血の気の引いた伯爵の青白い顔を浮かび上がらせる。


 ここで、コイツを殺すのは簡単だ。それに、世界でも最先端の科学捜査技術を持つ日本で暗殺を生業(なりわい)としてきたのだ。この世界で死体と証拠を隠滅するなど難しくはない。


 しかし……


「…………見逃して欲しいか、伯爵?」

「!?」


 オレの囁く様な問いに、ハッと顔を上げる伯爵。

 初雪の降った夜の肌寒い室内で、顔中に冷や汗を浮かべながら、すがりつく様な目を向けて来る。


 反省や後悔など微塵も感じられず、ただただ自分が助かるためなら、天から伸びる蜘蛛の糸にもすがり付き、殺そうとしていた相手にすら媚びる様な目を……


「た、頼む、生命だけは助けてくれ……か、金ならいくらでも――」

「金じゃあ、死んだ人間は生き返らねぇんだよっ!!」

「ひっ!?」


 追い詰められた権力者が、必ずと言っていいほど口にする言葉。日本にいる時に、何度となく聞いた言葉……

 当時は、軽く聞き流せていた言葉だったはずなのに、伯爵の口からその言葉が出た瞬間、一気に感情が(たか)ぶり、声を荒げて刀を振り上げてしまった。


 身を縮めて怯える伯爵へ向け、一気に康光(カタナ)を振り下ろしたくなっている衝動を、なけなしの理性で何とか押し(とど)めるオレ。


 そう、このままコイツを殺すのは簡単だ。ただ、問題はそのあとである。


 日本に居る時には、隠蔽工作や情報操作、何より国家間の裏取引が出来る日本政府という大きな後ろ盾があった。しかし、今のオレには何の後ろ盾もなければ、情報操作を行えるツテもないのだ。


 三バカを含め、暗殺者(じいさん)達の死など情報操作なんかせずとも闇から闇へと勝手に葬り去られるだろう。


 ただ、コイツは違う。コイツには伯爵という爵位があり、そしてこの街の現領主でもあるのだ。


 もし、領主が何の痕跡も残さずに突然いなくなれば、街中の混乱は避けられない。ましてや後継者であるレビンも不在となれば混乱は更に大きくなり、住民達の生活にも多大な影響が出てしまうだろう。


 直近で言えば、明日の桜祭りが中止になる事は、まず間違いない……


 街中を上げて準備した桜祭り。こんな奴のせいで、今更中止になどはさせられないし、そんな事はコロナ(アイツ)だって喜びはしないだろう。


 だからと言って、このまま見逃せるはずもなし――


 オレは振り上げた刀をゆっくりと下ろし、静かに鞘へと収めた。


「伯爵……今、レビンが何をしているか知ってるか?」

「…………?」


 質問の意図が掴めないのだろう。オレの問いに対して、訝しげに眉を顰める伯爵。

 まあ、知らないという事は、百も承知で聞いたのだか。


「レビンは今、ウェーテリードに向かっているそうだ。コロナの家族に遺体を返して、謝罪と賠償をする為にな」

「なっ!?」

「なかなか優秀で親孝行な奴だよな、伯爵? で、自分の悪事を、実の息子に尻拭いしてもらう気分はどうだ?」

「…………」


 オレの皮肉の効いた言葉に、伯爵は忌々しげに奥歯を噛み締め押し黙る。

 実際、一緒に仕事をしていて分かったのだが、レビンは理解も飲み込みも早く、幼女趣味(アレ)さえなければかなり有能な奴だ。


 それに現状も、レビンが街を空けた事でオレは伯爵を殺す事が出来ずにいる。そこまで計算をしていたかは分からないが、結果としてアイツは自分が街を離れる事で父親の生命を救っているのだ。


 オレは内心では苦笑いを浮かべながら、足元でヘタり込む伯爵に鋭い視線を落した。


「コロナの家族に対する賠償――アンタが生きている(あいだ)、一家全員が不自由なく暮らせるだけの賠償を永続的に続けろ。税収は使わずに、アンタの私財だけでな」

「えっ……?」

「それから、レビンが戻り次第、家督ごと領主の座をアイツに譲って隠居しろ。そして、二度と(まつりごと)には、関わるな」

「………………」

「もし、この二つが約束出来ると言うなら、命は助けてやる」


 驚きにポカンと口を開く伯爵に対し、コチラの要求を一気に告げるオレ。


 むせ返るような血の臭いが充満する室内に流れる、静寂と沈黙……

 伯爵自身、自分が助かる道は一つしか無いと分かっているだろう。しかし、その代わりとして失う物の大きさに、伯爵は中々首を縦に振れずにいた。


 とはいえ、これが可愛い美少女だというのならともかく、オレにはムサいオッサンと見つめ合う趣味はない。ましてや、命の危機から来る吊り橋効果で、オッサンの心に恋心が芽生えてしまったりしたら目も当てられない。


 オレは答えを急かす様に、左手に持つ長船康光の鍔を親指で押し上げ、カチャリと音を立てながら鯉口を切った。


「ま、待てっ! わ、分かった。言う通りにするっ! だから命だけは助けてくれっ!」


 慌てて両膝を着き、土下座する様に頭を下げる伯爵……

 足元で亀の様に身を縮める伯爵の背中に目を落とし、オレは眉を顰めながら苦笑いを浮かべる。


 こ、このオッサンは……


 オレは、懐から一枚の呪符を取り出しながら、一つため息をついた。


「分かった……だが、もし約束を破ったら――」

「わ、分かっている! 必ず守るっ!」


 顔を上げる事なく、額を床に擦り付けながら被り気味に断言する伯爵。

 その言葉を受け、オレは切った康光の鯉口をカチャリと戻す。そして、もうこの場に用はないとばかりゆっくりと扉の方へと足を向け、その場を立ち去る様に歩き出した。


 のだが……


「そうそう。この、じいさんの死体なん……だ……がっ」


 部屋の中央で蹲る死体を横目に、振り返る事なく伯爵へ背を向けたままで口を開いた瞬間。

 背後からの衝撃と同時に、オレの左胸を貫通した『何か』が、ダンッ! という音を立て正面の扉に突き刺さった。


 ――弓矢の……矢か?


 照明の消えた薄暗い執務室。

 確認出来たのは、木製の扉に深々と突き刺さる、かなり短めの矢であった……

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