第十七章 格の違い 02
メイドさんは漏れていた殺気を納めると、肩を竦めて手のひらをゆっくりと開いていく。
『キィーンッ!』という小さな金属音と共にメイドさんの足元に転がったのは、長さ15cm程の尖端が鋭く尖った長細い鉄杭――
形状で言えば、棒手裏剣に似た感じ。武器としては貧弱に見えるが、暗器としては使い勝手は良さそうである。
あんな小さな物でも、不意を突いて急所を――例えば背後から延髄なんかをひと刺ししてやれば、人間なんて簡単に死んでしまうのだから。
オレは、その鉄杭を遠くに蹴り飛ばしながら、静かに刀を鞘へと収めて行く。
「御見逸れ致しました。シズト様のお話を聞き、一度手合わせをと思っておりましたが、格が違い過ぎます。わたくしの技量など、シズト様の足元にも及ばないと痛感致しました」
「フンッ……お世辞はいいよ」
「お世辞などと……わたくし、出来る事ならシズト様に師事したいと、本気で思っております」
「弟子は間に合ってるよ……」
セレナさんのセリフに、眉を顰め拒否の言葉を口にするオレ。
オレは、殺しの技術を後世に残すつもりはない。ましてやオレの弟子は、後にも先にもアイツ一人だけ――
「残念です――師事させて頂けるなら、メイドとして色々とご奉仕をとも思っておりましたのですが」
…………え?
全く、全然、これっぽっちも興味のない話しであったが、セレナさんの口から出たとあるワードに対し、なぜかオレはほぼ無意識に反応してしまった。
「ご、ご奉仕……?」
「はい、ご奉仕――メイドとして、掃除洗濯はもちろん、着替えや入浴のお世話。そして、夜のお相手などです」
「………………で、弟子は間に合ってるよ」
どもり気味に、少々裏返った声で再び拒否の意思を示すオレ……
「ふむ……お答えを頂けるまでの間を見るに、もうひと押しと言った所なのでしょうけど……まあ、それは後日という事にいたしましょう」
ぜひ、そうしてほしい。今はシリアスな場面なのだから。
オレは、場を仕切り直す様に一つ咳払いをしてから、逸れた話を戻しにかかる。
「コホン……そ、それで、セレナさん――」
「セレナで結構です、シズト様」
「そうか……じゃあセレナ。さっき、待っていたと言ったな? オレになんの用だ?」
彼女がレビンの手の者であり、そのレビンの言を信じるのなら、オレの邪魔をしに来たという事はないだろう。
オレの射抜くような視線を受け、表情を引き締めて、軽く頭を下げるセレナ。
「失礼致しました。シズト様へ、レビン様からの言伝を預かっております」
「レビンからの言伝……?」
「左様です」
言伝……ね。
これから、自分の肉親と対峙するオレに何を伝えて来るのやら……
少々予想外の言葉に内心で戸惑いつつも、それを表には出さずに平静を装うオレ。
「で、レビンは何て?」
「はい。コロナ様のご遺体と遺品はレビン様みずからの手で、ご家族の元へお返しに行かれるとの事です」
「えっ…………?」
続けて出た予想外の言葉に、今度は内心を隠し切れずに驚きの表情を浮かべてしまうオレ……
てっきり、自分の父親の事について――最悪は、父親の助命嘆願もあるのではと考えていたオレは、完全に不意を突かれる形になってしまった。
「な、なぜレビンが……?」
「直接、コロナ様のご家族に謝罪と出来る限りの賠償を、との事。それが肉親の犯した罪に対するケジメだと言っておられました」
「………………」
予想の遥か上を行く答えに、オレは一瞬、言葉を失った。
貴族の家に生まれた者が下層民の元へ直接遺品を届けに行く――ましてや伯爵公子が直接、謝罪や賠償を行うなど、この中世レベルの人権がまかり通るコチラの世界で、そのような発想が出て来ること自体がオレには信じられなかった。
いや、中世レベルではなく現代日本だとしても、政治家が謝罪会見なんてやるのは支持率や選挙、そしてマスコミ対策の為であって、それがなければ自分から進んで謝罪をする事などないだろう。
「まったく……アイツは外見だけじゃなくて、中身もイケメンだな」
「いけめん……ですか?」
初めて聞く言葉に、キョトンと首を傾げるセレナ。
オレはそんな彼女へ向け、口元に軽く笑みを浮べてみせた。
「イケメンってぇのは『いい男だ』って意味だよ。まっ、それもこれも、あの幼女趣味のせいで全部台無しになってるけどな」
「はい、それはわたくしも同感です……いえ、わたくしだけでなく、この屋敷に仕えるメイド全員が、そう思っております……」
ガックリと肩を落とすセレナに対して、口元の軽い笑みが苦笑いへと変わるオレ。
天は二物を与えないなどと言うが、間違って二物を与えてしまった場合は、更にもう一つ余計な物を与えてバランスを取るものなのだろうか?
そんな、尊敬と軽蔑の二面性を合わせ持つ主人へ仕えるセレナに同情したオレは、早々に話を変えてやる事にした。
「それで、レビンの奴は、いつ頃戻って来るって?」
「はい、冬の季節が終わる前には。との事です」
随分と先になるな……
まあ、それも仕方ないのか。場所的には隣の村とはいえ、辿り着くには国境を越えて、あの山脈を迂回しなければならない。
更に、これから冬を迎えるにあたり、雪道の移動――それも、『ひかり』も『のぞみ』も『こだま』もない世界だ。おそらく、雪道を馬車での移動になるのだろう。
ただでさえ、ウェーテリード王国とは交戦中であり敵国なのだ。いくらレビンが魔道士で大賢者の弟子とはいえ、その旅は命懸けと言っても過言ではない。
「話は分かった。それと、言伝も確かに受け取った」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるセレナ。
ただ、本来なら礼を言うべきは、オレの方なのだろうけど。
そんな事を思いながら、オレは静かに歩き出した。
そして、頭を垂れるセレナの横を通り過ぎようとした時――
「旦那様は執務室に……正面右手の廊下の突き当りにある部屋にいらっしゃいます」
すれ違い様に聴こえて来た、内緒話のような囁き声。オレは足を止める事なく、その声に対して軽く頷いた。
「シズト様、どうかご武運を……」
続いて背中に投げかけられたそんな言葉に、オレは軽く右手を上げて応えると薄暗い廊下へと歩みを進めて行ったのだった。